コラム」カテゴリーアーカイブ

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第114回 正修止観章 74

[3]「2. 広く解す」72

(12)業相境②

 (2)別釈②

 ③料簡

 ここでは、善悪の業の様相が現われて障となることに相違があることについて問答考察している。障でないけれども障である場合、障であるけれども障でない場合、障と非障がともに障である場合、障と非障がともに障でない場合の四種の場合を取りあげている。 続きを読む

連載「創価教育の源流」を学ぶ

創価大学池田大作記念創価教育研究所 客員研究員
塩原將行

第4回 東京の小学校で取り組んだ牧口先生の教育実践

下町の⼩学校⻑として全国の模範校を目指す

 1913年(大正2年)4月4日、牧口常三郎先生は東京市下谷したや龍泉寺りゅうせんじ町(現在の台東区三ノ輪みのわ)にある東盛とうせい尋常小学校の校長に就任しました(41歳)。その後は、同区内の大正たいしょう尋常小学校と西町にしまち尋常小学校の校長を歴任します。
 これらの小学校の通学区域には、職を求めて東京へやってきた経済的に豊かでない人々が多く住んでいて、小学校に通えない児童も少なくありませんでした。そのため、教員として欠かせない仕事の一つは、児童を学校に送り出す大切さを父母らに理解させることでした。
 また牧口先生は、地理・綴り⽅・書き⽅の教授と、昼間通えない児童が学ぶ夜学校の充実などにも⼒を注ぎました。東盛尋常⼩学校を視察した北海道小樽おたるの⼩学校⻑は、視察後の報告書に「同校では、郷⼟地理と綴り⽅(作⽂)について視察した。特に綴り⽅については、研究を重ねた教案によって⾏われ、その効果が顕著に表れている(趣意)」と記しています。 続きを読む

芥川賞を読む 第68回 『ニムロッド』上田岳弘

文筆家
水上修一

文明の行きつく先にある哀惜感

上田岳弘(うえだ・たかひろ)著/第160回芥川賞受賞作(2018年下半期)

収斂していくさまざまな仕掛け

 文明を極限まで進化させて行った時、果たして人間は幸福なのか。文明社会の中で生きる私たちの多くが一度は考えたことのあるテーマについて、論文として〝考える〟のではなく、文学という芸術手法によって〝感じさせる〟作品である。
 上田岳弘の「ニムロッド」の主な登場人物は、3名。多数のサーバーを運用するデータセンターで働く主人公の「僕」。日々サーバーの不具合をチェックする仕事をこなしていたが、ある時期から空いたサーバーを利用して仮想通貨によって金を稼ぐ仕事を任せられた。そんな「僕」の彼女は、外資系証券会社で働く社員、田久保紀子。前の夫との間にできた子どもを出生前検査の結果を受けて堕胎した過去を持ち、二度と結婚するつもりも子どもを産むつもりもない。そして、主人公の先輩である自称「ニムロッド」は、文学賞の最終選考に3度残った小説家志望の男性。世に出ることを諦めたが、自らのために小説を書き続けている。 続きを読む

書評『令和ファシズム論』――混迷する令和の日本、その原因を財政史から考える

ライター
小林芳雄

なぜ財政史が重要か

 著者の井手英策氏は、弱者を生み出さない社会政策「ベーシックサービス」の提唱者として知られている。本書は、戦前の日本とドイツの財政史をたどりながら、現在の日本社会が陥っている危機の本質を探り当て、その克服の方途を探ったものである。

 よくおぼえておいてほしい。財政とは社会をうつしだす鏡である・・・・・・・・・・・・・・・・。この本は、経済史でも、政治史でも、社会史でもなく、財政史という一風かわった、そして多くの研究者が使いこなせなかったメスをもちいて、日本社会の病根をえぐりだしていく。(本書13ページ)

 著者はなぜ、ふだんあまり耳にすることの財政史という視点にあえてこだわるのだろうか。そもそも財政という用語はなにを意味するのか。
 現在、世界の多くの国々は民主主義といわれる社会体制のなかで暮らしている。労働の対価として収入を得て、市場からモノやサービスを購入することによって生活を営んでいる。だが得られる収入には格差があり、また病気やケガなどの理由で働くことのできない人も存在する。こうした状況を放っておけば、弱肉強食の世の中になり、共同体は分断され、社会的秩序は崩壊してしまう。 続きを読む