書評『創学研究Ⅰ』――師の実践を継承しようとする挑戦

ライター
本房 歩

創価学会にとっての「神学」

 創学研究所(松岡幹夫所長)は2019年に開所した。創学とは「創価信仰学」のこと。開所にあたって松岡所長は「信仰と知性の統合」という基本理念を披歴した。
 キリスト教には、教会の教理としての「教義学」と、その外側にあって個人が普遍的な言語で試論を展開する「キリスト教思想」がある。

 個人の試論であるキリスト教思想は、正式な教会の教義ではありません。しかし、教会に対して、一つの議論を提供することにはなります。時代と共に歩む「生きた宗教」には、不断の教義の再構成や展開が常に求められています。優れた哲学や思想の考え方を取り込んだキリスト教思想は、個々人の主張であるにもかかわらず、時代の変化に対応した教会の教義の見直しに際し、質の高い選択肢を用意してきたと言えるでしょう。
 我々創学研究所は、このキリスト教思想のような役割の一分を、創価学会の中において果たしていければと考えています。(『創学研究Ⅰ』「発刊の辞」松岡所長)

 たとえば「池田思想」の研究は、21世紀に入って中国だけでも数十の名門大学で公式に始まっている。宗教学や宗教社会学、人間学、教育学の立場で創価学会や三代会長を対象とする研究も日本の国内外にある。
 いずれも、あくまで学問の立場から創価学会や三代会長の思想と行動を研究対象とするものだ。
 これに対し創学研究は、「池田先生と同じ側に立ち、池田先生の考え方に従って学問的な客観性を取り入れて」(同)いくことをめざす。
 信仰の当事者として創価学会の内在的論理(創価学会の信仰を支える世界観や哲学)を読み解き、学問的に説明しようとするものだ。
 創価学会の教団としての教学の外側に立ちつつ、学問的な創価思想よりも教学に近い位置から、未来の学会教学に資するものをも紡ぎ出していこうとする挑戦。
 その意味では創価信仰学は、キリスト教が世界宗教化に際して発展させた信仰学=「神学」をめざすものでもある。
 思えば、日蓮仏法の信仰の当事者としての立場を鮮明にし、縦横無尽に世界の知性と語らい、対談集を編み、世界の諸大学で講演してきたのが池田会長その人だった。池田会長が先陣を切って、仏法の立場から一切の学問を生かす姿勢で「信仰と知性の統合」の言論戦を続けてきたのだ。
 創学研究所の活動は、弟子として師の実践を継承するものだともいえるだろう。

「池田先生から出発する学問」

 創価大学創立者である池田会長は、1973年に同大学で「スコラ哲学と現代文明」と題する講演をおこなっている。このなかで会長は中世のキリスト教世界で華開いたスコラ哲学を「近世・近代の出発点」「ヨーロッパ文明の基本的原型」と位置づけなおした。

 大事なのは、新しい哲学であり、現代の、いい意味でのスコラ哲学の興隆であります。真実の宗教を基盤とし、真実の信仰を核として、そこにあらゆる学問も、理性、感情、欲望、衝動等も統合し、正しく位置づけた、新しい人間復興の哲学が要請される。(講演「スコラ哲学と現代文明」)

 創学研究所は、この池田会長の半世紀前の呼びかけに応答するものとして誕生したといえる。松岡所長は開所式典の挨拶でこの講演を引用紹介している。
 創価学会が日蓮正宗宗門と訣別して、すでに30年が経った。創価学会は宗教的独自性を徐々に確立しながら世界宗教化への道を進む段階に入っている。この間、創価学会の発展を支えてきたものは「池田先生とともに」という学会員の師弟の信条だった。

 この創価学会全体に横溢する信念を学問的にも裏付け、しっかりと思想化すること、民衆の声から出発した新しい思想体系を打ち立てること、これこそが世界宗教にふさわしい独自性の確立につながるものと思っています。(同書「創学研究所開所式」松岡所長の挨拶)

 創学研究所の根本的な姿勢として松岡所長は、

 本書の発刊にあたり、我々は、創価信仰学が池田先生から出発する学問であることを明確に宣言します。(同書「発刊の辞」)

と述べている。
 創価学会はすでにその「会憲」のなかで、

 池田先生は、仏教史上初めて世界広宣流布の大道を開かれたのである。
 牧口先生、戸田先生、池田先生の「三代会長」は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現する使命を担って出現された広宣流布の永遠の師匠である。(「創価学会 会憲」)

と明記している。
 仏教の創始者は釈尊であり、釈尊が法華経に示した「法」を万人が実践できる信仰として具現化し完成させたのは日蓮大聖人である。しかし、それらは何のためにあったかといえば、全人類の救済であり幸福の実現にほかならない。
 その人類救済への道として世界宗教化を実現したのは、創価三代の会長であり、なかんずく池田会長であるというのが創価信仰学の根幹の視点だ。
 松岡所長があえて「池田先生から出発する学問である」と宣言したのは、学問の世界に身を置いて「ポスト・池田時代」などという言説を語る創価学会員が出てきていることに対する警鐘だけでなく、未来において創価信仰学の研究者のなかからそのような増上慢の言説が出てくることを厳に戒めたものだろう。

一級の知性たちとの開かれた対話

 創学研究所では、これまで『創価学会の思想的研究』上巻を刊行してきた。すでに開所式において松岡所長は、近い将来に『創学研究』を定期刊行する構想を明らかにしていた。
 2021年12月に発刊されたこの『創学研究Ⅰ』は、開所以来の約3年間、創学研究所がおこなってきた研究会、座談会、対談、論考などを収録したもの。
 プロテスタントの神学者であり作家の佐藤優氏が論考「キリスト教神学から見た『創価信仰学』」を寄せているのをはじめ、東京大学名誉教授で思想史・カトリック神学が専門の黒住真氏と佐藤優氏、松岡所長による鼎談。
 また東京大学名誉教授で仏教学者の末木文美士氏と松岡所長の「仏教哲学と信仰」と題する対談も収録されている。
 創価信仰学の立場から一級の知性たちとタブーのない議論をすることは、創価学会の機関紙誌でも従来の学術の場でもなかなか困難なことに違いない。しかし、創価学会の世界宗教化が進み、それほど遠くない将来、日本人の創価学会員よりも諸外国の創価学会員の数が上回る時代が到来することを考えても、「池田先生から出発する学問」としての創価信仰学が錬磨され成熟していくことは創価学会にとって重要だ。
 蔦木栄一研究員のインタビューに応じた東京大学名誉教授の市川裕氏は、

 実際に創価信仰学を構築していこうとすれば、恐らくさまざまな方面から「仏教の歴史を踏まえていない」「文献と違うのではないか」などの批判があるに違いありません。しかし、それは時間が経つことによって理解が深まっていくでしょう。そもそも、短期間にこれほど世界に広まった教えを正しく伝えていくために、創価信仰学はぜひとも必要なものだと思います。(同書「世界宗教と創価信仰学」)

と率直な期待とエールを寄せている。
 創価学会を深く理解したいと考えている同会内外の人々にとって、本書は読みやすく理解しやすい入門書にもなるだろう。


『創学研究Ⅰ』
創学研究所 編

税込価格 1,980円/第三文明社/2021年12月10日発売

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