本の楽園」タグアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第79回 山下清の放浪日記

作家
村上政彦

 僕が山下清のことを知ったのは、TVのドラマが最初だった。確か、『裸の大将放浪記』というタイトルだったとおもう(間違っていたらごめんなさい)。軽度の知的な障害を持った主人公が全国を放浪しながら、地元の人々と温かな交流を重ねる様子を描いた番組だった。
 主人公が、画家の山下清であるところがポイントで、坊主頭の、半ズボンにランニングを着たみすぼらしい男が、著名な芸術家であることが分かると、水戸黄門が印籠を出したときのように、人々の態度が一変する趣向だった。
 その後、僕は山下清の作品を何度か見て、感心した覚えがある。ジャン・デビュッフェがアール・ブリュットという概念を提出し、精神的な障害を持った人々、アカデミックな美術教育を受けたことのない人々の作品が注目されるようになった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第78回 シウマイの丸かじり

作家
村上政彦

 このあいだ新幹線で九州への日帰り出張をやった。朝は5時起きで、車で妻に最寄り駅まで送ってもらって、東京を7時の、のぞみに乗った。小腹が空いたのでおにぎりの弁当を買って、それを食べてから目的地の小倉までほとんど意識がない。爆睡である。
 昼頃に小倉へ着いて、仕事関係の何人かと合流してホテルで会食。その後、僕は某作家と対談した。2時間ぐらい言いたい放題しゃべりまくって、疲れたのでケーキとコーヒーを頼んで終わり。
 さて、問題はここからである。みなと別れて駅へ向かいながら僕が考えていたのは、書店はどこにあるか? ということだった。東京駅まで5時間弱ある。行きのように爆睡はできないだろう。そうすると、帰りの新幹線のなかで読むものが欲しい。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第77回 人の物語

作家
村上政彦

 フィリピンのマニラにある橋の下で、著者の「私」はメルセディータと出会う。彼女はそこに家を構えて暮らしていた。橋の下で暮らしているのは100家族ほど。電気は違法に引いていたが、電力会社に止められ、ろうそくの炎が唯一の家の中の灯だ。
 もともと「私」は教師をしながら、貧困層の人々を支援するボランティアに携わっていた。あるときからフルタイムのボランティアになった。メルセディータと出会って、彼女の半生を記録し始める。

 メルセディータ・ビリャル・ディアス=メンデスは、1965年に生まれた。両親は農場で働いていた。6人きょうだいの末っ子だった。貧しい暮らしで、おもちゃがひとつもなかった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第76回 家族の光

作家
村上政彦

 家族新聞をつくっているという話を、たまに聞くことがある。実際、僕の知人は2人の子供が小学生のとき、父母も加わって新聞を製作していた。記事の一部を読ませてもらったことがあるが、母親のダイエットが失敗する逸話などがあって、とても微笑ましかった。
 こういう営みが家族の絆を強くすることは推測できる。どの家庭でもそういうことをすれば、家族の心のすれ違いなどは、最小限にすることができるのではないか、とおもうが、なかなか実行するのは難しい。
 今回、取り上げる『詩集「三人」』は、家族詩集の試みだ。詩を寄せたのは、金子光晴、妻の森美千代、息子の森乾の、文字通り3人。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第75回 我的日本語

作家
村上政彦

 リービ英雄さんとは、文芸家協会でときどき顔を合わせる。最初にお眼にかかったとき、「村上政彦です」と名刺を出したら、「お名前は、よく存じ上げております」と丁寧な日本語で返されて驚いた。
 彼は、北米で生まれ育ったアメリカ人だ。17歳で日本語と出会って、大学で『万葉集』を学び、それを英訳して、北米でもっとも権威のある全米図書賞を受けた。その後、日本語で小説を書くようになり、作品は高く評価されている。 続きを読む