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芥川賞を読む 第6回 『背負い水』荻野アンナ

文筆家
水上修一

嫌みに感じるほどの「才気」は、否定しようがない

荻野アンナ著/第105回芥川賞受賞作(1991年上半期)

選考委員の酷評

 第105回の芥川賞は、前回取り上げた辺見庸の『自動起床装置』と萩野アンナの『背負い水』がダブル受賞となった。『文学界』(1991年6月号)に掲載された126枚の作品。
 さて困った。ちっともいいと思えないのだ。自らの精神の居場所を探し求めながら、男関係のなかで揺れ動く独身女性の心情を描いているのだが、読後、「だから、どうした?」と、ため息をついてしまったのだ。
 確かに、才気あふれる作家であることは、読み始めればすぐ分かる。けれども、例えば、そばに近づいて見ると確かにキラキラと部分的には輝いているのだが、離れて全体を見ようとすると、いったいどのような形状で何を表現しようとしているのかがつかめず、戸惑ってしまうのだ。 続きを読む

芥川賞を読む 第5回 『自動起床装置』辺見庸

文筆家
水上修一

「眠り」という素材のおもしろさが、読む者を作品世界に引き込む

辺見庸(よう)著/第105回芥川賞受賞作(1991年上半期)

誰も描いたことのないものを描く

 第105回芥川賞を受賞した辺見庸の『自動起床装置』の最大の魅力は、〝眠り〟という素材のおもしろさだろう。誰もが毎日体験し、人生の約三分の一を占める眠りという、あまりにも身近な素材を、レム睡眠とか生体リズムなど医学的な方法ではなく、直観的な洞察によって文学的にアプローチし、徹底して描いていることに驚く。 続きを読む

芥川賞を読む 第4回 『妊娠カレンダー』小川洋子

文筆家
水上修一

女性の身体感覚を、的確な文体で描き切る

小川洋子著/第104回芥川賞受賞作(1990年下半期)

現代社会の〝生の希薄さ〟

 第104回芥川賞の受賞作『妊娠カレンダー』は、タイトルから想像されるように、妊娠を題材とした観察日記形式の小説だ。だが、そこで描かれている妊娠には、祝祭的要素は何もない。新しい生命が誕生する感動も喜びもない。代わりに、妊娠という原始的で奇妙な生理現象に対する不安と恐れ、そして嫌悪のようなものさえ感じる。 続きを読む

芥川賞を読む 第3回 『村の名前』辻原登

文筆家
水上修一

現実空間と異空間が混じり合う不思議な感覚

辻原登著/第103回芥川賞受賞作(1990年上半期)

桃源郷を彷彿とさせる〝村の名前〟

 第103回の芥川賞は、辻原登の『村の名前』が受賞した。168枚。辻原は、22歳の時に本名(村上博)で文藝賞の佳作を受賞したが、その後はいったん会社勤めに。40歳のときに再度小説を書き始め、44歳で芥川賞受賞となった。
 47歳で会社を退職し、以降は執筆に専念し、読売文学賞、谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞、大佛次郎賞、毎日芸術賞、司馬遼太郎賞など、実に多くの文学賞を受賞している。
『村の名前』の舞台となっているのは、中国の「桃源県桃花源村」という村。まさに、陶淵明(とうえんめい 365-427年 中国の文学者)の小説から生まれた桃源郷を彷彿とさせる〝村の名前〟だ。 続きを読む

芥川賞を読む 第2回 『表層生活』大岡玲

文筆家
水上修一

人間とコンピュータの関係。その危うさに切り込んだ挑戦的作品

大岡玲(あきら)著/第102回芥川賞受賞作(1989年下半期)

傍観者が語る異常さ

 第102回の芥川賞は、W受賞となった。前回取り上げた『ネコババのいる町で』と共に、大岡玲の『表層生活』が受賞。枚数は171枚。東京外大在籍当時から小説を書き始め、2作目の『黄昏のストーム・シーディング』が三島由紀夫賞を獲り、その翌年に芥川賞を受賞。31歳の時だった。
 テーマは、コンピュータを筆頭とするテクノロジーが、人間の思考や価値観にどのような影響を与え変容するか、ということだ。当時は、まさにコンピュータが私たち一般人の生活の中にも深く入り込みつつあった時代だったので、こうしたテーマはあらゆる場面で話題になることが多かったはずだ。そういう意味では、時代を切り取る文学作品としては実にタイムリーだったに違いない。 続きを読む