第102回 正修止観章 62
[3]「2. 広く解す」 60
(9)十乗観法を明かす㊾
⑪能安忍
十乗観法の第九の「能安忍」について説明する。安忍とは、内外の名誉と恥辱に対して安らかに忍耐することである。『摩訶止観』には、「若し此の意を得ば、九境を須いず。若し未だ了せずば、当に更に広く明かすべし」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。大正46、99下13~14)とあるように、陰入界境に対する十乗観法のなかで、この第九の能安忍を実現できれば、煩悩境から菩薩境までの九境を必要としないこと、もしうまくいかなれば、九境について詳細に明らかにするべきであると述べている。
次に要点を説明する。冒頭に、安忍について、忍耐して覚りに関する事柄を成就し、動揺もせず退転もしないことであるとし、この心を、薩埵(さった、sattvaの音写語で、衆生の意)と名づけるという。はじめ五陰・十八界を観察することから次位を知るまでの十乗観法の前の八つの法について、妨げるものは転換して智慧が開かれる。あるいはまだ初品(随喜品)に入らず、あるいは初品に入って、神妙な智慧が明るく鋭いとされる。
このように熱心に修行していくと、位も進んでいくが、それにともなって、皆にもてはやされ、最初は一人を相手にしていても、しだいにエスカレートして多くの人を相手にするようになる。そうなると、最初は自他に利益があると思うけれども、他者を利益することは少なく、自らの修行を損なって、ただ修行の階位が進まないだけではなく、道を妨げることが逆に生じるようになってしまう。これは、『十住毘婆沙論』にいう「破敗の菩薩」とされる(※1)。
次に、智顗は、前代の僧侶について、昔、鄴(ぎょう、北斉の都)・洛陽の禅師は、その名は広い範囲に及び、彼らが訪れるときは四方の人々が雲のように仰ぎ、去るときは一万人もの人々が群をなしたが、たいした利益もなく、人々が臨終するときには全員が後悔したと批判している。
さらに、自分の師である南岳慧思について次のように紹介している。慧思は一生に銅輪(十住)に入ろうと望んだが、とても早くから大衆を統べ率いたので、十住の位を実現しなかったと嘆いたと紹介している(※2)。さらに、慧思『立誓願文(りゅうせいがんもん)』の「択(えら)べ、択べ、択べ、択べ」という言葉を紹介している(※3)。また、智力が強大であるならば、広く利益を与える必要があるが、もしそうでなければ、ひとまず安んじ忍耐して、深く三昧を修行するべきであり、修行が成就して力があらわれてから、教化をしても遅くないと述べている。
さらに、名誉にまとわりつかれる弊害について、次のように注意している。第一にそのような名誉を受けてはならず、執著してはならないこと、第二に名誉を譲っても、もし去らないでかえって粘りつかれれば、自分の徳を縮め欠点を露わにし、狂った様子を表に出して真実を隠すべきであること、第三に隠遁しても、世間から脱出しなければ、一挙に万里の彼方の遠く離れた土地に去ることを提案している。
このように、名利が外から攻めてくるときは、三つの方法(三術)によって逃れなければならないという。三つの方法(三術)とは、『輔行』によれば、外障=軟賊である名誉に対しては、上述の三つの方法により、内障=強賊である煩悩などに対しては、即空・即仮・即中を観察する(これも三術といわれる)ように勧めている(※4)。
最後に、修行の決意について、たとい皮膚と肉を裂き砕かれても、心は動揺散乱せず、大地に押しつぶされても、重く沈まないようにしなければならない。大暴風にも軽く飛ばされることがなく、寒氷にも冷えることはなく、猛烈な火炎にも熱せられることはない。心を正しくして正面から観察することが大事であり、どうしてわずかな禅を少しばかり証得して喜びとし、少しの悪をわずかに見て憂いとすることができようか。重大な事柄を成し遂げようとするためには、いよいよ安んじ忍耐することを必要とするのであると述べている。最初に紹介したように、この第九の能安忍を実現できれば、煩悩境から菩薩境までの九境を必要としないこと、もしうまくいかなれば、九境について詳細に明らかにするべきであると結論づけている。
(注釈)
※1 『十住毘婆沙論』巻第九、四法品には、「敗壊菩薩」という表現になっている。「応に四種の敗壊菩薩の法を捨離すべし。応に四種の調和菩薩の法を修習すべし」(大正26、66中11~12)を参照。
※2 『続高僧伝』巻第十七、「又た諮(と)うらく、師の位は即ち是れ十地なりや。思の曰わく、非なり。吾れは是れ十信鉄輪の位なるのみ」(大正50、563中9~10)を参照。
※3 『南嶽思大禅師立誓願文』、「択択択択」(大正46、792中5)を参照。
※4 『輔行』巻第七之四、「三術と言うは、上の文に自ら列するが如し。一に受くること莫く著すること莫れ。二に徳を縮め玼(きず)を露わす。三に一挙万里なり。内の三術とは、空仮中を謂う。外障は是れ軟賊にして、名誉等を謂う。内障は是れ強賊にして、煩悩等を謂う。是の故に内外に術を用うること同じからず」(大正46、386上26~29)を参照。
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