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書評『魏武注孫子』――〝乱世の奸雄〟と学ぶ戦略の極意

ライター
小林芳雄

時代の転換点を生み出した強烈な才能

 中国の歴史小説『三国志』は日本でも多くの愛読者を持つ。登場する英雄のなかでひときわ異彩を放つ人物のひとりが曹操である。小説の曹操は軍事や謀略に長けた乱世の奸雄として描かれる。しかし史実によれば、文学や学術の分野での才能にも長けた多才な人物であった。
 曹操は、さまざまに伝えられて来た孫子の兵法を比較し、黄老思想(伝説上の人物黄帝・老子の説いたとされる教え、後に道教に発展する)との関係の深さに着目し、正しい伝承を選び採り、洗練した文章に書き改め、13篇からなる『孫子』の本文を定めた。さらに自から注を付け、完成させたものが本書『魏武注孫子』(ぎぶちゅうそんし)である。
 本書はその全訳と解説である。さらに読者の便宜を図るために、訳者が『三国志』から選んだ孫子兵法の応用事例を20収録したものである。
 現存する『孫子』は、全てこの版に基づいている。曹操は一級の知識人としても後世に名を残したのである。

(道とは君主が)民たちを教令で導くことをいう。(本書14ページ)

 注は簡潔な文で書かれているが、そのなかにも曹操の考えが強く反映している箇所がある。
「始計篇」では、戦争を始めるにあたって自軍と敵軍の戦力を入念に分析する必要性を説き、着目すべき5つのポイントを挙げる。 続きを読む

書評『ハヤブサを盗んだ男』――世界的な野鳥の闇市場その実態に迫る

ライター
小林芳雄

鷹狩の歴史と文化

 著者のジョシュア・ハマーは、『アルカイダから古文書を守った図書館員』などで知られるジャーナリストである。本書は、イギリスの野生生物犯罪専門の捜査官アンディ・マクウィリアムと五大陸を股にかけたな猛禽類の密猟者ジェフリー・レンドラムの2人を中心にとりあげ、世界的な野鳥の闇市場の実態に迫ったノンフィクションである。
 2017年のとある日、何気なく目にした「ハヤブサの卵泥棒」の記事に好奇心をいだいたことから、著者は野鳥の闇市場に興味をもち、関係人物に取材を始める。
 取材を通じて明らかになったのは、闇市場の規模は特定の愛好家を対象とした小さなものではなく、巨額の金銭が飛び交う、世界的なネットワークを形成していたということである。

 国境を越えて多額の金銭が飛びかう世界には、当然ながら闇がある。猛禽類のブラックマーケットが膨張することになるのだ。飼育下繁殖の鳥よりも、野生状態で捕獲された鳥のほうが強いと妄信するコレクターと、カネになるなら法を犯すこともいとわない輩が闇市場を支える。(本書57ページ)

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書評『おじいちゃんが教えてくれた 人として大切なこと』――ガンジーの思想と人物を学ぶ最良の入門書

ライター
小林芳雄

怒りは善悪に通じる

 著者アルン・ガンジー氏(1934-2023)はインド独立の父マハトマ・ガンジーの孫であり、その思想を受け継ぎジャーナリストや社会活動家として活躍した人物である。
 本書は、祖父から受けた教えの要点を11にまとめ、一般の読者に向けて分かりやすく論じたものだ。また本書はガンジーを偉人ではなく、生活者、優しいおじいちゃんという身近な視点から描いている。その意味でガンジーの思想と人物を学ぶうえで最良の入門書であろう。

「怒りは、車のガソリンのようなものだ。怒りがあるおかげで、人は前に進むことができるし、もっといい場所に行くこともできる。怒りがなければ、困難にぶつかったときに、なにくそという気持ちで立ち向かうこともできないだろう? 人は怒りをエネルギーにして、正しいことと、間違ったことを区別することができるんだよ」(本書28ページ)

 アルン氏が生まれ育った当時、南アフリカでは希代の悪法アパルトヘイト(人種隔離政策)が実施されていた。彼は幼少期、白人からは肌の色が黒いと差別され、黒人からは肌の色が薄いと差別され、肌の色が原因でリンチまがいの暴行を2度受けた。アルン氏の心は憎悪で満たされ、復讐のためにウエイト・トレーニングを始めたという。
 両親は息子の姿に心を痛め、状況を改善するためにはインドに住む祖父のもとに預けることが良いと判断する。こうして12歳から14歳までの2年間、アルン氏はインドのガンジーのもとで生活をした。 続きを読む

書評『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるのか?』――忍び寄る全体主義の罠に警鐘をならす

ライター
小林芳雄

旧統一教会とホスト問題の共通点

 著者は、政治思想やドイツ文学を専門とする研究者で、現在は金沢大学の教授を務めている。また難解な古典を分かりやすく読み解くことでも定評がある。本書は2020年から2024年まで雑誌に不定期に掲載していた論考をまとめたものだ。
 本書が執筆された4年間は、激動の時代であった。新型コロナウイルスの世界的な流行から始まり、安倍元首相の暗殺や旧統一教会問題など、大きな問題が次から次へと噴出していた時期である。それらの問題に対して、著者は政治哲学の古典や現代思想をふまえた独自の着眼点から切り込んでいる。

 政治を巻き込んで国を挙げての大騒動に発展した、今年(二〇二三年)の二大社会問題といえば、統一教会問題とホスト問題であろう。宗教と風俗という全く異質な領域に属するように思える両者だが、実は、一番中核にある問題は共通している。(本書44ページ、本文ママ)

 旧統一教会とホスト売掛金問題は一見すると関係のない問題に思えるが、個人の「自由意志」「自己決定権」の問題であるという点では共通している。さらに、被害者はまともな判断ができない状態に置かれマインドコントロール(MC)され、多額の金銭を支払ってしまったとする点も同じである。だがマインドコントロールには学術的な定義がない。こうした曖昧な言葉をもとに判断の正常・異常を決めてしまうと、都合の良い時にマインドコントロールを持ち出して契約の無効を訴えることが可能になってしまう。
 宗教や風俗業に対する偏見も共通しているのではないか、と著者はさらに指摘する。両者に共通するのは経済的合理性とは違う行動原理を持つ点だ。こうした人たちは合理的判断のできない下等な人間だと、多くの日本人はどこかで思っていないだろうか。 続きを読む

書評『猫だけが見える人生法則』――謎多き現代社会の問題を猫たちが語り尽くす

ライター
小林芳雄

嘘を恥じない日本共産党の危険な体質

 作家で元・外務省主任分析官の佐藤優氏は、その経歴から怖い印象を持つ人もいるかと思うが、無類の愛猫家という一面をもつ。本書は、月刊誌で連載したコラム「猫はなんでも知っている」を内容別に再編集し加筆したもの。シマ、チビ、タマ、ミケという佐藤氏の飼う4匹の猫たちが国内外のさまざまな出来事や問題を分析していく。あるときは飼い主のいない仕事部屋で、あるときは飼い主も交えて、猫たちは人間社会について喧々諤々(けんけんがくがく)の議論をするのであった。

僕は臆病な一匹の猫に過ぎないが、共産党からの攻撃に対しては、飼い主と連帯して命懸けで戦う決意をここで表明する。(本書155ページ)

明らかに旧ソ連や北朝鮮と同じ政教分離観に立っています。飼い主はプロテスタントのキリスト教徒ですが、共産党が権力を獲ると、宗教を信じる人の政治活動が規制される虞(おそ)れを強く感じています。(本書86~87ページ)

 国内政治で猫たちが特に注視するのは日本共産党の動向である。その理由は飼い主が日本共産党に酷い目にあわされことがあるからだ。 続きを読む