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連載エッセー「本の楽園」 第88回 生きるために書くのか、書くために生きるのか

作家
村上政彦

 僕は、生きるために書いている。この書くには、稼ぐという極めて実利的な要素が含まれている。しかし、では、稼げれば書かないでいられるか、というと、そうはいかない。書かずにはいられないのである。
 だから、僕の、生きるために書く、ことには、書くために生きる、ことが内包されている。でも、考えてみれば、生きるために書くことと、書くために生きることを分離するのは難しい。
 ある作家が、なぜ書くか? と訊かれて、(多分)ジョークをまじえて、「銀座にベンツ、軽井沢」といった。誰だったか忘れてしまったが、エンターテインメント系の作家だったとおもう。
 推測するに、この作家だって、たくさんある仕事のなかから、書くことを選んだわけで、稼ぎのいいことをいちばんに挙げても、やはり、彼の仕事には、書くために生きる、ということが含まれている。
 多かれ少なかれ、小説家や詩人、批評家などは、生きるために書いているが、書くために生きているのでもある。近年になって書くことで稼ぐのが難しくなってきて、いよいよその傾向が強くなりつつある。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第87回 犬が家族になるとき

作家
村上政彦

 僕は、子どものころから家で犬を飼っていて、結婚して家を出るまで、犬のいなかったことがなかった。ところが上京して妻と暮らすようになったアパートはペットを飼うことができなかったので、長く犬のいない生活を送ることになった。
 犬がそばにいないので、犬の映画を見たり、犬が主人公の本を読んだりするようになった。そのなかで、名作だとおもったのが、『ハラスのいた日々』だ。著者は、ドイツ文学者の中野孝次。翻訳だけでなく、小説、エッセイ、批評の執筆と幅広く活躍した。
 ハラスは、子どものいない中野夫妻の家に来た犬のことだ。「HARAS」(ハラス)――ドイツ人が大型のシェパードにつけることが多い名だという。思いがけず庭付きの家を新築することになり、義妹にお祝いは何がいいか、と訊ねられ、ふと、犬がいい、と応えた。
 やって来たのは、大型のシェパードではなく、柴犬の子どもだった。中野は、散歩の相棒にと軽く考えていたのだが、そのうち「たんなる犬以上の存在」になった。作品は、小説仕立てで、その過程をすぐれた文章で綴っていく。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第86回 生きるための詩

作家
村上政彦

 このところずっと手元に置いて、ちょっとした時間があると読み返している本がある。若松英輔の『詩と出会う 詩と生きる』だ。「NHKカルチャーラジオ文学の世界 詩と出会う 詩と生きる」という番組のテキストとして書き下ろされたものに、「薄い本一冊分ほど加筆」された本である。
 もともとラジオ番組のテキストだったということで、とてもわかりやすい。しかし内容は、深い。詩を学びたい人には、いい仕上がりになっている。
 僕は、若いころ詩を読んでいたし、書いてもいた。いまからおもえば、極めてつたないものだったが、書きたい意欲があふれていて、書かずにはいられなかった。好きな詩人は、中原中也と立原道造で、つまりは、そういう甘い、感傷的な抒情詩を書いていたのだ。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第85回 ポバティー・サファリとは何か?

作家
村上政彦

 この『ポバティー・サファリ』のテーマは、一言でいうなら「貧困(ポバティー)について」だろう。序文を書いているブレディみかこはいう。

「ポバティー・サファリ」とは、サファリで野生動物を見て回るように貧困者を安全な距離からしばらく眺めたあと、やがて窓を閉じてしまうことだ

 著者のダレン・マクガーヴェイは、そんな「サファリ」出身の若者だ。スコットランドの公共住宅――貧困層が暮らす真っ只中で生まれ育った。
 母は、少女のころにレイプされ、そのトラウマが酒とドラッグを求めた。息子が言うことを聞かないと、ナイフを振りかざして殺そうとする。まっとうな子育てができない。ダレンは学校で虐められるが、母親の暴力に比べれば、そんなものはなんでもなかった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第84回 仕事が好きだといえるようになりたい

作家
村上政彦

 僕は高校を中退している。そのあとは、いまでいうニートを経て、アルバイト暮らしに入った。それから紆余曲折があって大学へ入り、業界誌の記者や学習塾の経営などをやって、作家デビューを果たした。
 だから、働くということについて、いろいろ考えることが、たぶん人より多かったとおもう。ニートをやめて、アルバイト暮らしに入ったとき、それはさまざまな職種を体験した。
 いちばん大変だったのは、肉体労働で、3日でやめた。体が悲鳴を上げて、高熱を発し、働けなくなったのだ。楽しかったのは、某ファーストフードチェーンのスタッフとして、外で子どもたちに風船を配っていたことだった。自分が天使になった気がしたものだ。
 作家デビューを果たしたのが29歳のときで、それ以降は小説家としての肩書きから発生する仕事以外はやったことがない。幸運だとおもう。あれから約30年――働くことについて考えてみた。 続きを読む