ありふれた日常の中にある異界
小山田浩子(おやまだ・ひろこ)著/第150回芥川賞受賞作(2013年下半期)
語らないことで想像をかきたてる
実験的で技巧的な文章にやや食傷気味だった筆者にとって、小山田浩子の「穴」は、とても読みやすく、力を抜いて小説世界に浸ることができた。村上龍が「複雑な構造の作品ではなかったことにまず好感をもった。」と評した通りだ。
――非正規雇用の「私」は、郊外に引っ越すことになった。そこは、夫の実家に隣接する貸家で、家賃はゼロ。お金のためにあくせく働く時間は消え去り、日がな一日することがほとんどない専業主婦の生活が始まった。外を歩く人などほとんどいない強い日差しが降り注ぐ夏。車のない「私」は、コンビニに行くにも時間をかけて徒歩で移動するしかない。
それまでとは全く異なる土地と環境の中で、奇妙な出来事がいくつも起きる。得体の知れない黒い獣の後を追ううちに、背丈ほどもある穴に落ちる。人気の少ない場所と不釣り合いなほどの大勢の子どもたちが河原で遊んでいる。義祖父は、豪雨にもかかわらずひたすら庭に水を撒き、饒舌な義母は小銭をくすねる。そして、その存在など聞いたこともない義兄が、隣接するプレハブ小屋で暮らしていた…。 続きを読む