世界はなぜ「池田大作」を評価するのか 第1回 逝去と創価学会の今後

ライター
青山樹人

 第三文明社の創業者であった池田大作・創価学会名誉会長が2023年11月15日に逝去されました。訃報は世界各国に速報され、中国の習近平国家主席が岸田首相宛に弔電を送るなど、各国の要人や駐日大使、国際機関、学識者などから、弔意と功績への賛辞が今なお寄せられています。
 一民間人である池田名誉会長に対し、世界の各方面からこれほどの弔意と賛辞が寄せられたことに対し、日本国内での偏向した言説との落差に驚いた人も多かったようです。
 世界は池田名誉会長をどう見てきたのか。日本社会は何を見落としているのか。それを検証する連続企画として、『新版 宗教はだれのものか 三代会長が開いた世界宗教への道』などの著作を出してきた青山樹人氏に、池田名誉会長の歩みを踏まえながら語っていただくことにしました。(WEB第三文明編集部:文中敬称略)

1700回を超す「世界との対話」

(編集部)――青山さんには2020年にこのWEB第三文明でも40回にわたる連載をしていただき、それに加筆修正をしたかたちで2022年に『新版 宗教はだれのものか 三代会長が開いた世界宗教への道』(鳳書院)が刊行されています。創価学会の歴史、とりわけ池田名誉会長の歩みについて、一冊で概観できるテキストだと思います。今回、名誉会長の逝去に対しては異例ともいえるほど世界の要人・識者から弔意が寄せられました。あらためて名誉会長の足跡の大きさを実感しています。

青山樹人 冒頭で、池田先生が第三文明社の創業者であるというお話が出ました。じつは、日本には、さまざまな教団や宗派から生まれた出版社というのは珍しくありません。
 たとえば1850年創業の法蔵館は浄土真宗大谷派(東本願寺)の教学書を扱ってきた歴史がありますし、月刊誌『中央公論』は西本願寺系の普通教校反省会の機関誌が淵源です。良質な学術書も出している佼成出版社は立正佼成会を母体としていますし、児童書で知られる福音館書店も日本メソヂスト教会から生まれています。
 宗教にとって活字文化は不可欠なものですから、こうした淵源を持つ老舗出版社がいくつもあることは当然なんですよね。そのうえでいずれの出版社も、多様な出版をおこなっていることは言うまでもありません。
 むしろ、宗教的な価値観や倫理規範を大切にしながら、社会に開かれた活字文化の創造に貢献することは、ある程度成熟した宗教運動の責務でもあり矜持でもあるだろうと思います。世のなかには、立派な文学全集や児童書を出しながら、片方で儲かればいいとばかりに報道被害を繰り返す類の雑誌を出すような出版社だってあるわけですから。
 第三文明社で言えば、1971年に創刊したレグルス文庫、また『タゴール著作集』などの発刊は、日本の出版史に特筆されるものだと思います。月刊誌『第三文明』も淵源は創価学会学生部の理論誌でしたが、69年に株式会社「第三文明社」を設立して以降は、テーマも書き手も大きく社会に開かれてきました。
 誌面に登場される方や扱う記事は、創価学会や公明党とは関係のないものが大半です。今なお東日本大震災の被災地の声を拾い続けておられるし、むしろ宗教的立場や政治信条的にも多様な方々が登場されていて、社会の幅広い合意形成に貢献されていると思います。

 さて、池田先生への弔電や弔意については、習近平国家主席や尹錫悦大統領といった国家元首はじめ、ローマ教皇フランシスコ、元大統領や元国連事務次長などから、先生の功績を高く評価するメッセージが寄せられました。先生の逝去について、国家主席が首相に宛てて弔意を示したという一事は象徴的でしたね。
 池田先生の民間外交の足跡、世界の要人たちとの友情を考えると、それこそ本来ならさらに多くのそうそうたる方々から弔意が届いていたのではないでしょうか。冷戦終結の立役者となったゴルバチョフ、経済学者のガルブレイス、ノーベル化学賞と平和賞の2つを受賞したポーリング、ローマクラブ創設者のペッチェイ、公民権運動の象徴ローザ・パークス、世界人権宣言起草者のひとりアタイデ、キューバのカストロ、南アのネルソン・マンデラなど、いずれも池田先生とは深い友情で結ばれてきました。日本でも作家の井上靖やパナソニック創業者の松下幸之助などは何度も先生との出会いを重ねています。
 ただ残念ながら、こうした巨人たちは池田先生より先に物故しているんです。それだけ先生が若くして、こうした人物たちと肝胆相照らす友情を育んできたからです。松下幸之助とは34歳の年齢差ですが、1960年代から両者は30回以上の会談をしてきました。
 元米国国務長官のキッシンジャーとも8回会談し、対談集も出しています。キッシンジャーは先生の逝去の2週間後の11月29日に100歳で逝去しました。
 こうした要人・識者との会見は公式なものだけで1700回を超えています。見落としてならないのは、これらの会見は圧倒的に先方から先生を訪ねてきていることです。

――たしかに言われてみればその通りですね。

青山 過去の報道や写真集を見れば一目瞭然です。さすがに国家元首や閣僚クラスはプロトコール(国際儀礼)を踏まえて先生から足を運んでいますが、それとて先方から招待があってのことです。なかには王族や現職の大統領でも、創価大学や東京牧口記念会館、聖教新聞社に先生を訪ねた方々もいます。
 逆に1996年に先生がコスタリカを訪問した際には、当時のフィゲーレス大統領が空港まで先生を出迎えています。同国での行事にはノーベル平和賞受賞者のアリアス前大統領も駆けつけました。
 同年のキューバ訪問では米国からの中継地になったバハマまでキューバ政府が航空機を差し向け、キューバの空港ではハルト文化大臣がタラップの下まで先生を出迎えています。革命宮殿での先生の歓迎式典はキューバ国内で生中継されましたが、カストロ議長が革命以来の40年間で初めて軍服を脱いでスーツ姿で現れ、キューバ国民が色めき立ちました。
 キューバ訪問の直前には、先生が滞在していたニューヨークのホテルまで、キッシンジャーが単身で訪ねてきています。池田先生の逝去に際して世界から示された異例の弔意は、先生が世界に果たしてきた足跡の大きさの一端を物語っています。

――新聞や雑誌もさまざまな人物のコメントを報じたり鼎談を組んだりしているようですが、どのような感想を持たれましたか。

青山 どんな人物を担ぎ出したか、誰にコメントを求めたかで、その媒体の見識がわかりますよね。事情通のような立ち位置で登場しながら、よくこんな適当なことを語れるなあと呆れるような記事も多々ありました。なかには先生が総理大臣をめざしていたとか、噴き出すようなものもありました。恥ずかしくないんでしょうかね。
 かろうじて『ニューヨーク・タイムズ』の記事(「Daisaku Ikeda, Who Led Influential Japanese Buddhist Group, Dies at 95」)は、先生の文筆活動や大学講演、平和提言など、簡潔ななかにも先生の事績を多方面からきちんと押さえていたのではないかと思います。
 先生が世界に果たされた功績のなかには「詩の復権」も大きい。しかし、日本のメディアはそういう視点にはほとんど無関心ですね。

「方便現涅槃」という法華経の死生観

――名誉会長の逝去によって創価学会が衰退していくだろうという論調も目立ちました。

青山 それは、衰退してほしいという媒体なり発言者なりの願望が表れているのでしょう。本当に創価学会というもの、もっと広く言えば宗教というものがわかっていないんだなと思います。創価学会が衰退することはないと言い切っていたのは、神学の専門家でもある作家の佐藤優氏だけでしたね。
 創価学会は朝夕の勤行で法華経の方便品と如来寿量品を読誦しています。如来寿量品の重要なテーマは、「生と死」をどう捉えるかということです。生命は永遠であるということを説く一方で、ではなぜ師である釈尊が入滅するのか。このことを説いているのが如来寿量品です。

――如来寿量品の自我偈には「衆生を度(ど)せんが為(た)めの故に 方便もて涅槃を現ず 而(しか)も実には滅度せず 常に此(ここ)に住して法を説く」「衆は我が滅度を見て 広く舎利を供養し 咸皆(ことごと)く恋慕を懐いて 渇仰の心を生ず」とあります。

青山 衆生に求道心を起こさせるため、方便として涅槃(入滅)の姿を現すのだということですよね。仮に師匠が永遠に生き続けていれば、弟子の側は依存するだけになるし、緊張感もなくなってしまうでしょう。生身の人間としての師匠の寿命が有限だからこそ、弟子は後継の自覚に立ち上がる。入滅した師匠への〝恋慕〟〝渇仰〟を懐いて、師匠の心とは何だったのかと真剣に求道するようになる。自我偈に綴られているのは、そういうことです。学会員は、この自我偈を朝夕の勤行で読んでいるんですよ。
 今回、創価学会葬の中継会場でも、また12月度の各地の座談会など創価学会の現場の第一線でも、老若男女を問わず学会員の皆さんの燃え上がるような決意や求道心に触れて、私自身が驚きましたし感動しました。
 池田先生は、70歳を迎えた1998年1月に執筆した「随筆 新・人間革命」の第1回で、80歳までに「世界広布の基盤完成」と自身の人生を展望し、「このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」と記しています。つまりこの25年間、やがて到来する自身の逝去を見越して、「永遠に広宣流布の指揮をとる」ための布石を着実に整えてこられた。
 具体的には、全12巻の『人間革命』に続く全30巻の『新・人間革命』の完結であり、先生の監修による『新版日蓮大聖人御書全集』の刊行、また上中下3巻の『指導選集』の発刊。さらに、全世界の学会員が師匠と同じ心で広宣流布を誓願する根本道場としての広宣流布大誓堂の完成であり、会憲や社会憲章の制定、教義条項の改正、世界宗教化の時代を見据えた『創価学会教学要綱』の刊行だと思います。
 そしてなにより、会長就任50周年の節目となった2010年5月の本部幹部会(清華大学からの名誉教授称号授与式)をもって公の場に出ることを控え、以後はメッセージなどでの激励に徹してきました。全世界の学会員は、この12年半のあいだ、文字を通して池田先生に触れるという訓練を続けてきたのではないでしょうか。その間に自ら入会したり、あるいは自分の決意で創価学会の信仰を継承したりした人たちも相当数に達しているはずです。

――海外のメンバーだけでも2013年に約175万人だったのが、この10年間で約300万人に増えています。誰もが、もはや池田先生に直接会っていない人たちです。

青山 池田先生が70歳の時に示した「妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとる」という決意は、そうした後継の弟子が陸続と誕生することによってのみ可能となります。
 もちろん「不老不死」といっても、あるいは三代の会長を「永遠の師匠」とするといっても、神格化などではありません。「人間・池田大作」が何を思い描き、どのように弟子の道を生きて、苦難を勝ち越え、他者と接してきたか。そこを知ろうと願い、責任感と使命感を分かち持つ不二の弟子たちが世界中に誕生し続けることによって、まさに池田先生は「不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとる」わけでしょう。
 先ほどの自我偈には「一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまざれば 時に我れ及び衆僧は 俱(とも)に霊鷲山に出(い)ず」と続きます。後継の弟子たちが一心に師匠を求め、師匠のように生きようと不惜の実践をするとき、師と弟子は生死を越えていつでも一体であるということですね。師匠が広宣流布の指揮をとる法華経の霊鷲山の会座は、過去のものではなく、弟子の求道があるかぎり永遠に続くのです。
 霊鷲山は、釈尊が拠点としたマガダ国のラージャグリハ(王舎城)に実在する山です。「俱に霊鷲山に出ず」とあるのは、どこまでも現実のこの娑婆世界を離れて仏法はないという法華経の思想を象徴しているのだと思います。
 一方で、日本社会は超少子高齢社会、人口減少社会に突入しています。日本社会というパイそのものが縮小していく時代における「広宣流布」とは、具体的にどのようなものになるのか。かつての日蓮正宗を見ればわかるように、宗教は油断するとすぐに硬直して権威化・教条化するし、先を見通せなくなると復古的な方向に退行します。青年世代のリーダーには、大きな視野で目の覚めるようなビジョンを描いていってもらいたいですね。

――次回からは、個別の学会史に沿うかたちで、さまざまうかがいたいと思います。ありがとうございました。

特集 世界はなぜ「池田大作」を評価するのか:
 第1回 逝去と創価学会の今後
 第2回 世界宗教の要件を整える
 第3回 民主主義に果たした役割

三代会長が開いた世界宗教への道(全5回):
 第1回 日蓮仏法の精神を受け継ぐ
 第2回 嵐のなかで世界への対話を開始
 第3回 第1次宗門事件の謀略
 第4回 法主が主導した第2次宗門事件
 第5回 世界宗教へと飛翔する創価学会


著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)、『新版 宗教はだれのものか 三代会長が開いた世界宗教への道』(2022年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。