暴力と性の圧倒的熱量に引きずり込まれる
花村萬月(はなむら・まんげつ)著/第119回芥川賞受賞作(1998年上半期)
凄まじい熱量で読者を引き込む
第119回芥川賞は、ダブル受賞となった。そのひとつが、今や売れっ子作家の花村萬月の「ゲルマニウムの夜」だ。当時43歳。芥川賞受賞以前から既にその評価は高く、平成元年には「ゴッド・ブレイス物語」で小説すばる新人賞を、平成9年には「皆月」で吉川英治文学新人賞を受賞している。芥川賞受賞は満を持しての受賞ということになる。 続きを読む
花村萬月(はなむら・まんげつ)著/第119回芥川賞受賞作(1998年上半期)
第119回芥川賞は、ダブル受賞となった。そのひとつが、今や売れっ子作家の花村萬月の「ゲルマニウムの夜」だ。当時43歳。芥川賞受賞以前から既にその評価は高く、平成元年には「ゴッド・ブレイス物語」で小説すばる新人賞を、平成9年には「皆月」で吉川英治文学新人賞を受賞している。芥川賞受賞は満を持しての受賞ということになる。 続きを読む
目取真俊(めどるま・しゅん)著/第117回芥川賞受賞作(1997年上半期)
第117回芥川賞を受賞したのは、目取真俊の「水滴」だった。『文学界』に掲載された原稿用紙約60枚の短編小説である。
目取真の出身は沖縄で、作品の舞台も沖縄。114回の受賞作「豚の報い」も沖縄が舞台だったことから、選考委員の中からは「またしても沖縄か」という声もあったようだが、やはり風土的にも歴史的にも文学の題材が豊富なのだろう。
「豚の報い」もそうだが、魅力の一つは沖縄の人たちの振る舞いからにじみ出てくるおおらかさや笑いである。特に「水滴」は、悲惨な沖縄戦を題材にしながらも、陰々鬱々とただ沈み込むのではなく、ここかしこに生活者の賑やかさや逞しさが漂っているのだ。
芥川賞受賞の要因の一つとして、優れた構成とそれによる読者を引き込む力があるように思えた。 続きを読む
辻仁成(つじ・ひとなり)著/第116回芥川賞受賞作(1996年下半期)
第116回の芥川賞はダブル受賞となった。ひとつは前回取り上げた柳美里の「家族シネマ」。もうひとつが今回取り上げる辻仁成の「海峡の光」だ。
辻仁成は、もともとロックバンド「ECHOES」のヴォーカルだった。1985年にミュージシャンとしてデビューして、そのわずか4年後に第13回すばる文学賞(受賞作「ピアニシモ」)で作家としてもデビューしているから、多彩な才能と言わざるをえない。当時は、有名ロックバンドのヴォーカルだから文学賞をもらえたのではないかというひねた見方をする者も一部にいたようだが、芥川賞受賞作「海峡の光」を読めば、それはひどい偏見だったことが分かる。 続きを読む
柳美里(ゆうみり)著/116回芥川賞受賞作(1996年下半期)
第116回の芥川賞は2作品が受賞。柳美里の「家族シネマ」と辻仁成の「海峡の光」だ。いつも手厳しい石原慎太郎もこう述べている。
箸にも棒にもかからぬような候補作とつき合わされる不幸をかこつこともままあるが、今回はどの作品も一応は読ませてくれた
今回はまず柳美里の「家族シネマ」を取り上げる。受賞時は28歳。27歳の時にすでに「フルハウス」と「もやし」でそれぞれ113回と114回の芥川賞候補となっている。また、「フルハウス」は第24回泉鏡花文学賞と第18回野間文芸新人賞を受賞していて、その実力は折り紙付きだった。 続きを読む
川上弘美(かわかみ・ひろみ)著/第115回芥川賞受賞作(1996年上半期)
第115回の芥川賞は、当時38歳だった川上弘美の『蛇を踏む』が受賞した。『文学界』(1996年3月号)に掲載された約75枚の作品だ。
この作品は、「ミドリ公園に行く途中の藪で、蛇を踏んでしまった」という鮮やかな一文から始まる。その蛇が女に変身し、「自分はあなたの母親だ」と言い張り、主人公のヒワ子にも蛇の世界にくる(蛇になる)ことを何度も勧める。ヒワ子は、蛇の世界に魅かれながらも、その誘惑に抗い蛇にはなるまいと格闘する。
一種の変形譚(人間が動植物などに変る転身物語)だが、この作品では、人間が蛇になるのではなく、蛇が人間になる。人間は、あくまでも蛇になることと格闘するのだ。
この作品に対する選考委員の評価はきれいに2つに分かれた。まず厳しい評価を与えたのが、前回の選考会から参加した宮本輝と石原慎太郎だった。2人が共通して推したのは、この作品ではなく、福島次郎の『バスタオル』だった。 続きを読む