芥川賞を読む 第67回 『送り火』高橋弘希

文筆家
水上修一

圧倒的存在感で描いた快楽としての暴力

高橋弘希(たかはし・ひろき)著/第159回芥川賞受賞作(2018年上半期)

美しい描写から浮かび上がる凄惨さ

 選考委員の小川洋子が「他の候補作を圧倒する存在感を放っていた」と述べた高橋弘希の「送り火」。
 津軽地方の山間部にある、時代から取り残されたような過疎地域。生徒数の減少で廃校となる予定の中学校に、東京から越してきた主人公の歩。父親の仕事の影響で転校には慣れている彼は、新しい中学校でも要領よく同級生と馴染んだかのように見えたのだが、そこには歩がこれまで見聞きしたこともない、おぞましいほどの暴力の連鎖が隠されていた。
 選考にあたっては意見が二分していたようだが、その焦点となったのはまさにその暴力。否定的な意見で多かったのは、作者がその暴力を通して何を描こうとしているのかが分からないという意見である。
 高樹のぶ子の選評。

『送り火』の一五歳の少年は、ひたすら理不尽な暴力の被害者でしかない。この少年の肉体的心理的な血祭りが、作者によって、どんな位置づけと意味を持っているのだろう。それが見いだせなくて、私は受賞に反対した。(中略)文学が読者を不快にしても構わない。その必要が在るか無いかだ。読み終わり、目をそむけながら、それで何? と呟いた。それで何? の答が無ければ、この暴力は文学ではなく警察に任せれば良いことになる

 川上弘美の選評。

読後わたしは、どこにも行けないような気がしてしまったのです。だけど、行くって、どこに? わかりません。作者には酷な要求をしている気もします。が、ここまで大きくなってきた作者の高橋さんには、次の作品で、ぜひどこかに連れて行ってもらいたい…

 ただし、誰もが等しく高評価しているのは、その優れた描写力である。これほどおぞましい暴力を描いているにも関わらず、その文章は優れて静謐で美しい。舞台は津軽地方の寒村という設定になっているが、実在する村ではなく、遠い過去にあった忘れられた村落に迷い込んだような感覚がある。そして、そこにある自然や人間は、暴力とは対称的に素朴で美しい。だから、なおさら、そこに秘められている暴力の凄惨さが際立ってくる。
 山田詠美の選評。

この作者は、どんな『穢れ』を描いても、そこに澄んだ空気を運んでくる。陰惨なエピソードの合間にある、自然、人間、食べ物……などなど、それらの色彩や匂いが印象的でぐっとくる。完成度に感嘆しながら受賞作に推した

 島田雅彦の選評。
「理不尽な暴力が突発する場にあって、高橋が紡ぐコトバは詩的躍動感にあふれ、陰惨な光景を墓の下から見ているようですらある」

明確な理由も目的もない暴力

 ここで行われる暴力の背景には、明確な理由がない。そして目的もない。あるのは快楽だ。同級生たちが、そして卒業した先輩たちが、繰り広げた暴力の出発点は、退屈しのぎの単なる遊戯なのである。面白いから、ただそれだけのとこから出発し、その興奮はエスカレートする。だから、なおさら恐ろしい。
 また、そこでつけられた遊戯の名前が秀逸なのだ。例えば、激しい屈伸運動で息絶え絶えになった仲間を、他の者が縄跳びの縄で首を絞めあげる。酸欠状態で見た一種の幻覚である神仏にちなんで名付けた「彼岸様」などだ。「退屈だはんで(だから)、久しぶりに彼岸様でもするべし」(かっこは編集部)とリーダー格の中学生の吐く言葉の恐ろしさ。
 暴力はどこから生まれるのか。痛みや不利益をもたらされたことに対する怒りや反発としての暴力、自分の欲望を成就させるための暴力、さまざまあるだろうが、相手が苦しむことに対する快感を味わうための暴力こそ、最もおぞましく根源的な暴力なのかもしれない。閉ざされた、逃げられない人間関係と社会の中で、その暴力は一層増幅する。
 この作品を最も強く押した小川洋子の選評はこうだ。

ここに現れる暴力はどこにも着地しない。象徴にも手段にもならず、ただ理不尽さだけをまとったありのままの姿で置き去りにされ、底なしの渦を巻いている。(中略)混沌の中でおののきながら、同時に、暴力が持つ根源的な神秘に魅入られることになる。進化の途中で初めて出会った、まだ暴力と名付けられる以前の衝動の前で立ち尽くすかのように、読者は言葉をなくしてしまう

 好き嫌いはあったとしても、圧倒的な存在感のある作品を、芥川賞として当然見逃すわけにはいかないのだろう。

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みずかみ・しゅういち●文筆家。別のペンネームで新聞社系の文学賞を受賞(後に単行本化)。現在、ライターとして、月刊誌などにも記事を執筆中。