フランスのセクト対策とは(中)――首相通達で廃止されたリスト

ライター
松田 明

フランスの「セクト規制法」とは

 フランスでのセクト対策の、その後の経過をさらに追っていこう。
 1996年にセクト関係省監視室が設置された。だが、これは年次報告書を1回出しただけで終わり、1998年10月、新たに省庁横断の関係省セクト対策本部「ミルス」(MILS/Mission interministérielle de la lutte contre les sectes)が設置された。本部長に就任したのは、あの問題だらけの第1次国会報告書を作った元社会党議員アラン・ヴィヴィアンである。
 ヴィヴィアンは当時、民間の有力な反セクト団体「ロジェ・イコール・センター」の会長をつとめていた。
 1999年6月には、やはりセクト対策の中心的人物だった共産党議員のジャン=ピエール・ブラールが「セクトと金」という報告書を出している。
 2001年6月、フランス議会は「セクト規制法(人権および基本的自由を侵害するセクト的団体の防止および取り締まりを強化する2001年6月12日の法律)」を制定した。
 これが最近、日本でしばしば取り上げられるフランスの「反セクト法」だ。
 ただし、このセクト規制法は特定の教団を「セクト」と認定して取り締まるようなものではない。正式名称に「セクト的団体」と示されているように、人々に心理的・身体的服従を強いるような団体であれば、政党なども含めすべて適用の対象になりうる。宗教団体のみに適用されるものではないのだ。
 そもそも、何をもって「セクト」と断定するか定義することはギヤール(ギュイヤール)報告書でも「困難」だと指摘されていた。
 それにもかかわらず特定の信仰に国家が評価を与えるフランスのセクト対策には、国家の宗教的中立性(政教分離)にも反するとして、フランス国内から懸念の声が出ていた。
 ヨーロッパにおける人権・民主主義・法の支配の基準策定を主導する機関である「欧州評議会」も、フランス政府にセクト規制法の見直しを求めてきた。欧州評議会がとくに懸念したのは、セクト規制法が掲げる「心理的服従」という文言が主観的であることだった。
 いわゆる「信心深い」ことは、伝統的宗教でもむしろ肯定的な美徳として見なされる。そうした信仰の姿勢に対し、いったい何をもって「心理的服従」状態にあるなどと、他人が主観的な線引きや判断を下せるというのか。欧州評議会の懸念は当然すぎるものだった。

日本の法学者も規制には否定的

 実際、このセクト規制法は、団体の指導者が刑事上の有罪判決を複数回受けた場合、司法が解散宣告できるという法律に過ぎず、教義や信仰の内実に対してセクトであるか否かと定義できるものではない。それはライシテ(政教分離)に反するからだ。
 こういった事情を知らずに、日本でも同様のセクト規制法(反カルト法)を制定せよと安易に主張していることは、宗教への無知であり、法と人権への甚だしい軽視ではないか。
 フランスのセクト規制や政教分離に詳しい山形大学の中島宏教授は早くから、

 その規模や教義の内容に関わらず宗教であると主張する団体に対する規制は、信敦の自由保障の観点から慎重且つ冷静であるべきであり、背景にある事情や法的伝統を見ずして反セクト法の安易な類似立法を求めるのは危険である。(「フランスのセクト規制法―敵対か?受容か?」/第46回宗教法学会『宗教法』2004年)

と警鐘を鳴らしている。また、中島教授は直近の朝日新聞の取材に対しても、

 教義や団体そのものではなく、違法行為に着目して規制を考えるという視点は、参考になると思います。ただし、フランスの『10の指標』やセクト規制法を日本でも採り入れるべきかと問われたら、私は否定的です。信教の自由や思想・良心の自由を侵害してしまう恐れがぬぐえないからです。(「朝日新聞デジタル」8月25日

と否定的見解を述べている。

2005年5月の首相通達

 このようにフランスにおける80年代から2000年代初頭のセクト対策は、世論の不安感に左派系の政治家が便乗した付け焼き刃的なもので、むしろ国内外から厳しい批判を浴びたというのが実情だ。
 2002年6月、総選挙で社会党と共産党などの左翼連合政権が退陣。アラン・ヴィヴィアンは任期途中でミルス本部長を辞任した。同年11月にミルスは廃止され、首相のもと新たに関係省庁セクト逸脱行為監視取り締まり委員会「ミビリュード」(MIVILUDES/Mission interministérielle de vigilance et de lutte contre les dérives sectaires)が発足した。
 その名称にも明らかなように、ミビリュードは前身のミルスより一層、警戒の対象を「セクト逸脱行為」に限定している。特定の教団をセクト視するのではなく、あくまでも「行為」が違法か適法かを問うことにシフトチェンジしたのだ。批判の多かったフランスのセクト対策は、ようやくここから新しい段階に移行した。
 ライシテ(政教分離)法の公布から100年となる2005年の5月27日、ジャン=ピエール・ラファラン首相は「セクト的逸脱行為対策に関する通達」を閣僚と知事に発出した。
 この首相通達では、あの1995年のヴィヴィアン報告書が作成したブラックリストが「信頼性のないもの」として正式に廃止された。
 背景について、フランスの憲法や宗教政策の第一人者である甲南大学元教授の小泉洋一氏は、

 ギュイヤール報告書に始まり議会とミルスにより強化されてきたセクト対策は、フランス国内で各方面から批判を受けてきた。批判したのは、セクトとみなされた団体のみならず伝統的宗教の団体であった。さらに法学者からも批判もあった。(「フランスにおけるセクト対策と信教の自由:セクト対策の10年間を振り返って」小泉洋一/『甲南法学』2006年

と述べている。
 かくして、フランスSGIを「セクト」に含めていた杜撰で不当なセクト対策は、首相通達によって大きく軌道修正された。批判の的だった悪質なブラックリストは、2005年5月時点でフランスから公式に消えたのだ。

《セクト対策の経過については「フランスにおけるセクト対策と信教の自由:セクト対策の10年間を振り返って」小泉洋一/『甲南法学』2006年を参照した。》

フランスのセクト対策とは(上)――創価学会をめぐる「報告書」
フランスのセクト対策とは(中)――首相通達で廃止されたリスト
フランスのセクト対策とは(下)――ヨーロッパでの創価学会の評価

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まつだ・あきら●ライター。都内の編集プロダクションに勤務。2015年から「WEB第三文明」にコラムを不定期に執筆している。著書に『日本の政治、次への課題』(第三文明社)。