①歴代政権はあえて「存立危機事態」の具体的事例を曖昧にしてきた
②官僚とのすり合わせを欠いた高市首相のアドリブ答弁
③首相見解と政府統一見解にズレが生じた危うさ
④首相の名で首相の発言を正式に〝修正〟させた公明党の知恵
⑤斉藤代表「高市首相への協力を惜しまない」
⑥沖縄返還時に「非核三原則」をつくらせたのは公明党
⑦「非核三原則」堅持を明言しない高市内閣の答弁書
⑧党首討論で、あえて首相に釘を刺した斉藤代表
⑨高市首相が尊敬する安倍元首相にはバランス感覚があった
⑩初の女性首相として慎重に政権運営をしてほしい
あえて「曖昧戦略」にしてきた歴代政権
憲政史上初めての女性の内閣総理大臣の誕生した。
東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議(マレーシア)への出席、トランプ米国大統領の「公式実務訪問賓客」としての訪日と首相就任後初の日米首脳会談、アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議(韓国・慶州)への出席による韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領との会談、中国の習近平国家主席との会談と、幸運な外交日程のめぐりあわせによる華々しい外交デビューとなった。
高い支持率の材料となる順調な滑り出しに思われた高市早苗内閣にとって、最初の〝つまづき〟のきっかけが、さる11月7日の国会答弁だった。
同日の衆議院予算委員会で立憲民主党の岡田克也氏は、2015年に成立した「平和安全法制」が定めた「存立危機事態」について政府の見解をただした。
岡田氏は2015年9月17日の参議院特別委員会で、公明党の山口那津男代表(当時)が内閣法制局長官と安倍首相に対して発した質問と、これに対する法制局長官と安倍首相の答弁を紹介。
①新三要件の下で認められる武力の行使は、これまでどおり、自衛隊法第八十八条に規定された我が国防衛のための必要最小限度の武力の行使にとどまるもの
②被害国を含めた他国にまで行って戦うなどといういわゆる海外での武力の行使を認めることになるといったものではない
③存立危機事態に該当するのにかかわらず武力攻撃事態等に該当しないということはまずないのではないか
という、当時の政府答弁について現在も維持されているかどうか、岩尾信行・内閣法制局長官に確認した。岩尾長官は「維持されている」と答弁し、高市首相も「変わりはございません」と答弁した。
そのうえで岡田氏は、それにもかかわらず最近の一部の政治家から不用意な発言が相次いでいると指摘。過去の自民党総裁選挙の際に、高市氏自身が「中国による台湾の海上封鎖が発生した場合」を問われて「存立危機事態になるかもしれない」と語ったことを取り上げた。
平和安全法制(安全保障関連法)の整備により、「存立危機事態」の定義は明確にされた。その要件とは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」である。
ただし、具体的にどのような武力攻撃がそれに該当するのかについて、従来、日本政府は「外交的配慮」と「抑止力の維持」の観点から、あえて戦略的に曖昧にして明言を避けてきた。
〝レッドライン〟越えたアドリブ答弁
ところがこの日、岡田氏が「バシー海峡」「台湾有事」と具体的な地域を特定して質問を繰り返したことで、高市首相は、
先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。(2025年11月7日「衆議院予算委員会」TBS NEWS DIG)
と答弁した。
通常、こうしたとりわけ機微に触れる国会答弁は、官僚が入念に準備した原稿を読む。だが、高市首相が現在の世界のどの海軍にも存在しない「戦艦」という単語を使ったことからも、これは首相自身のアドリブでの答弁だったと思われる。
中国政府にとっては「台湾は中国の一部」というのが一貫した主張であり、米国や日本も含め国際社会は、これまでこの「一つの中国」という中国政府の立場を尊重してきた経緯がある。
しかも台湾問題は中国政府にとって領土一体性に触れる「核心的利益の中の核心」と位置付けられており、中国政府にとって外交上の最優先課題(越えてはならないレッドライン)とされてきた。
中国政府は、日本の首相がそのレッドラインの〝中国の内政問題〟に国会の場で言及しただけでなく、中国による台湾統一が日本の「存立危機事態」すなわち、日本の自衛隊が中国への武力攻撃に踏み切る根拠になり得ると発言したと受け止めたようだ。
同日のうちに中国外務省は「中国の内政に横暴に干渉するもので、極めて悪質だ」と非難。その後も発言の撤回を求め、中国国民に対して日本への渡航自粛の呼びかけ、日本産水産物の全面的な輸入停止の通達、G20サミットでの首脳会談の見送り、日中韓首脳会談の拒否と、対応をエスカレートさせている。
就任当初、国会答弁で安全運転に徹してきた高市早苗首相は最近、財政や外交・安全保障の政策を巡る持論を隠さなくなってきた。台湾有事に関する発言には中国が反発する。後半国会は自らの言葉で臨機応変に対応しようとする首相の答弁がもろ刃の剣になり得る。(『日本経済新聞』11月18日)
専門家が指摘する高市政権の〝危うさ〟
中国は「面子(メンツ)」を重視する文化の国である。10月末のAPEC首脳会議で、習近平国家主席と高市首相の日中首脳会談を比較的スムーズに実現させた直後だっただけに、高市首相の答弁は国家の〝面子を傷つけたもの〟と受け止めたのだろう。
さらに今回の高市首相の答弁は、日本が東アジアの危機をつくり出す主体となり得ることを示す〝危うさ〟があると、国際政治学者で東京大学未来ビジョン研究センター客員教授(東京大学名誉教授)の藤原帰一氏は指摘する。
安全保障関連法(2015年)における存立危機事態とは日本と密接な関係にある他国が攻撃され、日本の存立が脅かされる事態を指しているが、これは日米同盟と結びついた、米国の求めに対してどのような場合に日本が防衛協力を行うことができるのかを想定して設けられた概念である。米国の要請、あるいは圧力がない状態において、日本政府が独自に存立危機事態を再定義することは考えられていない。
(中略)
中国はもちろん台湾も米国も現状変更を求めていないときに存立危機事態の解釈を拡大する。私はそこに、高市政権の危うさを見る。高市発言には国際関係における交渉に基づいた実務者の判断と異なる、敢(あ)えて言えば軍事力の効用で押し切った現実の単純化が認められるからだ。
高市首相には台湾有事が存立危機事態に当たるのは当然に見えるのかも知れない。だが、それを公言することは、日本外交の選択肢を狭めるだけでなく、中国と合意された現状を日本が変えることによって、日本が現状を変更する勢力と見なされる機会をつくってしまう。(「(時事小言)高市発言と東アジアの均衡 危機を、日本がつくるのか」『朝日新聞』11月19日に掲載)
首相は午前3時から公邸に入って準備したほど、ふだんから〝勉強熱心〟で知られる。ただ、関係省庁と十分なすり合わせをせずに国会に臨んだことが今回は裏目に出た。
これまでのように1人の国会議員である場合は許された〝勇ましい発言〟も、自衛隊の最高指揮官でもある首相の国会答弁となれば、それは日本政府の見解と見なされてしまう。「個人の意見」では済まないのである。
そして、もはや政府の見解として出てしまった発言だけに、どれほど中国から撤回を求められたとしても、撤回することはできない。撤回はそのまま政権の退陣につながりかねない。
首相は11月10日の衆議院予算委員会でも、立憲民主党の大串博志議員から「撤回しないのか」と問われたが、撤回しない意向を示した。
一方、具体的な状況への言及は「反省点」だと述べ、「今後、特定のケースを想定したことをこの場で明言することは慎む。私の金曜日(7日)のやり取りを政府統一見解として出すつもりはない」と強調した。(『朝日新聞』11月10日)
これは重大な発言で、国会での首相の答弁が「政府統一見解」と一致していないと、首相自らが認めたことに等しい。日本の安全保障にかかわる問題で、「首相の見解」と「政府統一見解」のあいだに〝揺らぎ〟があることになる。
一方で面子を大きく傷つけられたと受け止めている中国としても、容易に〝振り上げたこぶし〟を下ろすわけにはいかない。本心では中国も無用な関係悪化を避けたいのだろうが、面子を保ったまま、徐々にこぶしを下ろす状況を整える必要がある。
「質問主意書」のもたらす意味
この事態の早期終息のために、即座に知恵を出して動いたのが公明党だった。
高市首相の答弁から6日後の11月13日、公明党の斉藤鉄夫代表は2つの「質問主意書」を額賀福志郎衆議院議長に提出した。
質問主意書が提出されると、内閣は原則として7日以内に閣議決定を経た答弁書を作成し、提出した議員に回答する義務がある(国会法第75条)。しかも、その質問と政府の回答はいずれも国民に公開される。
斉藤代表が出したのは、「存立危機事態に関する質問主意書」と「非核三原則に関する質問主意書」。
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存立危機事態に関する質問主意書
令和七年十一月七日の衆議院予算委員会において、高市内閣総理大臣は、「例えば、台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。」
と答弁している。
この点に関連して、以下質問する。一 右記の高市総理大臣の発言内容は間違いないか。
二 政府は、集団的自衛権を行使する際の要件である存立危機事態の認定基準、及び具体的な事態に関する従来の見解や解釈を、現在も完全に維持しているのか。
三 従来の政府見解において議論の対象となったホルムズ海峡の機雷掃海のような具体的な事例、あるいは宇宙空間やサイバー空間における新たな脅威への対応について、認定要件など、何らかの見直しや再検討が必要であるという認識をお持ちなのか。またその場合、いかなる理由で見直しが必要であると考えているのか。政府の見解は如何。
四 存立危機事態の事例として、個別事例を挙げて答弁を行うことは、国民及び周辺国地域に誤解を与えるものではないか。
右質問する。
斉藤代表は、問題となっている7日の高市首相の答弁が、従来からの日本政府見解を「完全に維持」しているのかどうか、あえて政府に回答を求めたのだ。むろん、日本政府としては「完全に維持している」、つまり従来の立場を変えていないと回答することになる。
実際、11月25日に政府は「閣議決定」をしたうえで、「内閣総理大臣 高市早苗」の名前で次のような回答を衆議院議長宛に出した。
「衆議院員斉藤鉄夫君提出存立危機事態に関する質問に対する答弁書」←クリックすると表示されます
衆議院員斉藤鉄夫君提出存立危機事態に関する質問に対する答弁書
一について
御指摘の答弁については、令和七年十一月七日の衆議院予算委員会において高市内閣総理大臣が答弁した内容の一部である。二及び三について
お尋ねの「認定基準、及び具体的な事態」及び「認定要件など」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、一般に、いかなる事態が存立危機事態に該当するかについては、事態の個別具体的な状況に即して、政府がその持ち得る全ての情報を総合して客観的かつ合理的に判断することとなるものであり、御指摘の答弁においてもその趣旨を述べたものであるところ、このような政府の見解については、お尋ねのように「完全に維持」しており、また、「見直しや再検討が必要」とは考えていない。四について
御指摘の答弁については、令和七年十一月十一日の衆議院予算委員会において、高市内閣総理大臣が「存立危機事態については、実際に発生した事態の個別具体的な状況に応じて、政府が全ての情報を総合して判断すると明確に申し上げており、ある状況が存立危機事態に当たるか否かについては、これに尽きます」と答弁しており、従来の政府の見解を変更しているものではないことについて累次にわたり明確に説明している。
いずれにせよ、台湾海峡の平和と安定は、我が国の安全保障はもとより、国際社会全体の安定にとっても重要であり、台湾をめぐる問題が対話により平和的に解決されることを期待するというのが我が国の従来から一貫した立場である。(「衆議院員斉藤鉄夫君提出存立危機事態に関する質問に対する答弁書」 ※傍線は筆者)
「国益のため、高市政権に全面的に協力をする」
質問主意書への回答は、日本政府の正式な見解として残る。そのため、今回であれば外務省や内閣法制局が入念に準備し、「閣議決定」を経て提出される。
野党になった公明党は、この仕組みを利用して、11月7日の高市首相の答弁が従来の日本政府の見解と「完全に維持」しており、「見直しや再検討が必要」とは考えていないことを、「閣議決定」させたのだ。
この政府からの答弁書が届いた11月25日、国会内で会見に臨んだ斉藤代表は、以下のように語った。
この平和安全法制、存立危機事態についての政府の見解が変わっていない。「従来の方針は変わっていない」ということを、政府として、粘り強く、国際社会に発信していく必要があるし、発信していただきたいと思いますし、わが党もしっかりとその努力をしていきたいと、このように思っております。
この平和安全法制は、日本国民の命と暮らしを守るため、そして地域の平和と安定のため、ひいては、「世界平和のため」の法制でございます。
その見解、それに対しての解釈は、「何ら変更がない」ということが、今回明らかになったのは非常に大きなことではないかと、このように思っております。
(ショートバージョン/公明党チャンネル「斉藤代表ぶら下がり会見」2025年11月25日)
さらに、結党61年を迎えた公明党が野党時代から中国との政党間外交によって積み上げた「信頼」に言及。
我々は日本国のためにやっているわけでございますので。今、高市政権におきましても、この公明党のパイプは大いに使ってもらいたいと思いますし、我々も積極的にそのように働きかけていって、そういう面では国益のため、高市政権に全面的に協力をする、その姿勢です。
(別バージョン/公明党チャンネル「斉藤代表ぶら下がり会見」2025年11月25日)
と述べた。
政府与党側の仕組みを熟知している公明党は、この「質問主意書」に閣議決定を経た「答弁書」を出させることで、首相と政府統一見解のあいだの〝揺らぎ〟を払しょくし、高市政権が従来の日本政府の見解と「完全に一致」している旨の公式見解を、あえて国内外に鮮明にした。
むろん、アクセル全開の自維連立政権に自ら歯止めをかけさせる意図もあっただろう。しかし、党利党略を捨てて、国民の命と暮らしを守り、地域の平和と安定を勝ち得るために、高市政権に〝助け舟〟を出したのである。
11月26日の党首討論(国家基本政策委員会合同審査会)で、立憲民主党の野田佳彦代表は、公明党が出した「質問主意書」に対する政府の「答弁書」に言及した。
公明党の斉藤代表の「質問主意書」に対して閣議決定をされた文書、読ませていただきました。私はあの答弁、そして今、基本的な政府見解、あらためて確認をさせていただきましたけれども、それをですね、私はやはりこれからも、繰り返し、繰り返し、繰り返し、総理を先頭に説明をしていかなければいけないだろうなと思います。
ここから一線を越えることがないようにしていただきたい。ちょっと今、越えそうな感じがあったんで心配でありましたけれども、それを越えることがないように、繰り返し、繰り返し、それは重層的にさまざまなレベルで説明をしていただきたいということ、これは〝要請〟をさせていただきたいという風に思います。
(党首討論「衆議院インターネット審議中継」2025年11月26日 ※34分20秒から)
ある意味で異例ではあるが、公党の代表が党首討論の場で、他党の代表が提出した「質問主意書」と、それに対する日本政府の「答弁書」が持つ意味の重さと価値について言及したのである。
公明党がつくった「非核三原則」
公明党が提出したもう1つの質問主意書。すなわち「非核三原則に関する質問主意書」である。
高市首相は、日本の「国是」である「非核三原則」(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)の見直しに着手したと報じられている。
高市早苗政権は、国家安全保障戦略など安保関連3文書の来年末までの改定に際し、「非核三原則」の見直しについても議論する方向で検討に入った。複数の政府関係者が14日、明らかにした。核兵器を「持ち込ませず」の概念が、米国の核抑止力の実効性を低下させかねないとの判断からで、実現すれば安保政策の大転換となる。
政権幹部は14日、周囲に「非核三原則の見直しは高市首相の持論だ。まずは与党で議論してもらう」と述べた。(『産経新聞』11月14日)
国是である「非核三原則」の成立には、公明党が決定的な役割を果たしている。
この「非核三原則」という言葉が国会議事録にはじめて登場するのは、1967年12月の衆議院本会議での公明党の代表質問だ。米国施政下にあった小笠原諸島の返還にあたり、公明党は「非核三原則」を明確にするよう政府にただした。
沖縄返還を目前にして「沖縄国会」と呼ばれた1971年11月の衆議院特別委員会で、自民党は「非核三原則」を含まない返還協定を強行採決した。
社会党と共産党はこれに反発して本会議を欠席する戦術に出たが、そのままでは自民党案が単独過半数で成立してしまう。公明党は不備欠陥の多い協定案に反対の立場をとりつつ自民党との合意形成に努め、核兵器の撤去、再持ち込みの拒否、米軍基地縮小についての国会決議を提唱した。
その結果、自民党が大きく譲歩して返還協定の付帯決議に「非核三原則」を盛り込んだ決議となった。ちなみに日本共産党はこの国会決議をボイコットしている。
半世紀余が経ち、核兵器禁止条約が国連で採択され、戦後80年を前に2024年には日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞した。
核廃絶は公明党の〝1丁目1番地〟であり、少なくとも国会決議されて半世紀以上守られてきた「国是」を、与党だけで変更してよいはずがない。
公明党の質問主意書は以下のとおり。
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非核三原則に関する質問主意書
一 日本国は、今日まで「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を国是として堅持してきた。この非核三原則が、日本、周辺国の平和と安定に果たしてきた役割について、どのように考えているか。
二 令和六年十二月三日の衆議院本会議において、石破茂前総理大臣は、非核三原則について「政策上の方針として堅持いたしており、これを見直すような考えはございません」と答弁されているが、この方針に変更はあるのか。
三 安全保障環境の変化を踏まえ、安保三文書の改定が想定されているが、その中で、この非核三原則の方針を変更する考えはあるのか。
四 日本は唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約の締約国会合や再検討会議へのオブザーバー参加をすべきと考えるが如何か。
五 核兵器のない世界を目指すという目標において、非核三原則の堅持と核兵器禁止条約への対応という二つの方向性を、今後どのように具体的に両立させていく方針なのか。高市内閣の明確な見解を示されたい。
右質問する。
歯切れの悪い「非核三原則」答弁書
これにも25日朝、同じく閣議決定を経た「答弁書」が「内閣総理大臣 高市早苗」名で提出された。
「衆議院議員斉藤鉄夫君提出非核三原則に関する質問に対する答弁書」←クリックすると表示されます
衆議院議員斉藤鉄夫君提出非核三原則に関する質問に対する答弁書
一について
お尋ねの「非核三原則が、日本、周辺国の平和と安定に果たしてきた役割」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、例えば、令和四年四月二十日の衆議院外務委員会において、林外務大臣(当時)が「非核三原則でございますが、唯一の戦争被爆国としての我が国の立場を踏まえまして、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずとの点を歴代内閣が政策として明らかにしたものでございます。」と答弁しているところ、いずれにせよ、我が国は、戦後一貫して、平和国家として歩み、憲法の基本原則の一つである平和主義の理念の下で、我が国及び国際社会の平和及び安全のために最善を尽くしてきており、こうした立場に変わりはない。二及び三について
高市内閣としては、令和七年十一月十一日の衆議院予算委員会において、高市内閣総理大臣が「現段階で、政府としては非核三原則を政策上の方針として堅持しております。」、「戦略三文書の見直しについては、指示をしたところでございます。これから作業が始まります。今、断言する、これはこのような書きぶりになるということを私の方から申し上げるような段階ではございません。」と答弁しているとおりである。四についてお尋ねについては、令和七年十一月五日の衆議院本会議において、高市内閣総理大臣が「核兵器禁止条約へのオブザーバー参加につきましては、国際社会の情勢を見極めつつ、我が国の安全保障の確保と核軍縮の実質的な進展のために何が真に効果的かという観点から慎重に検討する必要があると考えます。」と答弁しているとおりである。
五について
お尋ねの「二つの方向性を、今後どのように具体的に両立させていく方針なのか」の意味するところが必ずしも明らかではないが、非核三原則については一について並びに二及び三についてで、お尋ねの「核兵器禁止条約への対応」については四についてでそれぞれ述べたとおりである。
この「非核三原則」に関する高市内閣の「答弁書」は、きわめて歯切れが悪い。「見直す方針はない」と明言した石破内閣の方針との整合性についても明言せず、「現段階では堅持している」としながらも「見直しを指示した」ことを認めている。
公明党が「存立危機事態に関する質問主意書」と「非核三原則に関する質問主意書」を同時に出したのは、これらが日本の安全保障政策の根幹にかかわる――国民の命と暮らしにかかわる――重大問題だからだ。
述べてきたように、「存立危機事態」をめぐる11月7日の首相の答弁は、とりわけ中国からすれば「核心中の核心」である「国内問題」に対して、自衛隊の最高指揮官である日本の首相が中国への武力攻撃の条件になり得ると発言したように映っている。
しかも同じタイミングで「非核三原則」の見直しまで公言するとなれば、きわめて挑発的で危険な方針になる。
これは中国にとってばかりではない。米国にとっても、自分たちが表明していない事柄を同盟国の首相や政府が公言することは、東アジアに緊張をもたらすものになる。
米国は中国とバチバチやり合いながらも、常に意思疎通を欠かさない。仮に米中関係が大きく好転し、また台湾で政権交代が起きて親中的な政権が誕生した場合、日本はハシゴを外された形になる。
「前のめりに見直してはならない」
11月26日の党首討論には、先月まで連立のパートナーであった公明党の斉藤鉄夫代表も質問に立った。
この場で、斉藤代表はこの「非核三原則」について、重ねて高市首相の見解を求めた。
高市総理は、米国の拡大抑止と、日本の非核三原則は「論理的に矛盾する」と、著書でお述べになっておられます。そして日本政府では、非核三原則の見直し、また国家安全保障戦略から削除するというようなことが検討されているやにうかがいます。
それは昨日の私の質問主意書への答弁からもうかがえます。
しかし「それでいいんでしょうか」ということを今日おうかがいしたい。
(中略)
総理は、守るべきは非核3原則なのか、国民の命かと、このようにおっしゃっておりますけれども、私は、それはあまりに拡大や抑止論に傾いた、ちょっと日本の総理としてはアンバランスな姿勢を感じます。
私は、国民の命を守るための非核三原則だと、このように思う次第です。
(斉藤代表の発言/2025年11月26日「高市総理 初の党首討論」TBS NEWS DIG)
これに対し、高市首相は「まず、非核三原則を政策上の方針としては堅持をしております」とし、
その上で「持ち込ませず」につきましては、2010年当時の民主党政権時代でしたが、岡田外務大臣の答弁を引き継いでおります。つまり緊急事態が発生し、核の一時寄港ということを認めないと、日本の安全が守れないというような事態が発生したとすれば、その時の政権が政権の命運をかけて決断し、国民に説明するという、御答弁でございました。
今後ですね、戦略三文書の見直しに向けた作業が始まりますが、明示的に非核三原則の見直しを指示したという事実はございません。(同/高市総理)
と、民主党政権が「緊急事態には、政権の命運をかけて核の一時寄港を認める」とした政策を今日まで引き継いでいるという弁明をした。これは、11月7日の岡田氏の質問が結果的に自分を追い込んだことへの意趣返しもあったのだろうか。
しかし、斉藤代表は穏やかな口調で冷静にその点に反論をした。
先ほどの岡田答弁、これを以後の総理大臣も継承しているということでございますけれども、当時、これはあくまでも非核三原則は堅持すると、そういう立場の上で、究極的な有事の際に、その時の政府が命運をかけて判断するということでございまして、非核三原則を見直すということではありません。
だから、平時に前のめりに、この非核三原則を見直すということがあってはならないと、このように思います。
そしてこの非核三原則を初めて訴えて、国会決議まで持っていったのは、野党時代の公明党でございます。これはあくまでも、国会決議でございます。
ですので、いわゆる閣議決定、政府と与党だけで決めていいというものではないと思います。これらの見直しがあるならば、あくまでも国会でしっかり議論をして、国会の議決を経るべきだと、このように思いますけれども、いかがでしょうか。(同/斉藤代表)
斉藤代表の主張は、至極まっとうである。高市首相はトーンを変え、「日本は唯一の戦争被爆国でございます。私も核不拡散条約、これを非常に重視いたしております」と慎重に答弁した。
そして、
このNPT(=核不拡散条約)体制のもとでですね、これ以上核が拡散しないように、そのための誠実な努力を日本は続けていかなければならないと考えるものでございます。
先ほどの岡田元外務大臣による答弁でございますが、ぎりぎりの決断ということで、そういうことが、万が一そういう事態が起こったらということの中での答弁であられたと思います。
今後しっかりと、現実的な対応も含めて、そしてやはり日本がですね、唯一の戦争被爆国としてこれまで国際社会の平和と安定に、ものすごく貢献してきたということも多くの国が知っていることでございますので。それらを総合的に検討しながら、次の戦略三文書の策定も、細心の注意をもって作ってまいりたいと思っております。(同/高市総理)
と語った。
安倍氏のようなバランス感覚を望む
高市総裁が率いる自民党執行部は、派手に〝右旋回〟を匂わせることで、国民民主党や参政党に流れた岩盤保守層の票を取り込もうとしている。
〝連立〟を組む日本維新の会は、奇妙なことに支持層の意識はきわめてリベラル的なものが目立つのに、一方で2012年の国政進出当時から政治家の側はナショナリズムに傾倒し、保守というよりも〝極右〟の顔がしばしばあらわれる。
女性として初めて「ガラスの天井」を突き破って首相の座を獲得した高市首相は、若年層を中心に高い支持率を維持している。多くの国民からすれば明るいキャラで親しみも覚えるのだろう。
若くして自民党幹事長などを歴任し、党内や他党の交渉を経験していた安倍晋三元首相は、タカ派的で華やかな政治家を演じながらも、党内人事にもバランスをとり、連立パートナーであった公明党の主張に配慮を欠かさなかった。
高市氏には、日本の国益のためにも1日も長く政権を維持してほしいと筆者は思っている。
ただ、支持率の高さに甘んじて、官僚や他党とのコミュニケーションを欠き、無用な外交問題まで引き起こすようでは、早晩、行き詰ってしまうだろうと心配する。
政権発足後、為替市場では「高市円安」と呼ばれる現象が起き、円安が一段と進行した。 政権発足時(10月21日)は1ドル151円台で推移していたが、11月下旬には一時1ドル157円台を記録するほど円安が加速した。
11月に発表された20兆円を超える大型経済対策は、短期的な景気刺激策として期待される一方で、財源確保や財政健全化への道筋が見えないことから、長期的な財政リスクとして市場から警戒されている。
総じて、高市政権発足後1カ月間の市場の反応は、新政権の経済政策に対する期待よりも、むしろ財政悪化と円安進行という形で「日本の信用は下降している」ことを示しているといえるだろう。
円安は物価の高騰をさらに加速させ、国民の暮らしを圧迫している。
メディアは首相のバッグやペンの人気をもてはやすばかりでなく、冷静に政権の政策についての国民の関心と議論を喚起するべきだ。
あの「民主党政権」も、政権交代の熱狂に包まれて高い支持率でスタートしたが、官僚や野党とのコミュニケーション不全で失敗に終わった。
連立に区切りをつけて野党となった公明党とも、少なくない自民党議員や支持者は個別の信頼関係を構築している。
あまり「前のめり」にならず、いい意味で、かつての「友党」に協力や助言を求め、またその言葉には真摯に耳を傾けてほしいと願う。
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公明党、次への展望(前編)――時代の変化に応じた刷新を願う
公明党、次への展望(後編)――党創立者が願ったこと
自公連立25年の節目――「政治改革」もたらした公明党
公明、「平和創出ビジョン」策定へ――戦後80年となる2025年
なぜ公明党が信頼されるのか――圧倒的な政策実現力
都でパートナーシップ制度が開始――「結婚の平等」へ一歩前進
G7サミット広島開催へ――公明党の緊急提言が実現
核兵器不使用へ公明党の本気――首相へ緊急提言を渡す
「非核三原則」と公明党――「核共有」議論をけん制
ワクチンの円滑な接種へ――公明党が果たしてきた役割
「政教分離」「政教一致批判」関連:
公明党と「政教分離」――〝憲法違反〟と考えている人へ
「政治と宗教」危うい言説――立憲主義とは何か
「政教分離」の正しい理解なくしては、人権社会の成熟もない(弁護士 竹内重年)
今こそ問われる 政教分離の本来のあり方(京都大学名誉教授 大石眞)
宗教への偏狭な制約は、憲法の趣旨に合致せず(政治評論家 森田実)
旧統一教会問題を考える(上)――ミスリードしてはならない
旧統一教会問題を考える(下)――党利党略に利用する人々





