旧統一協会問題が露呈したもの――宗教への無知を見せた野党

ライター
松田 明

「五・一五」事件の教訓

 安倍晋三・元首相を銃撃し死亡させた山上徹也被告が、この1月13日、奈良地方検察庁によって殺人と銃刀法違反の罪で起訴された。
 憲政史上最長の在任期間だった首相経験者が白昼の駅前で参議院選挙の応援演説中に銃撃され命を奪われるという前代未聞の事件は、世界に衝撃を与えた。
 一方で、事件の動機が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対する被告人の憎しみであったということが報じられると、メディアや世間の関心は一気に旧統一教会へと向けられた。
 被告人の母親が旧統一教会に入信して、法外な寄付を続けてきたために家庭が崩壊。破産したことで被告人ら兄妹の生活は困窮し、被告人自身も大学進学を断念して、兄は自死したという。
 鑑定留置中から被告人への金品やファンレターの差し入れ、減刑嘆願の署名活動が起きるという異例の事態も起きている。事件が契機となって旧統一教会の反社会的な実態や政治家との関係に世論の注目が集まったことは事実だ。被告人の生育環境に同情の余地があることも否めない。
 とはいえ、そのことは殺人を容認する理由にならないし、ましてや被告人を英雄視する論調には専門家からも懸念の声が上がっている。
 犬養毅首相らが暗殺された昭和初期の「五・一五事件」の折も、同じことが起きた。テロの実行犯らが農村の窮状に義憤を覚え、財閥や政治家の打倒を企てたことが報じられると、同情の声や減刑を嘆願する大規模な動きが起きたのだ。
 結果的にファッショ的な空気が日本を覆い、その後の数々のテロを誘発していく。事件を機に陸軍の発言力が強くなって戦前の政党政治は終焉することとなった。安直にテロリストに同情する世論が軍部の暴走を許して戦争への道をひらいていった歴史の教訓を忘れてはならないだろう。

「私が最初に感謝したのは公明党」

 旧統一教会(旧称は世界基督教統一神霊協会)は、霊能者役を仕立てて「先祖の霊が苦しんでいる」等の脅迫をし、高額な壺や印鑑を買わせる霊感商法が1970年代から社会問題になっていた。
 また同教会の学生組織「原理研究会」が、各地の大学や路上で正体を隠して若者を勧誘し、家族や友人から切り離して集団生活をさせるなどの反社会的行動を頻発させてきた。
 警察の摘発が続いたことで霊感商法がやりにくくなった同教会は信者に対して、財産への執着を捨て、数百代前の先祖までさかのぼって罪を消さなければ地獄に堕ちる等の教義で脅し、高額な献金をさせる手法に切り替えていたとされる。
 同時に自民党や民主党(当時)など政権党の政治家に選挙運動へのボランティアを出すなどして接近を図り、政治家との親密さを演出して信者が教団を信頼するように仕向けてきた。
 銃撃事件によって旧統一教会と自民党議員との関係が取り沙汰されると、立憲民主党や日本共産党など野党とメディアの多くは、「政治と宗教の問題」だとして騒ぎ立てた。
 一部政治家が旧統一教会の反社会性を知りながら親密な関係を持ってきたことが問題であるのに、あたかも宗教団体の政治活動そのものが問題であるかのように世論をミスリードしたというほかない。
 さらに被害者救済への法整備への議論がはじまると、立憲民主党などはあたかも創価学会を支持母体とする公明党が法整備に後ろ向きであるかのような発言を繰り返した。22年11月2日の産経新聞は〈立民が矛先を公明に…「支援団体気にするな」 被害者救済新法〉との見出しで、安住淳・国対委員長の発言を報じている。

 安住氏は特に、公明の支持母体が創価学会であることを念頭に、「公明は宗教団体の支援を受けている政党だからいろいろあるとは思うが、大きな被害を受けている人を救済するには(新法は)不可欠だ」と強調した。(『産経新聞』11月2日

 この点について、長年にわたって対策弁護団として取り組んできた紀藤正樹弁護士は、『中外日報』(2023年1月1日号)の「新年座談会㊤」で、次のように明言している。

 今回の事件で「カルト問題に関する法律化を創価学会が妨害している」という話がありますが、私が一番最初に感謝したのは公明党の北側一雄副代表の見解なんですよ。北側さんが「統一教会みたいな反社会的団体と政治家が関係を持つことは慎重でなければならない」と言ったんですよ。それをきっかけに自民党が関係を絶つということにつながっていきました。

 もしも野党が言う「政治と宗教の問題」であったならば、自民党議員の対応は違っただろう。なぜなら政治家が宗教団体の支援を受けることも、宗教団体が政治活動をすることも、日本国憲法で保障された国民の権利だからだ。実際、立憲民主党もさまざまな宗教団体の支援を受けているし、日本共産党も「全国宗教人・日本共産党を支持する会」などの支援を受けている。
 紀藤弁護士が明言したように、連立与党の公明党の副代表が真っ先に「反社会的団体と政治家の関係」と本質を衝いたことで、自民党は党として〝統一教会とは関係を絶つ〟と言わざるを得なくなったし、しがらみを絶つことができたのだ。

野党の「宗教への認識の低さ」

 一連の旧統一教会問題では、2つのことが顕在化したと思う。
 1つは、日本社会がいまだに「政教分離」を正しく理解できていないこと。憲法20条が定めた政教分離の原則とは、国家が特定の宗教を(国教化するなど)特権的に扱ったり、逆に排除したりしてはならないということだ。宗教者が政治に関わることを禁じたものではない。
 労働団体や産業界、医師会などさまざまな立場の国民が候補者を立てて支援し、実際に議員を議会に送り込んでいる。多様な価値を政治に反映できるのが民主主義なのであり、共産主義者や陰謀論者でも当選すれば議員になれる。
 宗教者や宗教団体だけがその権利を持てないという主張は、何重にも日本国憲法に反してしまう。
 もう1つは、立憲民主党に象徴される野党の「宗教への認識の低さ」だった。
 前述した安住国対委員長の発言に見られるように、まず前提として信仰を持った国民への基本的な敬意が欠如している。
 2022年10月の参議院予算委員会では、立憲民主党の議員が旧統一教会との接点があった閣僚に対して、旧統一教会の信者であるか否か告白を迫る場面があった。閣僚といえども内心の告白を強要されない「信教の自由」「内心の自由」はある。公の場で信仰の告白を迫るというのは、この政党がいかに立憲主義を軽視しているかを物語るものだ。
 さらに法整備の議論に入ると、「マインドコントロール」を法律で定義する、献金額を年間可処分所得の4分の1を目安とする上限規制を設けるといった、稚拙な独自法案を提出するありさまだった。
 いずれも一見すると被害者救済に寄り添ったような印象を受けるかもしれない。しかし、ある人の宗教的行為がどこまで他人の心理的支配によってなされたかを裁判所が判定することなど現実には不可能だ。むしろ、個人の内心における宗教的な価値判断を国家権力が判定するとなれば、それこそ憲法が定めた「良心の自由」「政教分離」に反してしまう。
 また、年収に対する献金額の上限を設定するとなると、教団側は違法性を問われないように信者の年間可処分所得を把握する必要がある。つまり、上限額を設けよという主張は、信者の年収の詳細を教団側が把握できるようにしろということなのだ。
 当然、これらのお粗末な主張は退けられた。政府・与党が受け入れないような案をわざと提出したのか、ポピュリズムに迎合しようとしたのか。どちらにしても政党としての能力が欠如していると言わざるを得ない。救済法を政局に利用しようとしていたのなら、あまりに不謹慎であろう。

 信教の自由は近代社会の重要な価値の一つです。旧統一教会のみならず、他の宗教も一緒くたにして社会から排除しようという勢力のことをリベラルとは呼べません。旧統一教会の問題は、日本に筋の通ったリベラルが存在しないことを浮き彫りにしました。(吉田徹・同志社大学教授/『第三文明』2023年2月号)

 選挙のときは宗教団体に支援を依頼しながら、宗教を理解しようとはしない。所詮〝票〟としか見ていないということなのだろう。

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まつだ・あきら●ライター。都内の編集プロダクションに勤務。2015年から「WEB第三文明」にコラムを不定期に執筆している。著書に『日本の政治、次への課題』(第三文明社)。