沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流 第41回(最終回)番外編 空手の流派はなぜ生まれたのか

ジャーナリスト
柳原滋雄

もともと個人に帰属した

 沖縄で個人から個人に秘かに伝えられてきた武術にほかならない空手。本来、それらの武術に流派という概念はなかったとされる。ところが一定程度、沖縄社会で認知されるようになると、2つの流派が言われるようになる。大きく分けて、昭林(しょうりん)流と昭霊(しょうれい)流の2派である。前者が現在のしょうりん流を意味し、後者が剛柔流系を意味すると言われている。
 現在、沖縄空手を分別するのに使われる「首里手」「那覇手」という言い方も古くからあったものとはいえず、地元行政において区別する必要に応じて「首里手」「泊手」「那覇手」に分類されたと伝えられる。 続きを読む

アジアに広がる創価の哲学(下)――池田会長が結んだ信義の絆

ライター
青山樹人

国王との3度の会見

 東南アジアのなかで、大きく発展しているのがタイSGIだ。
 同国最高学府であるチュラロンコン大学とタマサート大学は、ともに創価大学と学術交流協定を締結。1988年にはチュラロンコン大学でSGIなどが主催して「核兵器――現代世界の脅威」展が開催された。
 民主音楽協会も、「タイ国立民族舞踊団」「タイ王立舞踊団」「タイ人形劇団」などを日本に招聘。文化交流を強く推進してきた。
 6度にわたってタイを訪問した池田会長は、1988年、92年、94年の3度の訪問時には、当時のプーミポン・アドゥンヤデート国王(現在のワチラロンコーン国王の父君)と会見している。
 会長の提案で、国民から敬愛され文化と芸術に造詣の深かった前国王の作品を紹介する「特別写真展」「特別演奏会」、また絵画の「特別展」などが開催されてきた。こうした貢献に対し、91年には王冠勲章勲一等が会長に授与されている。 続きを読む

アジアに広がる創価の哲学(中)――異なる価値観への尊敬と共生

ライター
青山樹人

アジア初訪問での着想

 池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長が、現在の東洋哲学研究所や民主音楽協会の構想を思い描いたのは、アジア諸国を初訪問した1961年2月のことである。
 前年5月に32歳の若さで創価学会の第3代会長に就任して8ヵ月余。
1月下旬に日本を発ち、香港、セイロン(現スリランカ)、インドを訪れた会長の一行は、ビルマ(現ミャンマー)の首都であったラングーン(現ヤンゴン)に到着した。
 ビルマは、会長の長兄が戦死した場所でもある。 続きを読む

アジアに広がる創価の哲学(上)――発展著しいインド創価学会

ライター
青山樹人

「仏法西還」の誓願

 池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長が世界への平和旅の第一歩をしるしたのは、創価学会第3代会長に就任した1960年の、10月2日。今年で60年目となる。
 アーノルド・J・トインビーが英訳版『人間革命』に序文を寄せ、「創価学会はすでに世界的出来事である」と書いたのは1972年のことだ。
 この大歴史学者が言明したとおり、SGIは今や192ヵ国・地域に広がる世界最大の在家仏教運動の連帯として地球を包んでいる。
 なかでも近年、発展著しいのがインド創価学会(BSG=バラット創価学会)だ。バラットとはヒンディー語でインドを意味する。
 インドは仏教発祥の地でありながら、12世紀ごろにはヒンズー教や西方から侵入したイスラムにほぼ全土を覆われていた。 続きを読む

野党再結集の欺瞞と驕り――あの「民主党」の復活

ライター
松田 明

「元のさやに収まるだけだ」

 あっけなく消えたあの「民主党=民進党」が、懲りもせずにまた蘇りつつある。
 9月19日、立憲民主党の枝野代表と国民民主党の玉木代表、社会保障を立て直す国民会議の野田代表が国会内で会談し、衆参両院で「共同会派」を結成することで合意した。
 同じ日には、民主党政権で財務相だった安住淳氏も立憲民主党に入党し、同党ならびに共同会派の国対委員長に就任。
 さらに9月24日には、民主党政権で国交相だった馬淵澄夫氏も共同会派入りを表明。小沢一郎氏への反発から国民民主党を離党していた階猛氏も、同日、共同会派入りを表明した。
 いやはや、続々と集まってきている面子は、あの雲散霧消した旧「民進党」そのものである。 続きを読む