書評『完本 若き日の読書』――書を読め、書に読まれるな!

ライター
本房 歩

未公開の「読書ノート」も掲載

 今年1月に第三文明社から刊行された『完本 若き日の読書』(池田大作著)が、現在4刷と大変に好評だ。
 これは、同社から1978年に発刊された『若き日の読書』と1993年刊の『続 若き日の読書』を収録し、さらに著者の「読書ノート」(『第三文明』1964年3月~8月に連載されたものと、未発表のもの)、それらの一部のカラーグラビアも収録されている。
 この「読書ノート」は、著者が18歳だった1946年から雑記帳などに記述していたもので、まだ信仰の道に入っていない時期の読書の抜き書きである。終戦直後、きのうまでの価値観が一転した社会のなかで、10代の著者が歩んだ精神遍歴の一端を知る貴重な記録だ。
 収録された正編・続編の『若き日の読書』は、累計で31万部のロングセラーとなっている。いずれも『池田大作全集』第23巻(聖教新聞社/1997年刊)に収録されているが、この全集はすでに発売を終えている。
 今回の「完本」は今日の読者が手に取れるよう企画されたもので、551ページのボリュームながら紙の厚さも配慮し、価格も税込1500円と廉価を実現した。出典調査には創価大学池田大作記念創価教育研究所の研究者、同大学の教員・学生の有志が協力したという。
 著者である池田大作氏は創価学会の第3代会長(現・名誉会長)であり、創価学会インタナショナル会長をつとめる。また、公明党、創価学園、創価大学、アメリカ創価大学、東洋哲学研究所、民主音楽協会、牧口記念教育基金会、戸田記念国際平和研究所、東京富士美術館などの創立者である。
 小説『人間革命』(全12巻)、『新・人間革命』(全30巻)はじめ、『二十一世紀への対話』(アーノルド・トインビーとの対談)など多数の著作があり、国内外で刊行されている。
 こうした多彩な活動を下支えしたものこそ、青年時代からの圧倒的な読書だった。約7万冊の蔵書は創価大学に寄贈され、1997年に同大学中央図書館に「池田文庫」として開設された。
 本書は、その青年時代の読書をふりかえりながら、そこから著者が何を読み取ったか、読んだ時期の時代背景なども織り交ぜながら綴ったものだ。

古今東西の名著

 本書を理解するために、あえて目次に沿って、取り上げられた書物を列記したい。
 国木田独歩『欺かざるの記』、徳冨健次郎『自然と人生』、石川啄木『一握の砂』、ヘルダーリン『ヒュペーリオン』、勝海舟『氷川清話』『海舟座談』、山田済斎編『西郷南洲遺訓』、内村鑑三『代表的日本人』、高山林次郎『樗牛全集』、ペスタロッチ『隠者の夕暮・シュタンツだより』、ホール・ケイン『永遠の都』、尾崎士郎『風霜』、ユゴー『レ・ミゼラブル』、吉川英治『三国志』、ルソー『エミール』、デュマ『モンテ・クリスト伯』、デフォー『ロビンソン・クルーソー』、サバチニ『スカラムーシュ』、リットン『ポンペイ最後の日』(ここまで『若き日の読書』所収)
 ホイットマン『草の葉』、ダンテ『神曲』、福沢諭吉『学問のすゝめ』『福翁自伝』、ユゴー『九十三年』、司馬遷『史記』、鶴見祐輔『ナポレオン』、ルソー『社会契約論』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』、魯迅『阿Q正伝』、ゴーゴリ『隊長ブーリバ』、パスカル『パンセ』、バイロン『バイロン詩集』、サートン『科学史と新ヒューマニズム』、ミルトン『失楽園』、エマソン『エマソン論文集』、マックス・ウェーバー『宗教社会学論集』、イプセン『人形の家』、プラトン『ソクラテスの弁明』(ここまで『続 若き日の読書』所収)
 ここに登場するのは、いずれも〝古典〟と呼ぶべき名著。しかもジャンルが多岐にわたっている。

恩師から薫陶された読書術

 著者は世界から200番目の名誉学術称号受章となった式典(創価大学池田記念講堂)で、青年たちにこう語った。

戸田先生は、「本を読め」「古典を読め」と青年を厳しく訓練されました。その薫陶が、今、私のかけがえのない精神の財産になっています。(北京師範大学「名誉教授」称号授与式でのスピーチ/2006年10月)

 戸田城聖・創価学会第2代会長は、さまざまな文学をテキストに青年たちを薫陶した。尾崎士郎の『風霜』もそのなかの1冊だった。この『風霜』をめぐる本書のページに、著者は恩師が青年たちに語った読書術の一端を記している。
 まず「筋書だけを追って」読むのはもっとも浅い読み方である。次に、「その本の成立事情や歴史的背景を調べ、当時の社会情勢や登場人物の性格なども見きわめながら、よく思索して読む」読み方がある。
 では、本当の読み方とは何か。それは「作者の人物や境涯、その人の人生観、世界観、宇宙観、さらには思想まで深く読みとる読み方」だと、戸田会長は示した。
 とりわけ小説については、「作品の全篇を貫く思想の流れ」をすくいあげることが重要であり、その思想のないような作品は小説の名に値しないと戸田会長は語ったという。
 その意味で、本書は前述した名著の1冊1冊について、著者が恩師の薫陶に沿って緻密に掘り下げたものになっている。読む者は単に著者の若き日の読書遍歴に触れるだけではなく、本を読むとはいかなることかの基本を学びとれるのではないかと思う。

〝暴風雨〟のなかで刊行された2冊

 最後に、本書に収録された『若き日の読書』『続 若き日の読書』の刊行時期について目を配っておきたい。
 正編である『若き日の読書』は1978年8月24日に刊行されている。当時、著者は創価学会第3代会長の職にあり、刊行日はこれを辞任する8カ月前にあたる。
 折しも第一次宗門事件と呼ばれる暴風雨の渦中にあった。のちに最高裁から恐喝で断罪され懲役3年の実刑に服する極悪弁護士に利用され、出版社系週刊誌メディアがこぞって事実検証もないまま池田会長へのデマ報道の集中砲火を浴びせていた時期である。そして強欲な聖職者たちが、それら週刊誌を片手に法要や葬儀の席で創価学会員たちを苦しめ抜き、学会の解体を企てていた。
 言わば、日本を代表する出版社が軒並み矜持を捨てて、売らんがために活字による暴力で幾百万人の信仰を踏みにじっていた。そのなかで池田会長は青年たちに向かって、〝読書〟という活字の力、文化の力を語り抜いた。
 これは『続 若き日の読書』でもそのまま当てはまる。続編が刊行されたのは1993年11月18日。ふたたび悪僧らが学会の解体へ牙をむいた第二次宗門事件の只中である。当時もまた、モラルなき活字の暴力が著者と創価学会を襲っていた。
 この1993年は著者が全12巻の『人間革命』を発刊した年であり、さらに『新・人間革命』の新聞連載は、まさに続編の刊行日である同年11月18日から始まっている。
 つまり、正編・続編いずれも、宗教的権威と言論の暴力による嵐のなかで書き綴られ刊行された。しかも、とくに続編は著者自身のペンの闘争とも軌を一にしている。
 どちらの場合も、信仰を押し潰し破壊しようとする巨大な力の圧迫のなかで、著者が一貫して自らの読書の歩みを青年たちに語るという作業を重視したことは注目に値する。
 こうした正編・続編の『若き日の読書』が、今また完本となって刊行された。
 青年よ、今こそ良書を読め! 古典を紐解け! 気宇壮大に文豪たちと対話して自身を作り上げよ! そんな著者の声が聞こえるように感じるのである。

『完本 若き日の読書』特設ページ → こちら


『完本 若き日の読書』
池田大作
価格 1,500円(税込)/第三文明社/2023年1月20日発売

→聖教ブックストア
→Amazon
→セブンnet
紙版・電子版(第三文明社)

「本房 歩」関連記事:
書評『人間主義経済×SDGs』――創価大学経済学部のおもしろさ
書評『ブラボーわが人生 3』――「老い」を笑い飛ばす人生の達人たち
書評『シュリーマンと八王子』――トロイア遺跡発見者が世界に伝えた八王子
書評『科学と宗教の未来』――科学と宗教は「平和と幸福」にどう寄与し得るか
書評『日蓮の心』――その人間的魅力に迫る
書評『新版 宗教はだれのものか』――「人間のための宗教」の百年史
書評『日本共産党の100年』――「なにより、いのち。」の裏側
書評『もうすぐ死に逝く私から いまを生きる君たちへ』――夜回り先生 いのちの講演
書評『差別は思いやりでは解決しない』――ジェンダーやLGBTQから考える
書評『今こそ問う公明党の覚悟』――日本政治の安定こそ至上命題
書評『「価値創造」の道』――中国に広がる「池田思想」研究
書評『創学研究Ⅰ』――師の実践を継承しようとする挑戦
書評『法華衆の芸術』――新しい視点で読み解く日本美術
書評『池田大作研究』――世界宗教への道を追う