投稿者「web-daisanbunmei」のアーカイブ

書評『「三国志」を読む』――正史から浮かび上がる英雄たちの実像

ライター
小林芳雄

正史『三国志』とは

 日本で『三国志』というと、明代(1368-1644年)に書かれた小説『三国志演義』(以後、小説『演義』)が圧倒的によく知られている。しかし民間伝承を豊富にとりこみ編集したこの作品は、中国の大衆の心情や文化を伝えるものではあるが、誇張や伝説が多く紛れ込んでおり、人物の歴史的実像を伝えているとはいいがたい。
 著者の井波律子氏(1944-2020年)は、正史『三国志』と『三国志演義』を翻訳したことで知られている。その他にも『水滸伝』や『世説新語』などの個人訳を成し遂げ、中国古典に関する多数の著書がある。
 本書は、「正史『三国志』を読む」というテーマで行われた4回の講座を加筆、編集したものである。さらに岩波現代文庫収録にあたり、2編の文章が増補されたものだ。小説『演義』の骨子となった歴史書である正史『三国志』を読み解きながら、波瀾万丈の時代を駆け抜けた英雄たちの実像に迫っていく。

 陳寿は生きている間はとかく悪口を言われどおしで、挫折つづきの不幸な歴史家でしたが、その著述はこのようにして時間を越え、脈々と生命を保ったのですから、以て瞑すべし(※)というべきでしょう。(本書50ページ、注釈は編集部)

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『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第106回 正修止観章 66

[3]「2. 広く解す」 64

(10)煩悩境①

 今回は、十境の第二の「煩悩境」の段の説明である。この段は、総釈と別釈の二段に分かれている。

 (1)総釈

 まず、総釈の冒頭には、「第二に煩悩の境を観ずとは、上の陰・界・入に悟らずば、則ち其の宜しきに非ず。而るに観察すること已(や)まずば、煩悩を撃動(ぎゃくどう)し、貪瞋(とんじん)は発作す。是の時、応に陰・入を捨てて、煩悩を観ずべし」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、102a6-8)とある。つまり、十境の第一の五陰・十二入・十八界において悟らなければ、それは適当ではない。それにもかかわらず、陰入界を対象とする観察を続ければ、かえって煩悩を突き動かして、貪欲・瞋恚が起こることになる。この場合には陰入界の境を捨てて、煩悩を観察するべきであると述べている。 続きを読む

維新に噴出した「国保逃れ」――あまりに姑息な〝脱法的運用〟

ライター
松田 明

議員の社会保険料をごまかす手口

 政権与党の一部に、所属議員たちが〝かぎりなくグレーな手法〟で健康保険料逃れをしていた疑惑が浮上している。
「身を切る改革」を声高に訴え、「社会保険料を下げる改革」を掲げている日本維新の会。その維新の地方議員のなかに、「一般社団法人の理事」に就くことで社会保険料の負担を低く抑えている者が複数いることが判明した。
 しかも、この手口を宣伝して勧誘している悪質な「一般社団法人」の代表理事も、維新関係者だというのだ。

 この問題が大きく注目を浴びたきっかけは、12月10日の大阪府議会定例会。占部走馬府議(自民党)の一般質問だった。
 占部府議は、「フリーランス 社会保険」で検索すると出てくるというネット広告を議場のモニターに提示したうえで、次のように問うた。

 通常、個人事業主や企業に属さない方は国民健康保険に加入していますが、この広告にあるように、一定の所得以上の方が最低額の社会保険に加入して、その費用を抑える手口があるようです。
 その手法は、一般社団法人の理事に少額報酬を支払い社会保険加入資格を得させる、実質的な制度の悪用であります。
 保険料を下げたい、厚生年金に入りたいフリーランスを集め、法人が理事報酬や取り分、法人負担分の保険料を「協力金」などの名目で徴収し、その資金で最低額の社会保険に加入させるという仕組みです。
 実働はアンケート回答程度で、本来の趣旨をはずれた脱法的運用と指摘をされております。(占部府議の一般質問「大阪府議会定例会」12月10日

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【講演会レポート】高田博厚とベートーヴェン――ロラン著『ベートーヴェン』をめぐる対話

創価大学文学部教授
伊藤貴雄

 第三文明文化講演会「ベートーヴェンと高田博厚」が埼玉県内で開催された(10月26日)。このたび第三文明選書として復刊されたロマン・ロラン『ベートーヴェン』の訳者である彫刻家・高田博厚を記念するもので、同書の解説を記した伊藤貴雄氏が講師をつとめた。
 講演会には、高田の彫刻作品を多数所蔵する埼玉県東松山市を代表して、森田光一市長からメッセージが寄せられ、吉澤勲教育委員会教育長をはじめ多数の来賓が参加した。以下に伊藤氏の講演要旨を紹介する。

Ⅰ 息を吹き返した翻訳

 今から一世紀前の1926年、日本で一冊の翻訳書が刊行された。ロマン・ロラン著『ベートーヴェン』(原題『ベートーヴェンの生涯』)。訳者は当時26歳の彫刻家・高田博厚である。折しもベートーヴェン没後100周年を迎える直前であった。

第三文明選書として復刊した『ベートーヴェン』

 約半世紀後の1977年――没後150周年の年――、同書は第三文明社レグルス文庫として再刊され、さらに本年(2025年)、第三文明選書として三度目の復刊が実現した。三たび世に出たこの一冊は、単なる翻訳の再生ではない。時代ごとに「人間の精神的自由とは何か」を問い直す声が、この書を呼び戻してきたのである。
 今回の復刊には特別な縁がある。筆者の勤務する創価大学では昨年、「ベートーヴェンと《歓喜の歌》展」を開催し、《第九》交響曲ウィーン初演200周年に合わせて、同大学所蔵のベートーヴェン直筆書簡(1815年9月、ブラウフル宛)を公開した。その際、同⼤学創⽴者・池⽥⼤作先⽣(以下、池田)が19歳のときの読書ノート――高田訳『ベートーヴェン』の抜粋――も展示した。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第105回 正修止観章 65

[3]「2. 広く解す」 63

(9)十乗観法を明かす 52

 ⑭歴縁対境

 「歴縁対境」の段の冒頭には、「縁に歴(へ)境に対して陰界を観ずとは、縁は六作を謂い、境は六塵を謂う」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、100中16~17)とある。つまり、縁(外的条件)を経歴し境(対象界)に対して五陰・十二入を観察することについて、縁とは六作(行・住・坐・臥・語黙・作作[仕事の意])を意味し、境とは六塵(色・声・香・味・触・法の六境)を意味するとされる。この段は、さらに「歴縁を明かす」と「対境を明かす」の二段に分けられる。 続きを読む