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連載エッセー「本の楽園」 第134回 パムクの文学講義

作家
村上政彦

 ハーバード大学には、「ノートン・レクチャーズ」と呼ばれる詩の連続講義がある。これはひとりの講師を教授として招いて、毎年開かれている。講師の顔ぶれがすごい。T・S・エリオット、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ウンベルト・エーコなどの世界的な詩人、小説家ばかりか、ベン・シャーン、イーゴリ・ストラヴィンスキー、レナード・バーンスタイン、ジョン・ケージなど、名だたる画家や音楽が教壇に立ってきた。
 トルコの小説家オルハン・パムクも、そこに名を連ねた。彼がノーベル文学賞を受けたのが2006年。「ノートン・レクチャーズ」に招かれたのは、その3年後だった。ハーバード大学の学生が羨ましい。ボルヘスやエーコの講義は、僕も聴きたかった。もちろん、パムクの講義も。
 ま、本という便利なものがあるお陰で、ハーバード大学の学生でなくとも、内容を知ることはできる。こっそり、パムクが講義をしている様子を見てみよう。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第133回 優しい語り手

作家
村上政彦

 オルガ・トカルチュクは、2018年度のノーベル文学賞を受けたポーランドの女性作家だ。僕はそれまで彼女の存在を知らなかった。僕の目配りが悪いこともあるのだろうが、それより世界は広くて、まだまだすぐれた未知の作家が多いというほうが正しいだろう。
 もう、ずいぶん前に安部公房がテレビの番組で、エリアス・カネッティがノーベル文学賞を受けるまで知らなかった、自分の不明を恥じる、と述べていたことがあって、彼ほどの作家でも、そうなんだ、とおもった。
 だから、僕がオルガ・トカルチュクを知らなかったことは、当然、と開き直っておこう。しかし、そのまま読まないのは、作家としては怠慢なので、さっそく、邦訳のある本を取り寄せた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第132回 人間と自然

作家
村上政彦

 東京というメガロポリスに住んでいると、自然と接する機会が少ないようにおもわれる。人間以外の生物といえば、烏と鼠。あとはゴキブリだ。ペットもいる。犬と猫は、人間の生活に同化しているので、なかば人間のようにおもわれがちだが、やはり、内部には野生=自然をかかえている。自然との共生がいわれるが、本来、人間も自然の一部である。いくら医療技術や科学が進んでも、僕らの身体が自然から切断されることはないだろう。
 おもしろい短篇集を読んだ。『赤い魚の夫婦』。作家はメキシコ人の女性で、グアダルーペ・ネッテルという。「赤い魚の夫婦」「ゴミ箱の中の戦争」「牝猫」「菌類」「北京の蛇」と5篇の短篇小説が収められている。
 どの作品にも、人間ではない生物が登場する。金魚、ゴキブリ、猫、菌類、蛇――それぞれが登場人物と関り、独自な世界を築き上げていく。なかでも、「菌類」は秀逸だ。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第131回 アメリカ版「雨ニモ負ケズ」

作家
村上政彦

 デヴィッド・フォスター・ウォレスという作家は知らなかった。重い精神疾患を患っていて自死したという。その3年前、アメリカのオハイオ州で最古の、ケニオン・カレッジの卒業式に招かれ、20分ほどの短いスピーチをした。
 アメリカ、大学の卒業式、スピーチというと、スティーヴ・ジョブズが思い浮かぶ。彼は2005年にスタンフォード大学に招かれ、卒業生にスピーチをした。「Stay hungry. Stay foolish」(ハングリーであれ。愚かであれ)というフレーズは、巷間に広まったものだ。
 ウォレスのスピーチは、このジョブズのスピーチを抜いて、2010年の『タイム』誌で全米ナンバー1に選ばれた。僕は大学に入学したものの、卒業していないので、卒業スピーチとは縁がない。
 ウォレスが何を話したのか、いろいろ想像を巡らせながら読み始めた。一読して思い出したのは、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」という文章だった。そういう印象を受けたのはレイアウトの作用が大きいかも知れない。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第130回 懐かしい小説家

作家
村上政彦

 小説家になる者は、誰でも「自分の作家」を持っているとおもう。分かりやすい言い方をすれば、好きな作家だ。僕は、あちこちで言っているが、最初に個人全集を買ったのはドストエフスキーだ。次に、友人から梶井基次郎の全集を、ある祝いに贈られた。
 ドストエフスキーも、梶井基次郎も、「自分の作家」だった。しかしどちらも亡くなっていた。生存していて、いままさに小説を発表して活躍している作家として、これは「自分の作家」だとおもったのは、中上健次だった。
「岬」という中篇を読んで、彼が描く世界に惹かれた。荒々しく、禍々しく、しかしどこかに温かな優しさがある。舞台になった紀州の路地は、のちに被差別部落だと知ったが、僕の身の回りにも、同じような土地があって、そこに住んでいる人々とは親しくつきあっていた。だから中上の描く世界は、とても身近に感じられて、自分の生きているこの世界が小説になりうるのだという発見に繋がった。 続きを読む