本の楽園」タグアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第121回 個人のたたかい

作家
村上政彦

 詩人・茨木のり子が1967年に出版した『うたの心に生きた人々』は、与謝野晶子、高村光太郎、山之口獏、金子光晴を取り上げた本だった。それが童話屋から1人ずつの分冊として刊行された。本作のタイトルは、『個人のたたかい――金子光晴の詩と真実』。評伝である。
 僕は、金子光晴の詩を、ほとんど読んでこなかった。詩人の生涯も知らない。かつて彼が制作した家族詩集をこのコラムで取り上げたが、あのときに読んだのが、ほぼ初めてといっていいかも知れない。
 そして、大切な詩人を読み落としていたとおもった。著者は、結びの言葉として、こんなふうにしるしている。

皆にまだはっきりとは意識されてはいないけれども、この人の存在そのものが、日本を深いところで支える大きな手の一つであることを、時は次第に解明してゆくだろう

続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第120回 カズオ・イシグロの新作

作家
村上政彦

 カズオ・イシグロの名を知ったのは、もう30年近くも前になる。『日の名残り』という長篇小説が、イギリスのブッカー賞を受けて邦訳され、僕も手に取ってみた。ブッカー賞の受賞作ということより、日系イギリス人で、同世代の作家であることのほうに関心が向いた。
 一読して、なかなかの書き手だと思った。人物造形がうまい。ストーリーテリングが巧みだ。主題よく吟味されていて興味深い。これは手強いライバルだな、と思っていたら、次々と発表して、2017年度のノーベル文学賞を受けてしまった。
 あれ? ついこのあいだまでライバルだと思っていたのに、いつの間にかえらく差をつけられてしまった。人生は難しい。文学は、もっと難しい。悔しくないといったら噓になる(思い上がるな、といわれてもいいです)。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第119回 100年読まれるライターの教科書

作家
村上政彦

 大学のクリエイティブ・ライティングのクラスで教えるようになって6年が過ぎた。そのあいだ、大手出版社の新人賞を受けた学生を2人輩出した。どちらも女子学生で、世の中は女性作家の活躍が話題になっているが、大学も例外ではない。
 僕は、この2人の女子学生に特別なことを教えたわけではない。もともと高い能力を持っていた。だから、少し助言をしただけで、自力で作品を書いて、受賞に結びついた。例年、このような原石は2~3人いる。僕は彼らを見い出し、励まし、作品が完成するのを見守るだけである。
 クリエイティブ・ライティングのクラスで教えるにあたって、いちばん難題だったのは教科書だった。僕は今年で作家デビュー33年になるが、それまで人に小説の書き方を教えた経験がなかった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第118回 文学とマーケティング

作家
村上政彦

 文学にマーケティングは必要か?
 まず、マーケティングとは何か?
 本書によれば、

マーケティング=稼ぐ力

である。さらに言い換えると、

マーケティングとは、需要に対して、供給すること。

 そして、マーケティングの目的は、

その集団、あるいは個々人の〝理想の状態〟を維持すること。

〝理想の状態〟とは、分かりやすくいえば「幸せ」のことだ。本書は、このマーケティングを1枚のシートで理解して極めるために書かれた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第116回 ゲンロン戦記

作家
村上政彦

 僕は、2011年の東日本大震災が起きてから間もなく、作家の先輩に声をかけられて『脱原発社会をめざす文学者の会』に入会した。というか、そのときはまだ、この会はなくて、その先輩たち、仲間と語らって、会を立ち上げた。
 設立時には、立派な会場を借りて、記者会見を開いて、僕も意見を述べた。それが確か2012年のことだ。それから会の活動が始まった。文学者の会なので、言葉と想像力で原発と対峙して、原発のない社会を構想し、築いていく。
 だから、安易に現実政治には関わらない。いや、会として、現実政治に関わったことは一度もない。会の活動は、専門家を呼んで原発について学び、会報やホームページで原発について発言し、年に一度は被災した福島を訪れた。そして、文学作品を書く。 続きを読む