「地中深く打ち込まれた杭」
かつて公明党のことを「地中深く打ち込まれた杭」と評した政治学者がいた。
公明党の最大の強みは、やはり全国津々浦々で地域に根を張った支持者がいることである。
その支持者は公明党を信頼して支持するので、公明党はポピュリズムに流されることをかなりの部分で回避できる。
世のなかが気分で大きく揺らぎ、政治の液状化が起きるような場面でも、公明党はその地中深い杭があるので、中長期的な視点に立った政策を掲げることができるのだ。
公明党が20年以上も連立政権の一員として機能できているのも、この「地中深く打ち込まれた杭」があるからだ。
今でも公明党の支持層のことを「低所得者層」「低学歴層」と決めつけるようなバイアスのかかったジャーナリストや学者がいる。
熱心な支持層が庶民・大衆であることは事実としても、たとえば主要な支持組織の創価学会の構成員は今ではきわめて多様化している。
そのことは近年に公明党がリクルートしてきた若手議員たちの、相当にハイスペックなキャリアを見てもわかることだ。
さらに言えば、昭和の野党時代とは違って、創価学会員の価値観もかなり保守的な層から限りなく左側の層まで、やはり幅広い。
多様な民意をキャッチしつつ、しかし特定の階層や職種などの利害に偏らない政策を立案できるというのが、おそらく本来の公明党のあるべき〝強み〟なのだろう。
「非支持者」の率直な意見を聞く
公明党にとって目下の最重要の課題は、公明党がめざす社会像をクリアに発信し、公明党にかけられている無用なバイアスや偏見を取り除いていくことだ。
もちろん、これらは一朝一夕にはできない。とはいえ数年単位の時間をかければ、かなり効果が見込めるようにも思う。試行錯誤の結果にあまり一喜一憂せず、腰を据えて徹底的にやることが大事だと思う。
2024年を境に日本も本格的にSNSが選挙の主導権を握る時代に入った。SNSというのは基本的に「コミュニケーションのツール」なので、双方向の応答が可能になる。
しかも、従来であればまったく接点を持つことができなかった者同士が、容易に双方向のコミュニケーションを手に入れることができる。
公明党の議員、とりわけ党員や支持者は、どうすれば公明党への信頼や理解を広げられるかに注力していくべきだろう。
公明党がどんな実績をあげてもメディアが取り上げないという不満は理解できる。しかし、だからこそYouTubeなど自前のメディアで効果的に発信すればいいのだ。テレビニュースは一過性だが、動画はいくらでもネット上に残せる。
どうすれば、従来の党員・支持者の外にも公明党に投票する人を広げていくことができるか。そのヒントを求めようと思うのなら、身内だけで議論するより、党員でも支持者でもない人たちに率直に聞くこともあっていいと思う。
もし仮に、あなたが公明党に1票を投じてみようと思うとすれば、それはどんな条件が満たされたときか? 何がどうなれば、公明党も選択肢の1つとして考えてみようと思うようになるか? そうしたストレートな意見を集める場を何重にも構えることではないか。
もちろん日本社会は宗教に対する偏見や警戒心が強いことは承知している。しかし、創価学会という宗教運動から公明党が誕生し、学会員の宗教的熱情といってもいいエネルギーに支えられて、これまで60年以上にわたってさまざまな政策を実現してきたことは紛れもない事実なのである。
日本の政界に「クリーンな政治」というものを持ち込んだのは公明党の功績だ。そして、それは同党議員たちと支持者の宗教的な倫理観に支えられてきた。
同意はできなくても理解はできる
公明党=〝創価学会の党〟という世のなかの受け止め方は変えていく必要があるが、創価学会の宗教的理念と通じ合うものが公明党の精神であることは変えようがない。そこを消し去ってしまえば、もはや存立の意義を失ってしまう。
世界各国には、特定の宗教の理念を掲げた政党があたりまえに存在するし、政権を担当していることも珍しくない。
そもそも日本政府との外交でも、政権に公明党がいることを「信頼」の材料にする国はあっても、宗教を理由に「懸念」する国などない。
だから、公明党が創価学会の宗教的理念に基づく政党であるという歴史的経緯を踏まえたうえで、それでも公明党が非創価学会員や他宗派の人々にまで、これまで以上に広く理解され支持されるためには、何がどうなっていけばいいか。
こうした議論を党内のさまざまなフェーズで、丁寧に重ねていくことが、今の公明党にとっては一番必要だと感じている。
そこには、あのルトガー・ブレグマンの『希望の歴史』に貫かれていた「人間の本質は、善である」という視点への、筆者なりの共鳴がある。
なにより、これは公明党の創立者が繰り返し繰り返し語っていた、人間というものへの信頼感に通じるのではないか。創立者はこの一点への揺るがぬ確信に立って、冷戦期の中ソの指導者と語り合い、孤立していたカストロを世界行脚へと後押しした。
分断と排除が席巻する世界にあって、難しいことではあるが、意見に同意できないような相手であっても、その人を理解しようと努めることが重要なのだ。
誰かが過激な意見や、実現性のないような意見、非合理的な意見を主張している際に、正義感を振りかざして〝論破〟することが必ずしも無意味だとは言わない。
しかし、意見に同意はできなくても、相手がなぜそのような思いに囚われているのかを理解することは不可欠だ。他者を理解するために、他者に同意する必要はないのだから。
そしてこのことは、他党の支持層や、これまで公明党や支持母体の創価学会を色眼鏡で見てきたような人たちにも同じく当てはまる。
すなわち、彼ら彼女らが公明党に「同意」することはできなくても、「理解」することは十分に可能なはずなのである。
2012年に何が起きていたか
民主党政権が終焉しようとしていた13年前、日本社会は〝極右政党〟の台頭に直面していた。
2012年に自公が政権を奪還した衆院選。じつは、比例票で自民党の1662万4457票に次いで、民主党の926万8653票を300万票も上回る1226万2228票を獲得していたのが、3カ月前に国政政党になったばかりの当時の日本維新の会(石原慎太郎代表)だった。獲得議席は民主党の57議席に肉薄する54議席である。
このときの日本維新の会は、大阪の地域政党だった「大阪維新の会」に、自民党・民主党・みんなの党を離党した13人の国会議員が合流したもの。
石原慎太郎氏や平沼赳夫氏、西村眞悟氏といった〝極右〟と目される政治家が並び、政策としても「教育委員会制度の廃止」、「公務員労組の活動の総点検」、「土地売買等の外国人規制」、「憲法改正発議要件の緩和(3分の2から2分の1へ)」などを掲げていた。
石原慎太郎代表は憲法改正を主張し、それにからめて「必ず公明党は足手まといになる」と公明党批判を繰り返していた。
当時、リベラルを掲げ、夢のような公約を標榜した民主党政権が失敗に終わろうとしていた。「最低でも県外」と大風呂敷を広げていた普天間飛行場の移設は、結局は沖縄県の辺野古沖に決定。
中国が急速に経済力を増すなかで、尖閣諸島の国有化によって日中関係が「国交正常化以来で最悪」になり、肝心の日米の信頼関係も「戦後最悪」となっていた。
リーマンショックの余燼も収まらぬなかで東日本大震災と原発事故が起き、民主党政権は原発再稼働と消費税の増税に踏み切った。
国民の不満と不安、ナショナリズムがピークに達するのに便乗して、〝極右国政政党〟としての日本維新の会が2012年9月に登場し、12月の選挙でいきなり野党第2党になったわけである。
しかも、首相の座に返り咲いたのは、『美しい国へ』という著作を持ちナショナリストと目されていた安倍晋三氏である。
だが、安倍首相は公明党を連立のパートナーに選んだ。そして、すぐさま公明党の山口代表に習近平氏に宛てた自身の親書を託して北京に送り出した。
同時に、周囲が肝を冷やすほどの勢いで、ナショナリズムに訴えるような〝タカ派〟的な発言を、あえて連日繰り返したのである。
以前に何度か書いたが、これは安倍氏のじつに巧妙な戦略だったと思われる。安倍氏が日本維新の会よりも激しい言動を繰り返すことで、メディアは連日、朝から晩まで安倍首相の一挙手一投足を追うようになった。
その一方で安倍首相は、ときには大阪まで出向いて、日本維新の会の大阪組である橋下徹市長や松井一郎知事と頻繁に親しく会食する。大阪行きを事前に菅官房長官に発表させ、メディアは安倍首相と大阪維新の蜜月ぶりを種々の憶測を絡めて報道した。
こうすることで、安倍首相は日本維新の会を東京と大阪で分断し、さらに維新に流れていた最右翼の支持層を急速に自民党の自分のもとに吸収することに成功したのである。
わずか半年後の2013年6月の東京都議会議員選挙では、石原氏が長く都知事をしていたにもかかわらず、日本維新の会は34人を擁立して2議席しか獲れない大惨敗をする。
2014年6月には石原グループと橋下グループで党を分党。最右翼の支持層を安倍首相に吸収されたことで、同年12月の衆院選では石原氏も落選してあっけなく政界を引退した。
橋下氏の政治家としてのパワーの源泉は、連日のようにメディアが同氏を追いかけて報道する露出ぶりだった。しかし、そのお株を安倍首相が奪っていた。「橋下劇場」よりも「安倍劇場」のほうが、俄然おもしろくなったのである。
この頃、筆者が会ったベテランの与党議員秘書は、「歴代首相を大勢見てきたが、安倍さんほどメディアと与野党の注目を毎日集め続けている首相を見たことがない」と語っていた。
橋下氏が掲げていた大阪都構想も2015年5月の住民投票で否決。橋下氏もこの年の12月に政界から引退している。
最右翼までカバーしたからこその政策
この間、安倍首相は公明党や中国からの猛反発を承知で、就任1年となる2013年12月26日に在任中1度だけの靖国参拝をおこなっている。
政治をあまり単純な図式で語ることは慎まなければならないが、安倍首相は就任から2年近くかけて、明らかに意識的に右寄りのナショナリストとして振る舞い、結果として極右政党としての当時の日本維新の会の支持層を引きはがして取り込むことに成功した。
そして、もはや自民党より右側に有力政党のない状態にしたうえで、公明党の尽力も借りながら日中関係を修復させた。
靖国参拝から11カ月後の2014年11月にはAPEC首脳会議で北京を訪れ、習近平国家主席となごやかに会談。日中関係の改善を互いに約し合ったのである。
もし、自民党より右側に影響力のある政党が存在し、最右翼の支持層が安倍首相のもとにいなければ、あるいは思い切った日中関係改善には動けなかったにちがいない。
2014年から15年の平和安全法制の議論にあっても、最終的に安倍首相は公明党の理詰めの主張を了承して、当初のフルスペックの集団的自衛権をあきらめ、政府が1972年に発表した「自衛権に関する政府見解」の範囲を逸脱しないものに収めた。
こうした中道寄りの軌道修正も、当時の自民党が最右翼までカバーしていなければ、次の選挙を恐れて党内から猛反対されただろう。
意外に思うだろうが、今の日本維新の会の支持層は、すべての政党のなかでもきわめてリベラル色が強い。
社会調査機構「チキラボ」が2025年7月4~5日、11~14日に調査した結果(2025参議院選挙調査「政党支持者ごとに〝ジェンダー観〟に差はあるか?――隠れた争点を探る」)を見ると、「男は男らしく、女は女らしくあるべきだ」「男女平等は既に十分に達成されている」「性的マイノリティの権利は既に十分に保障されている」「現代は男性のほうが冷遇されている時代だ」のすべての項目で、「とてもそう思う」の回答がもっとも少なかったのが日本維新の会支持層であった。
ちなみに、この調査では公明党支持層が意外にも保守的であることも判明した。
「男は男らしく、女は女らしく」では、自民党支持層より公明党支持層のほうが「とてもそう思う」が多く、「どちらかといえばそう思う」も含めると、日本保守党、参政党の次に公明党がくる。参政党とはほぼ同率である。
是か非かの論評はあえて保留するが、SDGsに熱心に取り組み、人権にも敏感なはずの公明党で、支持層が想像以上に保守的なジェンダー観のままでいることに驚かされる。
あらゆる政党と建設的な対話の回路を
7年半を超える、2822日におよぶ歴代最長政権を維持した安倍氏は、〝ウルトラライト〟の政治家のように語られることが多いし、実際そうであったのかもしれない。
しかしこの政権下で「日中関係の劇的改善」が図られ、「全世代型社会保障」への道筋、「働き方改革」など、リベラルと見なされる政策が進んだ事実がある。
コロナ禍に突入した直後、一旦は閣議決定までしていた「非課税世帯への30万円給付」も、社会に分断を生むべきではないという公明党の山口代表の直談判を受けて「すべての国民への一律10万円給付」に変更した。
このあたりが政治の複雑さでありダイナミズムでもあるのだろうが、安倍政権は右に振り切ったからこそ左側の政策に手を付けられたのである。
今の石破首相を支持する層は、しかし選挙になれば自民党には投票しない。自民党を支持していた岩盤保守層は自民党から離れてしまっている。
もしも選挙となれば、自民党はさらに大敗する。だから、自民党議員は石破氏を降ろしたい。
ただ、だからと言って今の自民党がふたたびウルトラライトの総裁を誕生させれば、離れた右側の支持層が戻って万事うまくいくかというと、その保証もない。
公明党や共産党は別として、そのほかの政党の議員にとっては自分の当選が最重要課題だ。今の状況で衆院選になっても当選する見込みがないとなれば、離党して人気のある政党に移る者が出かねないという点で、立憲民主党や日本維新の会だけでなく自民党右派も同じだろう。
場合によっては本格的な政界再編成が起きる可能性を語る人も少なくない。
ともあれ、今の公明党とその支持者にとって重要なことは、自分たちがどのような社会を築こうとしているのかを、明快に言語化し、平明な言葉で端的に伝えることに尽きる。
そして、「多党制時代」だからこそ、あらゆる政党と建設的な対話の回路を増やしていくことだと思う。
繰り返すが大事なことは、「同意はできなくても、理解すること」である。そして、さしあたって共有できる目標や、合意形成できる地点を見つけていくことだろう。
インフルエンサーの岸谷蘭丸氏と動画で対談した国民民主党の玉木雄一郎代表は、今回の参院選について、
一言で言うと、自民党的なものと旧民主党的なものが共に否定されて、有権者が新しい選択を求めた選挙(ユキノ帝国【参院選直後の玉木雄一郎さんに直撃】国民民主党の勝因は?)
と評した。
なお動画の終盤では、蘭丸氏からの公明党への率直な評価も語られている。
今回、公明党はまぎれもなく「自民党的なもの」の一部と見なされたのだろうが、公明党は成り立ちから言っても理念から言っても、じつは「自民党的なもの」とはかなり遠い位置にある。
遠い位置にある政党同士が連立して合意形成することで、これまでの日本は幅広い国民のニーズを押さえて、政治の安定を図ることができていた。
そして公明党は小さな政党には違いないが、自民党的な「政治とカネ」にはほぼ無縁であるし、内紛やパワハラとも無縁である。そのうえで四半世紀におよぶ〝与党の経験〟がある。
この唯一無二の持ち味を強みとして、自民党はもちろん、あらゆる党と、それを支持する人々の思いを、より良い方向に生かしていくことが求められていると思う。
それでも理解しなければならないのは、他の人々、遠くの見知らぬ人々にも、愛する家族がいることだ。そして彼らもまた、あらゆる点でわたしたちと同じ人間であることだ。(ルトガー・ブレグマン『希望の歴史』)
「多党制時代」の日本政治:
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