コラム」カテゴリーアーカイブ

芥川賞を読む 第36回『介護入門』モブ・ノリオ

文筆家
水上修一

介護から見えてくる愛情の本質を饒舌体で描く

モブ・ノリオ(もぶ・のりお)著/第131回芥川賞受賞作(2004年上半期)

「YO、朋輩(ニガー)」というフレーズの是非

 モブ・ノリオの「介護入門」は、社会から逸脱した大麻中毒でラッパーの「俺」が、痴呆で寝たきりの実の祖母をかいがいしく介護する物語だ。介護という、いわば人間の善性に頼る部分の大きい営みと、善性などには背を向けたような生き方の「俺」との取り合わせが印象的で、社会的にも話題となった。
 まず最大の特徴がその文体だ。ラッパーが言葉を乱射するような饒舌体で、しかもところどころで筆者はラリっているのではないかと思わせるような非常に混沌として分かりづらい、それでいて感覚鋭い表現が続くことがあり、決して読みやすい文章ではない。また、要所要所でラッパー特有の「YO、朋輩(ニガー)」というフレーズをぶち込んでくるので、読み手によっては嫌味に感じることもあるだろう。しかし、この合いの手のようなフレーズは、言葉が熱を帯びて熱くなりすぎたところに一種の熱さましのように放り込むことで、一呼吸おく役割を果たしている。
 なぜ、あえてこうした文体を選んだのかは想像を巡らすしかないのだが、選考委員の宮本輝は「おそらくこの口調でなければ『介護入門』という小説はごくありきたりな凡庸なものにならざるを得なかったと思う」と述べているように、介護という社会にごく普通に存在する営みを、ラッパーで大麻中毒の息子が実践するという特殊性を強調するためなのだろう。 続きを読む

世界はなぜ「池田大作」を評価するのか――第6回 核廃絶へ世界世論の形成

ライター
青山樹人

創価学会の誕生と核兵器の出現

――池田名誉会長の逝去に対しては、ICAN(核兵器廃絶キャンペーン)のメリッサ・パーク事務局長からも弔意が寄せられました。事務局長は、さる1月23日にも総本部を訪問し原田会長と会見しています。ICANは核兵器禁止条約の発効を実現させ、2017年にはノーベル平和賞を受賞していますね。

青山樹人 池田先生の大きな足跡の一つとして、核兵器の廃絶と核軍縮へ向けた〝民衆の側からの世界世論〟を喚起したことが挙げられると思います。
 第二次世界大戦中の1943年7月、初代会長の牧口常三郎先生と、理事長でのちに第2代会長となる戸田城聖先生は、不敬罪と治安維持法違反容疑で軍部政府に逮捕され投獄されました。
 軍部政府は戦争への総動員体制を推し進めるため、国民に国家神道を強制し、事業所や各家庭にも伊勢神宮の神札(神宮大麻)の奉掲などを命じていました。両先生は日蓮仏法の正義に基づいて神札を拒み、それが不敬罪・治安維持法違反に問われたのです。両先生は「信教の自由」を貫いて逮捕・投獄されました。
 取り調べに対しても牧口先生が堂々と信念を語っていたことは、『特高月報』にも記録されています。高齢だった牧口先生は、1944年11月18日に老衰のため獄死されました。戸田先生は獄中で法華経の精読と唱題を重ね、〝仏とは生命なり〟と覚知し〝われ地涌の菩薩なり〟との自覚に立ちます。

 戸田先生が豊多摩刑務所から出所されたのは、1945年7月3日のことです。既に深く心に期するものがおありだったのでしょう。出所直後に名前を「城聖」と改めています。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第39回 方便⑩

[5]棄五蓋について

 次に、棄五蓋について紹介する。この段は、「五蓋の病相を明かす」と「五蓋を捨つるを明かす」の二段に分かれ、後者はさらに「事の棄五蓋を明かす」と「理の棄五蓋を明かす」の二段に分かれる。

(1)五蓋の病相を明かす

 五蓋とは、貪欲、瞋恚、睡眠、掉悔(じょうげ)、疑の五種の煩悩であり、蓋と通称する理由については、「蓋覆(がいふく)纒綿(てんめん)して、心神は昏闇(こんあん)にして、定・慧は発せざるが故に、名づけて蓋と為す」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、466頁)とある。蓋とはアーヴァラナ(āvaraṇa)の漢訳で、善心を覆蓋(おおいかくすこと)するという意味である。
 前の呵五欲とこの棄五蓋との関係については、「前に五欲を呵すとは、乃ち是れ五根は現在の五塵に対して五識を発す。今、五蓋を棄つるは、即ち是れ五識は転じて意地に入り、追って過去を縁じ、逆(あらかじ)め未来の五塵等の法を慮(おもんぱか)り、心内の大障と為る」(『摩訶止観』(Ⅱ)、466-468頁)とある。つまり、五欲は、五根が現在の五塵(色・声・香・味・触の五境)に対して五識を生じて対象に執着することであるが、五蓋は、五識の根本である意識の段階に深く根をおろしたもので、現在ばかりでなく、過去、未来の五塵に対しても執着を起こすことである。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第179回 パンク的読書

作家
村上政彦

 本が好きだ。読むのは当然だけれど、手にすることが好きだ。新刊を置いている町の本屋やなつかしい匂いのする古本屋をパトロールして、おもしろそうな本を探すのが好きだ。10代のころからそんな本とのつきあいをしている。
 小説、詩、エッセイなど文学関係はもちろん、画集、写真集、展覧会の図録、ZINE、フライヤーなども、僕にとっては本に部類に入る。文字が書いてあれば、あるいは井筒俊彦風にいうと、そこにコトバがあれば、雲が浮かぶ空だって本になる。
 そんなわけで、好きなジャンルは、本にまつわる本ということになる。たとえば書評集。これは本を読んだ読み手が、その本について紹介し、評価を下し、本の批評に託して世界や人間の在り方を論じたりする。
 それを読んで僕は、自分がすでに読んだ本であれば、書き手の意見を吟味し、賛成したり、反対したりする。いつの間にか読書会になっている。これは本好きにとってパラダイスである。だから、僕の蔵書のなかには、書評集がけっこうある。
 ここでとりあげるのも、古本屋をパトロールしていたときに見つけた書評集だ。『クソみたいな世界で抗うためのパンク的読書』というタイトルと、ZINEっぽい姿(本というよりも小冊子に近い)に惹かれて、手に取った。 続きを読む

芥川賞を読む 第35回『蹴りたい背中』綿矢りさ

文筆家
水上修一

高校生の微妙で微細な人間関係の揺れと痛みを描く

綿矢りさ(わたや・りさ)著/第130回芥川賞受賞作(2003年下半期)

まだ破られていない史上最年少受賞

 綿矢りさは、17歳の高校時代に初めて書いた小説「インストール」が文藝賞を受賞して、19歳の早稲田大学在籍中に書き上げた2作目「蹴りたい背中」が芥川賞を受賞。それ以降まだ芥川賞受賞の最年少記録は破られていない。
 第130回の芥川賞は、前回紹介した金原ひとみの「蛇にピアス」とこの「蹴りたい背中」がW受賞し、若い女性2人のW受賞は世間を大いに賑わせた。しかも、授賞式での二人の風貌は、金原ひとみが茶髪に黒いミニスカートと黒いニーハイソックス姿、綿矢りさは黒髪に膝下スカートとカーディガンという、その作風を彷彿とさせる対称的なものだったので、なお一層注目を集めた。
「蹴りたい背中」の舞台は高校生活。上っ面の人間関係構築にエネルギーを割くことに背を向けた女子高生「私」の、周囲に馴染むことへの反発の中で感じる孤立の痛みと恐れは、多くの思春期の子どもたちに多かれ少なかれ共通する感覚だろう。クラスの中でもう一人の浮いた存在が、ある特定のアイドルに異様な執着を見せるオタク男子の「にな川」だ。ある出来事をきっかけとして、まったくタイプの異なる2人が不思議な距離感の中でつながっていく。 続きを読む