世界はなぜ「池田大作」を評価するのか――第3回 民主主義に果たした役割

ライター
青山樹人

「政教一致」体制と戦ったのが創価学会

――池田名誉会長が2010年5月を境に公の場に出ることを控えたことについて、さまざまな人間や媒体が勝手な憶測を書き散らしてきました。今般の逝去に際しても、あいかわらず単なる憶測や出所不明の話を書いている論者が見受けられますね。

青山樹人 なかには学者やジャーナリストを名乗りながら、名誉棄損になるような話を平然と書いたり語ったりしている人物もいます。池田先生は2015年も創価大学で居合わせた学生たちを激励していますし、16年も埼玉や八王子を訪問しています。17年も創価大学や神奈川、東京牧口記念会館を訪問しています。18年に長野研修道場で『新・人間革命』を脱稿した折は、研修道場内で何十人もの会員と間近で会っています。その様子は聖教新聞でもカラー写真で報じられています。
 19年には長野研修道場の他、落成した世界聖教会館を2度訪問して勤行されました。21年10月には修学旅行に来ていた関西創価小学校の6年生たちと、創立者として都内で会っていますね。22年に入っても夫妻で恩師記念会館を訪問して勤行されています。
 そういえば、『第三文明』2月号で作家の佐藤優氏が、『週刊新潮』に寄せた宗教学者の島田裕己氏のコメントについても痛烈に批判していました。島田氏は〈池田氏は最期まで宗教の本質である〝死〟についての解を提示できなかった〉〈死について掘り下げることがないまま、表舞台から去っていった。そこに宗教者としての限界があった〉等とコメントしていたのです。
 佐藤氏は、ハーバード大学での講演や『法華経の智慧』で展開された先生の死生観に触れ、〈宗教学者であり、創価学会についての著作も少なくないにもかかわらず、島田裕己氏は最重要著作の1つである『法華経の智慧』すら読んでいないのでしょう。底の知れたものです。〉と一刀両断しています。
 池田先生や創価学会を批判したければ勝手に批判すればよいと思いますが、先生の代表的な著作すら読まずに論評したり講演したりというのは、学者として本当に〝底の知れたもの〟だと思います。

――さて、今年(2024年)は、池田名誉会長が青年部の室長に就任して70周年。そして牧口常三郎初代会長の殉教から80周年を迎えます。

青山 創価学会の創立は1930年(昭和5年)11月18日です。教育者であった牧口先生の教育理念を綴った『創価教育学体系』第1巻が発刊された、その「奥付」の日付です。このとき、初めて発行所として「創価教育学会」の名前が記されたことで、この日が創立記念日となっています。
 なお、この奥付には「著作者 牧口常三郎」「発行兼印刷者 戸田城外」と記され、「昭和5年11月18日発行」と並んで「昭和5年11月15日印刷」と記されています。このたび池田先生が逝去されたのは11月15日でした。
『創価教育学体系』第1巻に「序」を寄せたのは新渡戸稲造です。新渡戸は〈君の創価教育学は、余の久しく期待したる我が日本人が生んだ日本人の教育学説であり、而(しか)も現代人が其の誕生を久しく待望せし名著であると信ずる〉と書いています。

――今の5000円券に肖像が使われているのが新渡戸稲造ですね。国際連盟事務次長として活躍した国際人であり、有名な『武士道』の著者でもあります。

青山 その新渡戸が「余の久しく期待したる我が日本人が生んだ日本人の教育学説」とあえて強調したのは、それまでの日本にあった教育学の多くが、欧米のそれの焼き直しだったからです。世界を知っている新渡戸だからこそ、牧口先生の創価教育学説が、まったく新しいものであったことを理解し、率直な評価と喜びを表明したのだと思います。
 学会創立の前年1929年には世界恐慌が起き、これは各国に軍国主義とファシズムを台頭させていきます。『創価教育学体系』出版の直前11月14日には、浜口雄幸首相が東京駅で銃撃されて重傷を負うテロが起きました。翌31年9月には関東軍が満州事変を起こしています。

――日本はここから軍部が台頭し、やがて日中戦争の泥沼へと進み、さらに太平洋戦争へと突き進んでいきます。国内外にファシズムと暴力が台頭していくなかで、創価学会は誕生していたのですね。

青山 1938年4月には国家総動員法が制定され、国民生活は完全に政府の統制下に入ります。さらに1940年には内務省の外局として神祇院が設置され、全国の神社で神武天皇即位2600年を奉祝する「皇紀二千六百年祝典」が開催されます。軍部政府は国民を精神的に戦時体制へと総動員するために、国家神道の強制へと踏み込んでいくのです。41年には治安維持法が改正され、国家神道に反する宗教活動への厳しい統制と弾圧が加速します。
 太平洋戦争の当時、政府は伊勢神宮への遥拝や護国神社への参拝、学校や職場、各家庭での神札の奉掲を国民に強制し、神道を総動員体制への精神的支柱としていたのです。

――最近では、日本は一神教の国々とは違い〝八百万の神々〟を信じる国だとして、それがあたかも日本人の寛容さや平和主義を支えているように語る人がいます。

青山 一見それらしいようで、わずか80年前の歴史さえ無視した、非常に雑で乱暴な話です。じつは池田先生との対談でトインビー博士も、日本の神道を「自然に対する融和性」を持った信仰であるかのように評価する言葉を発します。おそらくトインビーも3度の来日で、そのような説明を受けていたのでしょうね。
 これに対し、池田先生は「私は異なる意見をもっています」とし、神道イデオロギーが「自然に対する融和性」の裏面で、きわめてナショナリスティックな性格を持ち、他民族に対する閉鎖性や排他性を持っていることを指摘しています。
 だからこそ、日本の軍国主義は「国家神道」というものを作り出して、国民を総動員し、戦争遂行を正当化していけたのです。戦後、GHQが真っ先に出したのが、国家神道を解体する「神道指令」だったという事実を見ても、このことは明らかです。

 戦時下にあって、ほぼすべての宗教団体は軍部の宗教政策に屈し、あるいは積極的に追随して、戦争遂行へ協力していきました。いくつかの教団は戦後50年を経た頃に、ようやく戦時中の行為を公式に謝罪しています。一方で、まるでなにごともなかったかのように戦争協力の歴史を隠蔽し、平然と「平和」「反戦」を唱えているような教団もあります。
 牧口先生は、特高警察の監視下でも1941年5月から逮捕直前の43年6月頃までの2年間だけで240回以上の座談会に出席しています。そして、軍部政府の命令を拒絶して神札を受けなかったことなどで、治安維持法と不敬罪の容疑で、戸田理事長ともども逮捕・投獄されるのです。

――牧口初代会長は獄中でも信念を貫き、1944年11月18日、東京拘置所の病監で逝去されました。

青山 日蓮仏法に対しては、しばしば「国家との対決」といったイメージの形容詞が使われます。けれども、日蓮大聖人の立正安国論をはじめとする諌暁も言論戦であり、斬首されようとした竜の口法難も、「精神の自由」を貫き通そうとされた闘争です。農民信徒たちが処刑された熱原法難も同じ構図です。
 いかなる権力の脅しに対しても、自身の内心の自由は一歩たりとも侵させない。これが日蓮仏法の精神です。牧口先生と戸田先生の投獄、そして牧口先生の獄死も、あくまでも「精神の自由」を守り抜く闘争だったわけです。会員に国家との対決を呼びかけたわけではありません。
 信徒に対し「正義の殉教」を呼びかける宗教は、生命の手段化を容認するテロリズムにつながってしまう。ましてや複雑な社会問題を善悪二元論に回収して「体制の打倒」を扇動する宗教になれば、社会を分断し、常に国家を敵視する教団になってしまいます。

 生きて出獄し、創価学会の再建に立ち上がった戸田先生は、「牧口先生の仇を討つ」と誓ったわけですが、卓見だったのは盤石な組織の基盤を作ったうえで地方議会を皮切りに政界に人材を輩出していったことです。どこまでも民衆の力で、民主主義のルールにのっとって合意形成を図りながら、「体制内」から権力構造を変えていこうとされたのです。
 じつは戦後すぐ、学会より早く候補者を擁立して、実際に政界に議員を輩出した宗教団体はいくつもあります。しかし、どれもすぐに頓挫しているのです。当選させることも難しいけれど、それ以上に政治家として継続的に育てることはもっと困難だからです。

学会の政治参加を世界の知性は称賛

――池田会長時代に入ると、公明党が結成され、また政界だけでなく司法や行政にも、教育界や経済界などあらゆる分野にも、人材を輩出していきます。

青山 こうした事実に対し、過去には「日本乗っ取り」というような馬鹿げた形容詞で、あたかも創価学会が陰謀を企んでいるかのように騒ぎ立てた連中もいました。学会が貧しい庶民の団体だった時代には「貧乏人と病人の集まり」と中傷し、各界で学会員が活躍する時代になると「日本乗っ取りの野望」などと中傷する。
 世界宗教の条件として「与党化」という話がありました。これは単に政治次元の話だけではなく、社会のあらゆる次元に通じることです。要するに信仰者が社会を動かす当事者となって責任を担っていくということです。
 それは同時に、自分たちとは異なる多様な信条や価値観の人々とも合意形成していくことを求められます。どこかの野党みたいに「ゼロか百か」の教条主義を振り回して済む話ではありません。

――池田名誉会長の逝去に関する記事のなかにも、公明党が自民党と連立を組んでいることについて、まるで名誉会長の意思に反しているといったような言説が見受けられました。

青山 どう思うのも個人の自由ですが、そういう話に「池田先生の意思」を勝手に決めつけて持ち出すこと自体が、自分の政治的主張を正当化するための池田先生の利用ですよね。
 ひとつの客観的な事実として、公明党の淵源は東京都議会をはじめとする地方議会から出発していて、国政では野党だった時代も、ほとんどの地方議会では早くから自民党系会派などと合意形成しながら「与党」を形成してきたのです。どんなに美辞麗句を並べたところで、与党でないと理念を政治に反映していくことが難しいからです。
 そうすると、公明党は半世紀以上前から「池田先生の意思」に背いてきたのでしょうか? それとも地方議会は問題なしで国政だけがダメだというのなら、どういう理屈になるんでしょう。
 たぶんほとんどの創価学会員も、あるいは公明党の議員でも、手放しで自民党が素晴らしいなどと思っている人などいないでしょう。自公に代わる安定した枠組みなど考えられないから、苦労しながらも信頼関係を成熟させ連立しているのです。そのうえで私は、「自民党が悪」で、「非自民の他の野党は善」みたいな、善悪の二項対立で政治を語ることそのものが幼稚でナンセンスだと思っています。
 自民党は巨大政党ですから、やはり問題を起こす議員の数も比例して多い。ただ、是非はともかく町内会や商店会など地域社会に根を張った政党でもあるのです。公明党とは支持層が被らない形で、自民党もまた広く国民に根を張っています。その点、風頼みで選挙のたびに所属政党がコロコロ変わる議員や、特定の労組やイデオロギーに依存する政党とは異なります。
 それと、自民党は大所帯だけども合意形成がまずまずできる。あとはやはり専門分野における能力や経験で、他の野党よりは圧倒的に頭抜けた議員が多い。
 もし国政で公明党が自民党との連立を解消したとして、じゃあどの政党と連立すれば自民党政治に代わる、よりマシな政治が持続可能なのか。処理水排出やワクチンに関するデマや陰謀論を主張したり、平気で信教の自由を踏みにじろうとしたり、党内での合意形成さえできないような政党とどうやって合意形成するのか。公明党が与党を担っているほぼすべての地方議会との連携はどうするのか。
 そういったリアルを無視して、急進的に今あるものを全部ぶち壊せば世の中がよくなるというような発想は、非常に危ういし稚拙だと思います。

――旧統一教会問題に世間の耳目が集まると、創価学会と公明党の関係、あるいは公明党が与党にいることをもって、日本国憲法が定める「政教分離」に反していると主張する声がネット上などに大勢出てきました。

青山 これはもう「政教分離」という言葉の意味についての〝無知〟と言うしかないですね。戦時下の日本がまさに戦争遂行のため、全国民や植民地化した国の人々に国家神道を強要し、他の宗教を統制弾圧した体制だったわけです。牧口先生も戸田先生も、その「政教一致」を拒んで投獄され、牧口先生は獄死されているのです。
 だからこそ、GHQは真っ先に神道指令を出して、この「政教一致」体制を解除しました。そして、日本国憲法の草案を検討したGHQ内部でも、草案を審議した国会の議論でも、憲法20条は〝宗教者が政党を結成して政治参加することを何ら禁じるものではない〟と確認されています。以来、日本国政府も一貫してこの見解を答弁しています。
 言ってみれば日本の宗教団体のなかで、もっとも「政教一致」に忌避感と警戒心を持っているのが創価学会でしょう。今回の旧統一教会問題でも、国会審議の場で閣僚に信仰告白を迫ったり、信徒の年収を教団が把握できるような法案を主張したり、およそ憲法の定める「基本的人権」や「政教分離」を理解できていなかったのは、むしろ〝リベラル〟を自称する野党の議員たちでした。

 日本人の大多数は、宗教は個人の内心だけにとどめておくものだと思い込んでいます。これは、キリスト教の布教を渋々認めざるを得なかった明治政府が150年前にとった宗教政策そのものです。欧米でもアジアでも、宗教を基盤とした政党はたくさんあります。しかも、公明党は創価学会の布教を政治力で実現しようとか、他教団を弾圧したことなど一度もありません。
 むしろ、世界の知性たちは創価学会が民衆を主体的に現実社会の運営に参画させてきたことを高く評価しています。たとえば、インドの最高学府であるデリー大学からは1999年1月に池田先生に名誉文学博士号が授与されています。
 その際、本来ならデリー大学で挙行すべき授与式を、わざわざメータ副総長が来日して東京でおこないました。世界大学総長会議の副会長などの要職を歴任したメータ副総長は、授与式でこう述べています。

〈池田博士は一人ひとりに「幸福になる力」を与えることによって、社会を変革しておられるのです〉〈池田博士は、20世紀の最も偉大な指導者の一人であります。「アソカ大王のダルマ(法)の哲学」と、「マハトマ・ガンジーのアヒンサー(不殺生)」を、現代世界の争いの解決の戦略へと具体化された偉人であります。
 ガンジーと同様、池田博士は、そのメッセージを、博士の価値創造の組織である創価学会によって、世界の民衆に見事に伝えておられる。
 それによって博士は「社会の周辺に存在する恵まれない人々」を、社会の中心の流れへと導いているのです〉

 創価学会の信仰は、民衆が聖職者に依存する信仰ではありません。みずから宗教の主人公となって、自分で自分を幸福にしていく信仰です。そのような宗教運動を組織化して国内外に広めてきたことに対し、まずデリー大学は高く評価しているのです。
 そして、そのように宗教的に自立した民衆が、今度は社会をよりよく変えていく主体者になっている。本来なら社会の周縁部に追いやられたまま、既成政党からも顧みられることなく孤立していたであろう人々をも、民主主義の主人公として社会の中心の流れへと導いていると。エリートや既得権者たちだけが握っていた社会の中心部に、無名の庶民たちを導いてきたことを称えているのです。

――それ自体が、名誉博士号を授与する理由の一つになり得る快挙だと見ているわけですね。

青山 そのとおりです。翌2000年1月のニューヨーク市立大学からの名誉博士号授与式でも、セソムズ学長が来日して授与式がおこなわれ、学長はこのように述べています。

〈池田氏は、まさしく私がこれまで、「こうなりたい」と目標にしてきた人物像を、そのまま体現しておられます。その意味で、池田氏は、私自身の一部となっているのです〉〈いったい誰が、「芸術や文化について、社会のすべての民衆の眼を開かせる」よう手を差し伸べてきたでしょうか?  いったい誰が、将来の政治や社会について声を発することができるよう、「民衆に力を与える」ために、生涯を捧げたでしょうか?〉

 創価学会の信仰と、その学会が政治にかかわっていることを、世界の最高峰の知性たちはこのように見ているのです。

特集 世界はなぜ「池田大作」を評価するのか:
 第1回 逝去と創価学会の今後
 第2回 世界宗教の要件を整える
 第3回 民主主義に果たした役割
 第4回 「言葉の力」と開かれた精神

三代会長が開いた世界宗教への道(全5回):
 第1回 日蓮仏法の精神を受け継ぐ
 第2回 嵐のなかで世界への対話を開始
 第3回 第1次宗門事件の謀略
 第4回 法主が主導した第2次宗門事件
 第5回 世界宗教へと飛翔する創価学会


あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)、『新版 宗教はだれのものか 三代会長が開いた世界宗教への道』(2022年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。