『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第8回 発大心(2)

[3]四諦

 四諦(四聖諦)は、中道、八正道(正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)、三法印(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静)等とともに、初期仏教の重要な教説である。釈尊が鹿野苑(ろくやおん)の初転法輪において、修行時代の五人の仲間に対して説いたものである。四聖諦とは四つの聖なる真理という意味で、苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅蹄(めったい)、道蹄(どうたい)の四つである。
 苦諦とは、一切が苦であるという真理である。
 集諦とは、詳しくは苦集諦といい、苦の原因についての真理、すなわち、苦の原因は渇愛(喉の渇いている人が水をしきりと求める様をいい、根本的な欲望である)であるという真理である。
 滅諦とは、詳しくは苦滅諦といい、苦の原因である渇愛を滅すれば、苦の滅(=涅槃)が得られるという真理である。
 道諦とは、詳しくは苦滅道諦といい、苦の滅に至る道(実践方法)についての真理であり、八正道が涅槃への直道であるという真理である。
 このように、四諦の教説は一見すると単純なゆえに、低次の教えと誤解されることがあってはならない。苦諦・集蹄は、世間の迷いの因果を示し、滅諦・道諦は出世間の因果を示しており、迷悟にわたる因果を簡潔な構造として明らかにしているのである。仏教のあらゆる教えが、この四諦に含まれるといってもよい。換言すれば、仏教のすべての教説の骨組にあたるものが四諦である。このような理由があるからこそ、智顗(ちぎ)が四諦を四種の四諦に展開することによって、仏教を総括することが可能となるのである。

四種の四諦の名称

 四種の四諦の名称は、生滅・無生・無量・無作の四諦であるが、『摩訶止観』には、この出典として、『大般涅槃経』巻第十二、聖行品を示している。その箇所を調べてみると、

 諸の凡夫人には苦有るも諦無し。声聞・縁覚には苦有り、苦諦有るも真実無し。諸の菩薩等は苦に苦無しと解す。是の故に苦無きも真諦有り……(大正12、682下7~10)

とあるだけで、生滅・無生・無量・無作の名はない。
 この点に関して、『四教義』(高麗沙門諦観の『天台四教儀』と区別して、大本四教義、大部四教義と呼びならわす)巻第2には、

 問うて曰わく、何処の経論に此の四種の四諦を出だすや。答えて曰わく、若し散説せば、諸の経論の縁に趣く処々に、此の文義有り。但し一処に聚(あつ)まらざるのみ。『大涅槃経』に慧聖行を明かして、五味の譬えの本と為さんと欲す。是を以て次第に分別して、此の四種の四諦を明かす。『勝鬘』にも亦た四種の四諦の文有り。所謂る有作四諦・有量四諦・無作四諦・無量四諦なり。但し『涅槃』と『勝鬘』とは、無量の四諦を明かすに、詮次不同にして、義意少しく異なり(大正46、725中29~下7)

とある。これによれば、四種の四諦の出典については、一個所を特定することはできず、智顗が、『涅槃経』や『勝鬘経』法身章(大正12、221中17~27を参照)を参考にして、自ら整理したものと考えてよさそうである。

四種の四諦の意味

 四種の四諦の意味を考えよう。生滅の四諦とは、四諦の因果をそのままに生あり滅ありと観察する四諦観である。前述した初期仏教の四諦説がこれに該当する。無生の四諦とは、四諦の因果がすべて空で生滅がないと観察する四諦観である。無量の四諦とは、四諦の因果に無量の差異の様相がある、つまり、無数の苦・集・滅・道があると観察する四諦観である。無作の四諦とは、苦・集・滅・道がすべて実相であり不可思議であると観察する四諦観である。これらは、それぞれ蔵・通・別・円の四教に対応する。

十種の発心

 『摩訶止観』では、次に十種の発菩提心について説いている。十種とは、理を推(お)す・仏の相を観る・神通を見る・法を聞く・土に遊ぶ・衆を観る・行を修するを見る・法の滅するを見る・過(あやまち)を見る・苦を受くるを見ることである。これらの十種を契機として、菩提心を発することが明かされている。紙数の都合上、第一の理を推して菩提心を発する場合について要点を紹介するだけにする。
 煩悩のなかに菩提はなく、菩提のなかに煩悩はないので、煩悩を断じてはじめて法性を見ることができると考えることが、生滅の四諦を推して菩提心を発することである。
 法性は苦・集と異ならないのに、衆生は苦・集に迷って法性を失っているだけであるから、苦・集に苦・集がないことに精通しさえすれば、法性に合一することができると考えることが、無生の四諦を推して菩提心を発することである。
 二乗の法と凡夫の法との二辺(二つの極端)の外に、別に浄法ありと考えることが、無量の四諦を推して菩提心を発することである。
 法性と一切の法とは不二であるから、凡夫の法や二乗の法を離れて実相を求めることなく、それらに即して実相があり、一色一香(微細な色[いろ・形あるもの]や香)も、すべて中道であると考えることが、無作の四諦を推して菩提心を発することである。

(連載)『摩訶止観』入門:
シリーズ一覧 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回

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かんの・ひろし●1952年、福島県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。博士(文学、東京大学)。創価大学大学院教授、公益財団法人東洋哲学研究所副所長。専門は仏教学、中国仏教思想。主な著書に『中国法華思想の研究』(春秋社)、『法華経入門』(岩波書店)、『南北朝・隋代の中国仏教思想研究』(大蔵出版)、『中国仏教の経典解釈と思想研究』(法藏館)など。