本の楽園」タグアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第94回 いのちを刻む

作家
村上政彦

 木下晋を知ったのはNHKの特集番組だった。パーキンソン病に冒された老妻を鉛筆で描きながら、

人が壊れていくと、ひび割れた隙間から、魂が見えてくる

と呟いていた。それは、僕にとって深く印象に残る言葉だった。
 本屋をパトロールしていたら、木下晋の自伝があった。迷うことなく、レジへ持って行った。帰って読んでみると、期待にたがわずおもしろかった。まず、画家の半生がひとつの作品になっている。
 木下は、1947年に富山で生まれた。父はとび職で、母は知的障害があって、何度も家出して各地を放浪した。極貧の家庭に生まれた彼は、

ただ生き抜くため、画家としての人生を選んだ

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連載エッセー「本の楽園」 第93回 宛名のある詩

作家
村上政彦

 第86回で、若松英輔の詩論『詩と出会う 詩と生きる』を取り上げた。今回は、彼が書いた詩を読んでみたい。
 若松は、きちんと詩を読めるようになるには、自分が実作しなければならないという。 上手な詩を書こうとおもわないでいい。そういう気負いを捨ててしまえば、思いのほか気楽に詩を書くことができる――そう読者に呼びかける。
 若松の第三詩集『燃える水滴』が手元にある。ページを繰って読んでみると、実にすらすらと読める。ほとんど引っかかるところがない。これは現在の詩のトレンドである「現代詩」と呼ばれる詩たちとは、対極にあるようにおもえる。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第92回 tanbunとは

作家
村上政彦

 今回の本は、『kaze no tanbun 特別ではない一日』である。キーワードは、「tanbun」だろう。日本語表記にするなら、おそらく「短文」。これを、どのように解釈するかが、まず、ポイントになる。
 短い文章――短篇小説、エッセイなど、普通に思い浮かべるのは、そのあたりだろうか。編者は、西崎憲。福岡の出版社・書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)から発刊された文芸誌『たべるのがおそい』の編集長を務めた人物だ。
 もともと作曲から出発し、翻訳をするようになり、のちに小説や短歌を書くようになった。『たべるのがおそい』が話題になったのは、掲載作から芥川賞の候補作が選ばれたことが大きい。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第91回 瓦礫の未来

作家
村上政彦

 子供のころ、いくつか憧れた仕事があった。まず、船乗りと建築家だ。広い海に出て世界をめぐるのは、何とも愉快な仕事におもえた。それから自分の好きなように道路を引き、橋を架け、ビルを建てるのも、同じように愉快におもえた。
 ところが、僕にはできないと分かった。僕には、色弱という生まれつきの眼の異常がある。赤や黄色やはっきりとした色の見分けはつくのだが、微妙な色の違いがわからないのだ。
 船乗りは通信に手旗信号を使う。その色の見分けがつかないといけない。建築家は電気の配線などを指示する。やはり、その色の見分けがつかないといけない。僕にはそれができないのである。
 このことを知ったとき、子供なりにショックだった。母親に不満を述べた。そうしたら、彼女は、ふん、と鼻先で笑って、産んでもらっただけありがたいとおもえ、とうそぶいた。僕は驚いて言葉を失った。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第90回 地球を見る

作家
村上政彦

 アポロ11号が月面に着陸したのは1969年の夏のことだった。僕の記憶には、我が家の映りの悪いモノクロのTVの、アームストロング船長が、宇宙船を降りて月面に降り立った映像が残っている。
 人類初めて月に立つ――とメディアや大人たちは騒いでいたが、僕はまだ子供のことだから、それほど深い感慨を持ったとはおもえない。「へー、これが月の表面か」とか、「宇宙服ってけっこう重そうだな」とか、おそらくそんな幼稚な感想だっただろう。
 もう少し成長して、宇宙の起源だとか、太陽系や銀河系の大きさだとか、そんなことに興味が及ぶようになると、少しばかり宇宙というものの存在が分かり始めてきた。 続きを読む