各国で続く選挙への介入工作
参院選の公示日を翌日に控えた7月2日、日本経済新聞が「ロシアによる情報工作の影が日本でも広がってきた」と警告する記事を掲載した(『日本経済新聞』7月2日)。
7月15日午前、平将明デジタル大臣はオンライン会見で、「参議院選挙とSNS」についての記者からの質問に答え、次のように語った。
外国においては、他国から介入される事例なども見て取れるので、今回の参議院選挙も一部そういう報告もあります。検証が必要だと思いますが、そういったことも注意深く見ていく必要があるのだろうと思っています。(デジタル庁HP「大臣会見」)
昨年12月、ウクライナの隣国であるルーマニアの憲法裁判所は、11月におこなわれた同国の大統領選挙の結果を「無効」とする判断を下した。
無名の候補者ジョルジェスク氏が本命視されていた首相の得票を上回る結果になったのだが、TikTokなどで外国勢力の介入による情報操作の疑いが浮上したためだ。
選挙をめぐっては、12月4日に政府が機密文書を開示し、ロシアによる介入の可能性があり、親ロシア感情などを広めるためにジョルジェスク氏の動画が組織的に拡散されていたと指摘していました。(「NHK NEWSWEB」2024年12月7日)
現代は、陸・海・空・宇宙・サイバー空間に加えて、「認知戦」と呼ばれる6番目の領域に戦場が広がっている。「認知領域」すなわち人間の脳が戦場になる新しい〝戦争〟だ。
主にSNSなどで過激な情報を煽り、人々の考え方を極端に先鋭化させ、社会の対立を生んで、その国を弱体化させていくのだ。
ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが争った2016年のアメリカ大統領選挙では、翌年のアメリカ議会公聴会でロシアの介入が取りざたされた。
ただ、奇妙なことにロシアの工作は、単にトランプ陣営を応援したのではなく、保守派もリベラルもそれぞれ応援するかたちになっていたことがわかった。いったい何が目的だったのか。
公聴会では、ロシアが選挙結果とは別の成果を出していたことが明らかになった。アメリカの分断を拡大し、社会にさまざまな怒りを沸き起こさせたのだ。誰が勝利したかは別として、大統領選がもたらしたのはアメリカの選挙システムに対する怒りと不信だった。はっきりしているのは、この怒りを生み出したのはロシアだということだ。(「WIRED」2017年11月12日/明らかになった「米大統領選へのロシアの介入」の実態:「ロシア疑惑」公聴会レポート(3))
アメリカ大統領選挙へのロシアの介入工作は、特定の候補者を勝たせることではなく、国内の対立を激化させて社会を分断することに狙いがあったというのだ。
実際、その後のアメリカでは陰謀論の嵐が吹き荒れ、2021年1月には、ついに2020年の大統領選挙に不正があったと信じるトランプ支持者たちが、連邦議会議事堂を襲撃するという前代未聞の大事件にまで発展する。
2025年2月のドイツ連邦議会選挙でも、ロシアによる偽情報が広がったとして、ドイツ内務省が警告を発した。
さらに5月のポーランド大統領選挙でも、ガフコフスキ副首相兼デジタル相が、ロシアが選挙介入と重要インフラに対する攻撃と偽情報の拡散を組み合わせて実施し、国家の正常な機能を麻痺させようとする試みがあると発言した。
日本でも始まっていた外国との「認知戦」
日本ではこれまで、こうした外国勢力の選挙への介入は、それほど問題視されていなかった。
最大の〝防御壁〟は日本語という独特の言語。よくある詐欺メールや怪しげな通販などでも、日本語の微妙な不自然さや文字の不自然さで、比較的容易に気づくことができたからだ。
ところが、この参院選の終盤に入って、どうやらとんでもない事態が進行しているのではないかという話が急浮上した。
7月15日の朝、一般財団法人情報法制研究所の事務局次長兼上席研究員である山本一郎氏が衝撃的な記事を自身のnoteに公表したのだ。
「ロシア製偽情報に操られる日本の選挙と参政党 参政党を支えたのはロシア製ボットによる反政府プロパガンダ」と題する分析レポートである。
関心のある人は実際に読んでもらうとして(上の画像から記事へリンク)、noteに記載された概要は次のとおり。
・ロシア製ボットが、親露派大手アカウントが流す石破茂政権批判や偽情報、印象操作の投稿や動画をトレンド入りさせ、百万再生単位でバズらせている
・アメリカでは摘発されているボットだが、日本ではプラットフォーム事業者も情報当局も対応できておらず野放しになっているため、ガセネタ流し放題になっている
・政府批判、石破茂、岩屋毅、公明党などへの攻撃が中心であり、利用できるものであれば参政党でも日本保守党でもれいわ新選組でも反ワクチンでも沖縄独立でも使えるものは何でも使う傾向がある(特定の政党だけ肩入れするものではない)
・結果的に、大量の政権批判に加えて「日本人ファースト」など排外主義を煽る投稿が激増し、参政党などにネットの支持が集まっている(山本氏のnoteから)
山本氏によると、日本での工作活動には大きく2つの存在がある。
1つは、反政府系の偽情報や印象操作を多く流通させる、いくつかのインフルエンサーのSNSアカウント。
もう1つは、ロシア政府情報部門と深い関係を持ち、ロシア系媒体「スプートニク」の日本での情報拡散を担う「Japan News Navi」などニュースサイトを装った偽情報発信源だ。
生成AI技術が克服した「日本語の壁」
アメリカなどで社会の信頼を毀損させる工作を続けている仕組みが、そのまま日本にも上陸し、この2年ほど猛威を振るっていると山本氏は指摘する。
かつては日本語という言語の壁が大きな障害となっていましたが、最新の生成AI技術による自動翻訳の進歩により、この壁は完全に克服されてしまいました。裏を返せば、2022年ごろまでロシアや中国の対日世論工作が上手くいかなかったことで、ネットを使う日本人の側がプロパガンダに無防備であり続けたとも言えます。(同)
特定の情報源が発信した偽情報が、万単位のボット(不正なプログラム)によって拡散する。しかも、半数ほどは実在する人間が投稿しているのではなく、自動プログラム化されたものだという。
これらのボットアカウントによるプロパガンダはすべてプログラムによって自動化され、生成AIによって日本語の壁を突破して、大量のガセネタをネット上に放流し、生活に不満を持つ日本国民にすべての責任は政府にあると怒らせ、攻撃させる仕組みになっているのです。(同)
目的は社会の不安定化と国民の怒り
たしかにこの2年ほど、たとえば岩谷外相や林官房長官、石破首相、岸田前首相などを名指しした、どう考えても実情とかけ離れた誹謗中傷がSNS上に大量に拡散していた。
昨年の衆議院選挙のさなかには、公明党が外国人免許の書き換えを簡単にさせて悲惨な交通事故が増えているといった悪質なデマも急激に拡散した。
財務省解体デモや、子ども家庭庁の解体論などもいっこうに衰えない。
ごく普通にリテラシーをもって考えればデマとわかるような内容が、なぜか凄まじい数の「リポスト」や「いいね」で増殖して、社会に政治不信や憎悪と分断を広げているのである。
現在視認されるだけで約350個ほどのサーバーでボットファームが運用されており、単に高評価・いいねをするだけのボットアカウントも含めて60万件ぐらいが日本用に運用されているのではないかと見られます。そして、総理・石破茂氏や外相・岩屋毅氏など重要閣僚に対するSNS上での組織的な誹謗中傷に利用されているのです。(同)
さらに、人々が驚いたのは、この日本への「認知戦」の現在の状況だ。アメリカ大統領選のときと同じように、この工作活動は日本でも政権に対するデマを拡散し、さらに「れいわ新選組、国民民主党、くにもり、日本保守党、そして参政党といった、政治的に極端なポジションを取る各政党の主張を広げる役割を」担ってきたという。
いずれも、SNSを上手く使って昨今の選挙で支持と勢力を伸ばしている政党だ。なぜ、ロシアの工作がこれら政党の主張を拡散するのか。
彼らの目的はあくまで「日本政治や社会が不安定化するよう、偽情報や印象操作で国民を怒らせる」ことですので、その発言者が参政党だろうが国民民主党だろうが日本保守党だろうがどこだろうと構わないのです。ただ、今回の参院選では明らかにロシア製ボットの運営者は国民民主党を見捨て、参政党を使って反社会的な言動を煽っている作戦に出ているように見えます。(同)
じつは投票日まで1週間を切った7月14日に、ロシアの「スプートニク」が参政党候補者のインタビュー動画を公開していた。
山本氏は記事のなかで、「ロシア政府プロパガンダ機関スプートニクのヘッドラインで単独インタビューに答える参政党東京選挙区出馬のさや氏。日本社会の分断を狙うロシア政府にとって価値のある内容になっている」とのキャプションで、このインタビューも紹介している(「スプートニク 日本」7月14日のポスト)。
情報公開に踏み切った背景
山本一郎氏は自身の「YouTubeチャンネル」で、今回の記事を出すに至った経緯を語っている。
山本氏をはじめ、こうした情報戦に携わる現場の人間たちは、数年前から選挙工作の影を察知し、政府にも警告していたという。
ただし、昨年の兵庫県知事選挙でも一部候補者らによるデマが拡散したが、警察も公職選挙法ではいきなり摘発できず、今年4月にようやく施行された「情報流通プラットフォーム対処法」も間に合わなかった。
有効な対策が打てないまま、野放しになった外国の介入工作によって「政権が倒されかねないところまで追い詰められた」ことで、やむなく個人として問題提起の情報公開に踏み切ったのだという。
15日朝にこのnoteが公開されると、選挙戦最終盤の永田町や安全保障界隈には激震が走った。
冒頭に紹介した平デジタル大臣が午前の会見で言及したほか、小泉農水大臣も街頭演説で「外国勢力の介入」に触れ、細谷雄一氏や村野将氏ら国際政治や安全保障の専門家も反応した。
安全保障の専門家で国際政治学者の秋山信将氏は自身のXで「他の調査での検証が待たれるところですが、選挙への介入の可能性については、僕は比較的深刻に受け止めてます」「この中で指摘を受けた政党も、自らの立場を説明したほうが良いとは思います」とポストした(7月15日のポスト)。
河野太郎氏や細野豪志氏、国民民主党の玉木雄一郎代表や日本維新の会の前原誠司共同代表、公明党の伊佐進一・前衆議院議員ら各党関係者も懸念や危機感を表明。
16日には官邸の定例会見で青木一彦内閣官房副長官も記者の質問に答えた。
参院選(20日投開票)への外国からの介入に関し「一般論として、他国の世論や意思決定に自身にとって好ましい情報環境を醸成するための偽情報拡散を含む影響工作を展開している例が国際的にある」と述べた。その上で「わが国も影響工作の対象となっているとの認識のもと、外国からの偽情報などの収集、集約、分析などを一体的に推進している」と強調した。(『産経新聞』7月16日)
「末端の職員が勝手にやってしまった」
noteで名指しされた参政党の神谷宗幣代表は、7月15日のXで「まさに陰謀論が出てきました」「参政党は親露派ではないし、ロシア政府の応援も受けていませんからね」等と反論(7月15日のポスト)。
候補者の「スプートニク」でのインタビュー動画が公開されたことについても同日のXで、「私も広報部も許可を出していません」「現場と党の末端の職員が勝手にやってしまったので、その職員には厳しい処分を下しました」等と述べた(7月15日のポスト)。
いずれにせよ14日午後8時47分にはインタビュー動画が「スプートニク」のXでも公開されているわけなので、代表も広報部も追認し、特に問題視していなかったのだろう。
もとより、山本一郎氏のnoteでも、参政党が積極的に何か不正工作に加担しているなどとは一言も述べていない。
半ば自動化された「情報戦」において、日本社会を分断して対立を煽り、政府への信頼を失わせていくため、「今回の参院選では明らかにロシア製ボットの運営者は国民民主党を見捨て、参政党を使って反社会的な言動を煽っている作戦に出ているように見えます」と、同党の主張がまんまと利用されていることに注意喚起しているのだ。
このnoteが公開されたことで、工作に関与していると名指しされた正体不明のインフルエンサーらのアカウントの規約違反が明らかとなり、次々にX社によって凍結されている。
SNSが選挙戦で大きな影響力を持つ時代のフェーズに入った日本。ただし、これまで警戒心が薄かった外国からの「認知戦」が、本格的に日本の各種選挙に介入して、社会の分断や政府への不満の醸成に加担していることは、もはや否定できなくなってきた。
私たちの「脳」が既に「戦場」にされているとすれば、重大な問題である。参院選後には、必ず超党派で本格的な真相究明に取り組んでもらいたい。
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