コラム」カテゴリーアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第145回 生きるための現代思想入門

作家
村上政彦

 まだ小説家としてデビューする前、習作を書くのに考えたことがあった。それは、いま僕らが生きているのは、どのような時代か、また、どのような世界か、ということだ。それを知らないでは、切れば血の出るような小説(中上健次がよくいった言葉です)は書けない。
 僕がやったことは、片っ端からそれが分かるような本を読み漁ることだった。そして、英語もろくにできないのに、ニューヨークタイムズのブックレビューを注文し、フランス語なんてアベセぐらいしかできないのに、ル・モンドを買った。
 そうした読書のひとつにフランスから輸入された現代思想があった。ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・フーコーなどが、次々に翻訳され、僕はそれを手に取った。すべてが新鮮だった。しかし難解だった。僕がどれほど理解できていたか、怪しいものだ。
 千葉雅也の『現代思想入門』を読んで、なるほど、哲学のプロはそのように読むのか、と得心した一方、あれほど難解だとおもっていた現代思想を生きるために活用するという態度に共感した。 続きを読む

旧統一協会問題が露呈したもの――宗教への無知を見せた野党

ライター
松田 明

「五・一五」事件の教訓

 安倍晋三・元首相を銃撃し死亡させた山上徹也被告が、この1月13日、奈良地方検察庁によって殺人と銃刀法違反の罪で起訴された。
 憲政史上最長の在任期間だった首相経験者が白昼の駅前で参議院選挙の応援演説中に銃撃され命を奪われるという前代未聞の事件は、世界に衝撃を与えた。
 一方で、事件の動機が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対する被告人の憎しみであったということが報じられると、メディアや世間の関心は一気に旧統一教会へと向けられた。 続きを読む

書評『スマホ・デトックスの時代』――健全なデジタル文明への方途を探る

ライター
小林芳雄

スマートフォンに閉じ込められた「金魚」

 スマホを巡る問題を扱った書籍は数多く出版されている。医学的視点から書かれたものが多い中、本書『スマホ・デトックスの時代』はそうした見地を踏まえた上で、IT企業の収益システムや社会的な問題をも視野に入れて議論を展開している。
 冒頭で紹介されるIT企業幹部が行うプレゼンテーションの内容は衝撃的だ。金魚は金魚鉢のなかを飽きることなく泳ぎ回る。記憶力と集中力がごくわずかしか持続しないため、つねに新しい場所を泳いでいると勘違いしているからだ。某IT企業はデジタル技術を駆使した研究によって、金魚の集中力が持続する時間をつきとめた。その時間はわずかに8秒未満。8秒を過ぎるとすぐに精神がリセットされるのだという。
 さらに、同社は生まれた時からスマホなどのデジタル機器に取り囲まれて育ったミレニアム世代の注意持続時間の算定にも成功した。その時間は金魚よりわずかに1秒長い9秒だ。9秒を過ぎると彼らの脳の働きが低下するので、新たに刺激的な通知や広告を提供する必要がある。そのために同社は、これまで収集した個人データを活用して、彼らの関心を呼び起こそうとしているのだという。 続きを読む

わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス 第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ

山形大学准教授
池田弘乃

 日本では、あまりにも概念だけが独り歩きをする。概念は簡単に流行語のようになって、「セクシュアリティーだ」ということになったら、それはもうただ「セクシュアリティー」で、それだけがナダレのように押し寄せて来る。押し寄せて迫って来て、そしてそれは流行だから、時がたてば忘れられてしまう。だったら、そんな概念にはなんの意味もないと、私は思う。はやりすたりのある“概念”なんかよりも、「常にある“なんだか分からないもの”」という留保の方が、私にはとっても重要のように思われる。(橋本治『ぬえの名前』、岩波書店、1993年、294頁)

二分法をトランスする

 生まれたときに登録された性別とは異なる性別を、生きる人、生きようとする人、表現する人。そのことをトランスジェンダーという言葉で表現することがある。前回は、たくやさんという友人にトランスの経験を聞きに行ったのだった。今回も、私はもう一人大事な友人に会いに行くことにした。トランスに関わる話にまた別の角度からじっくりと耳を傾けてみたいと思ったのである。
 もちろん、10人のトランスジェンダーがいれば、10人の(あるいはそれ以上の[※1])異なった人生が浮かび上がってくるにちがいない。とはいっても、それらはおそらく全く個々別々のものということもなく、重なり合う部分も持つだろう。現在の社会が女性集団と男性集団について様々な格差[※2]や不平等を含み持っており、女性らしさと男性らしさが一人一人の生き方にいまだ大きな影響を及ぼすことも多い以上、トランスの経験も、登録された出発点が女性か男性か、移行の方向性が男性か女性か、あるいはそれ以外かによって左右される部分も大きい。 続きを読む

日韓関係の早急な改善へ――山口代表が尹大統領と会談

ライター
松田 明

 年末年始の喧騒の中、外交面で一つの重要な出来事があった。連立与党の山口那津男代表ら公明党訪韓団が12月29日から31日、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領ら韓国政府要人らと会談したことだ。
 前政権である文在寅(ムンジェイン)政権時代、日韓の関係は戦後最悪とまで言われるほど冷え込んだ。もっとも関係悪化は主に政治的なもので、それも韓国の国内政治事情に起因するものだった。
 若い世代を中心に日韓相互の関心は深まっており、韓国では太宰治全集など日本文学の翻訳も次々に刊行されている。両国間の往来は2018年には約1000万人に達した。
 2016年の熊本地震の際は、韓国空軍機2機が熊本に救援物資を届けた。コロナ禍で航空便が途絶えた2020年5月、白血病で緊急帰国が必要になったインド在住の韓国人女児のため、デリーの日本大使館は日本人帰国用の臨時便の席を空け、成田経由で韓国に帰国できるようビザを発給した。 続きを読む