『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第110回 正修止観章 70

[3]「2. 広く解す」68

(11)病患境②

 (2)別釈①

 別釈は、「病を観ずるに五と為す。一に病の相を明かし、二に病の起こる因縁、三に治法を明かし、四に損益(そんやく)、五に止観を明かす」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、106b13~14)とあるように、五段に分かれる。順に紹介する。

 ①「病の相を明かす」

 冒頭に、病に対する基本的な態度について、もし医術に巧みならば、巧みに四大(地・水・空・風の四大元素)を知ることができることを指摘している。医者に三等級があり、上等の医者は声を聞き、中等の医者は顔つきを観察し、下等の医者は脈を診るという特徴を区別している。精密に医法を判定する必要はなく、簡略に知るだけでよいとされる。このようにいわれるのは、おそらく『摩訶止観』が医学書ではないからであろう。
 脈の法については、医道に関係するので、詳細に知ることはできないとして、肝・心・脾・肺・腎の五臓の病気の様相を簡潔に示しているが、詳細なことは、容体を見て病気を治療する医者の説に譲るとしている。
 また、四大の病の様相、五臓の病の様相についても簡潔に示しているが、説明は省略する。
 さらに、やや複雑な症状の病について紹介し、さまざまな気によって治療することを述べている。一例だけ紹介しよう。肺が脹れ、胸が塞がり、両脇の下が痛み、両肩の肩甲骨が疼(うず)くのは、重いものを背負うようなものであり、頭や項(うなじ)が切迫し、息切れがあらくて大まかであり、ただ息を出すだけで入らず、体中にできものを生じ、喉に虫がいるように痒みがあり、喉から吐こうとしてもできず、喉にあるいはできものを生じ、顎骨(あごぼね)がこわばり、あるいは熱病を発し、鼻のなかから膿や血が出て、眼は暗く、鼻梁(びりょう)は疼き、鼻のなかに肉を生じて空気が通らず、良い臭いといやな臭いを区別できなくなる場合は、心が肺を損害して病となっている状態である。あるいは冷水を飲み、熱い食事を食べ、たがいに触れて病となる。このような症状の場合は、ゆっくり息を吐くことによって治療するべきであるといわれる。
 また、多く意識がない場合は、肝のなかに魂がないことであり、多く前後のことを忘れ失う場合は、心のなかに神がないことであり、多く恐怖し気が触れる場合は、肺のなかに魄(はく)がないことであり、多く悲しんだり笑ったりする場合は、腎のなかに志がないことであり、多く疑惑する場合は、脾のなかに意がないことであり、多く憂鬱である場合は、陰のなかに精がないことであるとし、これを六神の病としている。六神は、六根の一々に存在する神のことともいわれるが、上述の説明から推定すると、魂・神・魄・志・意・精を指しているようである。

 ②「病の起こる因縁を明かす」

 病気の原因として、「二に病の起こる因縁を明かすに六有り。一に四大は順ならざるが故に病あり。二に飲食は節ならざるが故に病あり。三に坐禅は調(ととの)わざるが故に病あり。四に鬼神は便りを得。五に魔の所為なり。六に業は起こるが故に病あり」(同前、106下23~25)とあるように、六種の原因を取りあげている。順に要点を紹介する。

 一、四大不順

 身体は地・水・火・風の四大によって構成されているので、この四大の調整が取れていない場合、病気になるというものである。一例を紹介する。随時に遠くに行って労役に服し、強く丈夫で重い物を担い負い、寒熱を体験し、外の熱が火大を助け、火大が強くて水大を破る場合、火大が増大する病気になるというものである。

 二、飲食不節

 飲食について節制しなければ、病気になることを述べている。一例を紹介する。生姜や肉桂(にっけい)の辛い物は火大を増大させ、さとうきびや蜜の甘く冷たいものは水大を増大させ、梨は風大を増大させ、脂肪は地大を増大させ、キュウリは熱病のために原因となるというケースを取りあげている。
 また、酸味・苦味・甜味(てんみ)・辛味(しんみ)・鹹味(かんみ)の五味を摂取して五臓を増大させたり損害させたりすることについて、次のように述べている。酸味は肝を増大させ脾を損害する。苦味は心を増大させて肺を損害する。辛味は肺を増大させて肝を損害する。鹹味は腎を増大させて心を損害する。甜味は脾を増大させて腎を損害する。これを踏まえて、自分で調整するように勧めている。

 三、坐禅不節

 坐禅について節度がない場合に病気になることを取りあげている。この段は、かなり詳しく述べられているが、冒頭の記述を紹介する。壁や柱、衣服によりかかり、あるいは大勢の者がまだ禅定から出ていないのに横になることがある。この場合、その心は驕り怠けて、魔はその付け入る隙を得、身体の背や骨の関節をうずき痛ませる。この病は注病(伝染病)と名づけられ、最も治療しにくいものとされる。
 他に、数息観が調わない場合、ただ止を用いるのに方便がなく病気となる場合、観を用いることが調わない場合などを取りあげている。また、五臓の病気が隠れていて知ることが難しければ、坐禅や夢によってこれを占いなさいといわれる。

 四、鬼病

 鬼(妖怪、精霊など)が四大・五臓に入って病をもたらす場合、これを鬼病という。邪な巫(みこ)がひたすら鬼を対治する場合、あるときには鬼病が癒えることがあるので、鬼病がないとはいえないとしている。鬼もまたみだりに人を病気にさせず、人が種々の事柄を邪念することによって鬼病が起こったり、あるいは吉凶を知ることを望むことによって鬼病が起こったりするといわれる。
 兜醯羅鬼(とけいらき)という鬼は、種々の変化した姿を現わし、青・黄などの色が五根から身体に入ると、心が邪に解して、吉凶を知ることができ、あるいは一身、一家、一村、一国の吉凶の事柄を知ることができるようになるが、これは聖人の知ではなく、もしこれを治療しないまま長い時間を経過すれば、人を殺すことになると警告している。

 五、魔病

 鬼はただ身体を病気にさせ、身体を殺すだけであるが、魔は観心を破り、法身という智慧の命を破るとされる。邪な心の想いを起こし、人の功徳を奪う点が鬼と相違するといわれる。
 また修行者が、坐禅のなかで利養を邪念すると、魔が種々の衣服、飲食、七宝、雑多な物を現わすが、修行者がすぐに受け取り歓喜すれば、魔が心に入って病となる。この病は治療しにくいとされる。

 六、業病

 今世に戒を破れば、過去世の業を動かし、業力が病気をもたらすことがあると述べられている。具体的には、殺生の罪の業は肝・眼の病気をもたらし、飲酒の罪の業は心・口の病気をもたらし、婬欲の罪の業は腎・耳の病気をもたらし、妄語の罪の業は脾・舌の病気をもたらし、盗の罪の業は肺・鼻の病気をもたらし、五戒を破壊する業は五臓・五根の病気をもたらすとされる。
 業が去れば、はじめて業病が癒えるが、もし今生に戒を持てば、かえって業を動かして病気となる場合もある。もし重罪があっても、頭痛して重罪を除くことができることがある。これは、地獄において重く受けるはずのものを、人界のなかで軽く返すことであり、業が去ろうとするので、病気になることを意味する。(この項、つづく)

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かんの・ひろし●1952年、福島県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。博士(文学、東京大学)。創価大学大学院教授、公益財団法人東洋哲学研究所副所長。専門は仏教学、中国仏教思想。主な著書に『中国法華思想の研究』(春秋社)、『法華経入門』(岩波書店)、『南北朝・隋代の中国仏教思想研究』(大蔵出版)、『中国仏教の経典解釈と思想研究』(法藏館)など。2025年、第1回日本印度学仏教学会学術賞を受賞。