『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第15回 感大果・裂大網・帰大処

感大果

 五略の第三の感大果には、

 第三に菩薩の清浄なる大果報を明かさんが為めの故に、是の止観を説くとは、若し行は中道に違せば、即ち二辺の果報有り。若し行は中道に順ぜば、即ち勝妙の果報有り。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅰ)224頁)

と述べられてる。これは、十広の第八の果報に対応する段であるが、果報は実際には説かれない。ここでは、修行が中道に背くならば、空と仮の二つの極端な果報があり、もし修行が中道に従うならば、すぐれた果報があることを示している。
 さらに、『次第禅門』に明らかにされる修証(修行と証得)とこの果報との相違についての質問がある。「修」という原因と、それによって得られる「証」という結果は、習因・習果(因果関係において、因が善ならば果も善、因が悪ならば果も悪、因が無記ならば果も無記である場合、因を習因[新訳では同類因]、果を習果[新訳では等流果]という)という関係であること、またこのような修と証は今生で得られるものであるが、果報は今世と隔てられた来世にあると説かれる。新田雅章氏は、来世の果報とは、天台の国土観である四土(凡聖同居土・方便有餘土・実報無障礙土・常寂光土)に生まれることを指すのではないかと解釈している(※1)

裂大網

 第四の裂大網(れつだいもう)とは、大きな疑いの網を裂くさまざまな経論のために、この止観を説くことについて、次のように述べている。しっかりと止観によって心を観察すれば、内の智慧は明らかであり、漸・頓のさまざまな教えに精通し、恒河沙(ガンジス河の砂粒の数ほど多いという意)の仏法を、一心のなかで悟ることができ、また外に対して衆生に利益を与え、機に投じて教を設けるという教化能力を生ずることができることが説かれる。この段は十広の第九の起教(ききょう)に対応するが、起教は実際には説かれない。

帰大処

 第五の帰大処(きだいしょ)では、大処=諸法の畢竟空に帰着することが示されている。具体的には、「旨帰(しき)」について理解すべきであると示されている。旨とは、自分で法身・般若・解脱の三徳に向かうことであり、帰とは、他者を導いて一緒に三徳に入ることであると定義され、さらにまた、自分で三徳に入ることを帰と名づけ、他者を三徳に入らせることを旨と名づけるとも示されている。
 そのうえで、総相の旨帰と別相の旨帰を説いている。総相の旨帰とは、仏と衆生がみな法身・般若・解脱の三徳に帰着することである。別相の旨帰は、法身に色身・法門身・実相身の三種があり、色身は解脱に帰着し、法門身は般若に帰着し、実相身は法身に帰着するといわれる。
 また般若には、道種智・一切智・一切種智の三種があり、道種智は解脱に帰着し、一切智は般若に帰着し、一切種智は法身に帰着するといわれる。
 解脱には無知(塵沙惑)の束縛を解き放ち、取相(見思惑)の束縛を解き放ち、無明の束縛を解き放つという三種があり、無知の束縛を解き放つことは解脱に帰着し、取相の束縛を解き放つことは般若に帰着し、無明の束縛を解き放つことは法身に帰着するといわれる。
 このように、旨帰の中心は、法身・般若・解脱の三徳と規定され、それぞれについて凡夫の通常の認識では捉えがたいことをさまざまに説明している。この段は十広の第十の帰趣(旨帰)に対応するのであるが、帰趣(旨帰)は実際には説かれない。
 以上で、十広の第一大意(五略)の章の説明を終える。

(注釈)
※1 新田雅章『仏典講座25 摩訶止観』(大蔵出版、1989年)409-410頁を参照。凡聖同居土は、人天などの凡夫と声聞・縁覚などの聖者とが同居する国土の意。これには阿弥陀の同居浄土と娑婆世界の同居穢土とがある。方便有余土は、見思惑を断じたが、まだ塵沙・無明惑を断じていない二乗・菩薩の住所。実報無障礙土は、別教の初地以上、円教の初住以上の菩薩が、生身を捨てて、住む国土で、界外にあるといわれる。常寂光土は、法身仏の住する浄土である。

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かんの・ひろし●1952年、福島県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。博士(文学、東京大学)。創価大学大学院教授、公益財団法人東洋哲学研究所副所長。専門は仏教学、中国仏教思想。主な著書に『中国法華思想の研究』(春秋社)、『法華経入門』(岩波書店)、『南北朝・隋代の中国仏教思想研究』(大蔵出版)、『中国仏教の経典解釈と思想研究』(法藏館)など。