住民を巻き込んだまちづくり
東京都で唯一の中核都市である八王子市は、かつては甲州街道最大の宿場町「八王子宿」として栄え、近代の初めには関東各地で生産された絹糸や絹織物などを横浜に移送する流通拠点として重要な位置を占めた。
また、この半世紀あまりは大学のキャンパス移転や新設開学が続き、21の大学・短期大学・高専を擁して、約10万人の学生が集う学園都市としても知られている。
平成に入った頃から、住宅地の郊外への進展、それに伴う大型ショッピング施設の郊外での開業など郊外地域の発展により、八王子駅周辺の大型商業施設が相次いで閉店するなど、中心部の「空洞化」が問題になった。
しかし、その後の新しい都市計画によって中心市街地に若いファミリー層が暮らす集合住宅が増え、商業施設も充実して、現在では「居住者向けの街」として住民を巻き込んだ中心市街地の活性化が進んでいる。(「八王子市中心市街地活性化基本計画」参照)
現在、八王子では歴史文化の再発見と創造的な活用を基盤に、市民・大学・行政・地域団体が協働しながら地域課題に取り組む数多くの実践が展開されています。二〇二六年春には八王子IC(インターチェンジ)北に新たな複合商業施設の開業が予定され、同年十月には、市民の交流拠点「
桑都 の杜 」が八王子駅南口に開設予定です。歴史を生かしたまちづくりと未来志向の都市開発が並走するこの地域は、福祉・文化・教育・経済が交差する独自の可能性を宿しています。(「はじめに」編者・西川ハンナ創価大学文学部准教授)
本書は、2024年9月7日~8日に、東京都八王子市で開催(1日目は八王子市学園都市センター。2日目は創価大学中央教育棟)された、日本社会福祉教育学会第20回大会を契機として企画された。
大会の記録としての性格と共に、開催地・八王子で進められている多様な地域課題解決活動や共創の取り組みなどを紹介するものである。
第1部は社会福祉の「理念と教育」をテーマに、社会福祉教育とSDGsの関係性を中心に論じている。
第2部は「地域実践と共創」をテーマに、八王子での地域実践事例とその背景にある共創の視点が深掘りされている。
日本社会福祉教育学会は2005年に設立され、福祉教育の実践と研究の向上をめざし、「市民による社会の担い手育成」という広義の福祉教育を推進してきた。
八王子で生まれた「小さな奇跡」
たとえば第1部第2章の「文系の産学連携が持つ可能性――地域書店と文学部のコラボレーション」(伊藤貴雄・創価大学文学部教授)では、全国的に減少傾向が問題になっている地域書店と、同じく全国的に意義や存続の可能性が危ぶまれている大学文学部のコラボレーションという、大胆かつユニークな創価大学の実践が紹介されている。
冒頭、伊藤教授は、古来、哲学は抽象的で空中を漂うようなものではなく、いつも「土地」とともにあり、「場所」と深くかかわりながら形づくられてきたと語る。ソクラテスもカントも、自分が暮らす街のなかで、街を歩き人々と交流しながら、日常のなかから哲学を生みだしてきたのだという。
2018年の夏、八王子市内の古書店でたまたま『シュリーマン旅行記 清国・日本』(石井和子訳/講談社学術文庫)を手にした伊藤教授は、シュリーマンが八王子の地を歩き、観察し、記録していたことを知った。
ハインリヒ・シュリーマンは、伝説上と思われていたトロイアの遺跡を発掘した人物である。
2021年がシュリーマン生誕200年にあたっていたこともあり、創価大学で開設されていた「八王子学」とも連携するかたちで、地域おこしを試みた。
※参照:書評『シュリーマンと八王子』――トロイア遺跡発見者が世界に伝えた八王子
学生のさまざまなアイデアを取り込みながら、八王子駅北口にある「くまざわ書店 八王子店」の協力を得て、同店の人文書フロアで「シュリーマン生誕二百周年記念 学生選書コーナー」を設置した。
この企画は好評を博し、これまであまり知られていなかったシュリーマンと八王子の関係や八王子の歴史に、多くの地元住民や学生が触れる契機となった。
2024年には、書店側から創価大学文学部に声がけがあって、「ベートーヴェン交響曲第9番合唱付き初演200周年記念 学生選書」が実現している。
ここであらためて考えたいのは、「音楽」と「哲学」という一見異なる領域が、どのように交差し、融合しうるのかという問いです。哲学とは、突き詰めれば「知を愛すること」、すなわち「フィロソフィア」そのものだと私は考えています。ベートーヴェンの音楽が放つエネルギーや情熱、そして人間の尊厳への深い洞察は、まさに哲学的精神の表れであり、彼の作品を通して「生きるとは何か」「自由とは何か」といった根源的な問いに触れることができるのです。
(中略)
そして八王子という場所で、こうした学びの取り組みに学生たちが主体的に関わることで、一つの「小さな奇跡」が生まれたと私は感じています。そして、その小さな奇跡が、さらに多くの人に広がり、次の創造につながっていくことを願ってやみません。(伊藤教授「文系の産学連携が持つ可能性――地域書店と文学部のコラボレーション」)
一般的に「産学連携」というと理系の大学や学部が念頭に浮かぶ。しかし、文学部に代表される人文系でも、地域での「産学連携」に多様な可能性を秘めていることを、この創価大学文学部の事例は示している。
むしろ、住民自身が主体的に参画して「まちづくり」をしていくうえで、人文系の学部が関われる領域は広いのではないか。
創価大学は、「人間教育の最高学府たれ」「新しき大文化建設の揺籃たれ」「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」を建学の精神としてきた。
68の国・地域から約700名の留学生が在籍し、世界272大学(2025年5月時点)との学術交流協定を結ぶなど、国際色豊かな大学でもある。
国内の少子化が加速するなかにあって、今後はアメリカ創価大学のように、今以上に世界各地から学生を受け入れるインタナショナルな大学として、人類の平和の拠点となっていくことが期待されるし、そのポテンシャルも十分に持っているだろう。
他方で、今や大学は地域(ローカル)との協同や共創を求められる時代になった。
本書で詳述されているように、自らが立地する八王子というローカルに根差し、そこに暮らす人々、働く人々と手を携えて〝共創〟していくことも、創価大学の重要な使命であり役割なのであろう。
大学の閉校が相次ぎ、あるいはシャッター通りの増加が地方の深刻な社会課題となっている時代。本書で示されている多様な立場の人々からの報告は、どの地域や大学にとっても大きなヒントになるのではないか。
『八王子と福祉のまちづくり――人と文化が交差するまち』
西川ハンナ 編定価:2,200円(税込)
2025年11月14日発売
第三文明社
⇒公式ページ
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