公明党の「平和創出ビジョン」――2035年までを射程とした提言

ライター
松田 明

17分野に及ぶ包括的な提言

 5月9日、公明党の斉藤鉄夫代表が国会内で記者会見し、「平和創出ビジョン」を発表した。
 これは2025年が「戦後80年」の節目に当たることから、同党の平和創出ビジョン策定委員会(委員長=谷合正明・参議院会長)がまとめたもの。
 3つの視点から17の分野において包括的な提言をおこなうもので、概要は以下のようになっている。

Ⅰ 平和の基礎づくり
  ①北東アジア安全保障対話・協力機構
  ②核廃絶
  ③AI
  ④国連改革
  ⑤海洋秩序
Ⅱ 現実への行動
  ⑥復旧・復興
  ⑦気候変動
  ⑧SDGS
  ⑨司法外交
  ⑩人権
  ⑪遺骨収集
  ⑫平和拠点の沖縄
Ⅲ ソフトパワーの強化
  ⑬教育
  ⑭文化芸術・スポーツ
  ⑮女性
  ⑯若者
  ⑰地方発
「公明党 平和創出ビジョン~対立を超えた協調へ~」2025年5月9日

 これは2024年8月6日、広島平和記念公園での平和祈念式典に参列した同党の山口那津男代表(当時)が記者会見で策定を発表していた。
 このとき山口氏は、次のように語っている。

今の時代に求められる平和創出ビジョンを策定し、平和創出の取り組みを積極的に展開したい。対話と協調により、分断と対立を乗り越える日本の役割を推し進める原動力になりたい。(『公明新聞』8月7日

 策定に当たっては、外交関係者、若者団体、NGO、学術界など多様な人々との対話をおこなったという。また、広島、長崎、沖縄など公明党の都道府県本部とも連携し、地方自治体の平和への取り組みや、公明党の政策立案アンケート「We connect」に寄せられた声も反映したという。

中核は「対話・協力機構」の創設

 2025年は「戦後80年」と同時に「被爆80年」「国連創設80年」にもあたる。
「平和創出ビジョン」は副題として「対立を超えた協調へ」を掲げた。全体として17の「提言」から構成されるが、その中核として「北東アジア安全保障対話・協力機構」の創設を置き、「核廃絶」「AI」とともに重点課題としている。

 また、「平和創出ビジョン」は2025年から2035年までの10年間を射程としている。
 この期間中、2030年にはSDGs(持続可能な開発目標)達成のゴールを迎え、同年は日本がG7(先進7か国)の議長国に就任する予定となっている。
 2032年には、国連安保理非常任理事国選挙への日本の挑戦が予定されており、2035年は「戦後90年」の節目となる。
 記者会見では触れられなかったが、2030年は公明党の支持母体である創価学会が創立100周年の節目を迎える。

 今回、公明党が「平和創出ビジョン」の中核に据えたのは「北東アジア安全保障対話・協力機構」の創設。
 背景には、言うまでもなく日本を取り巻く北東アジア地域の安全保障環境が厳しさを増している現状がある。
 この地域で日本は、ロシア・北朝鮮・中国という核保有国と近接している。また、米国の世界戦略にとっても、この地域は「インド・太平洋地域」の要衝であり、在日米軍・在韓米軍をベースに太平洋艦隊がロシア・北朝鮮・中国の軍事力と対峙している。

 公明党は、こうした北東アジアの安全保障環境下での紛争を未然に防ぐため、対立国を含む多国間の対話による信頼醸成が不可欠であると考えている。
 このため、OSCE(欧州安全保障協力機構)を参考にして、北東アジアにおける安全保障対話・協力機構の創設に向けた議論を従前から深めてきた。

 OSCEは、北米、欧州(ロシア、ウクライナを含む)、中央アジアの57か国が参加する世界最大の地域安全保障機構。
 1975年のヘルシンキ最終議定書を起源とし、1995年に常設機構化された。冷戦下では東西対話を促進し、軍事的透明性を上げる信頼醸成措置や安全保障対話の制度化、紛争予防や危機管理、復興支援などを通じて機能してきた。
 NATOとは異なり軍事力を持たず、対話による「ソフトパワー」で活動し、ウィーンに常設事務局と参加国の常駐代表部を置く。
 現在も、「隔週」で大使級の実務者が集まって協議しており、ロシアも継続して参加しているため、ウクライナの停戦監視や和平支援での役割が期待されている。

 4月14日に公明党平和創出ビジョン策定委員会にオンラインで講演した中満泉・国連事務次長(軍縮担当上級代表)も指摘していたように、冷戦期の東西対立時には信頼醸成措置が存在したが、現在のアジアには包括的な常設の安全保障協力機関がない。
 ASEAN地域フォーラムなど地域的な枠組みはあるが、常設ではなく、紛争調停機能も十分ではない。特に北東アジアでは、対話に基づく常設の信頼醸成機関が不可欠となっている。

党創立者が「提言」で示した道筋

 公明党が提唱する「北東アジア安全保障対話・協力機構」は、まず対象国としては少なくとも、2003年から2007年までの六者協議に参加した日本、米国、韓国、中国、ロシア、北朝鮮を含めることを想定している。

 第一段階として、「災害対策」や「気候変動対策」などの共通課題をテーマに議論を開始し、協力を深めて信頼醸成を図る。
 この分野で国際会議を開催するなど、日本がリーダーシップを発揮し、この構想を戦略的に推進する。
 将来的には、OSCEのような常設の国際機関への発展を目指し、その場合、事務局を日本に設置することも検討するとしている。

 かつて民主党政権時代には、日中間が〝国交正常化以来で最悪〟と言われるほど冷え込んだ。中国各地で日系企業やデパートなどが暴徒によって焼き討ちされた。
 その暗雲が垂れ込めていた2013年1月、公明党創立者でもある池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長は、第38回SGIの日記念提言「2030年へ平和と共生の大潮流」を発表。

 このなかで池田SGI会長は、「状況が厳しければ厳しいほど、胸襟を開いて話し合うことが大切ではないでしょうか」と訴え、日中首脳会談の定期開催の制度化を提案した。
 この際、会長が例に挙げたのが、1963年に発効したフランスとドイツのあいだの「エリゼ条約」だった。両国首脳間が年2回、外務・国防・教育の閣僚が年4回の定期協議を開くというもの。
 第二次世界大戦で戦火を交えたフランスとドイツが、今やEUの中心として連携している。

 あわせて会長は、日中間の新しいパートナーシップ関係構築への具体策として、「東アジア環境協力機構」の設置も提唱した。会長は、環境問題の改善は「両方のプラス」になることを挙げている。
 いきなり安全保障に踏み込むのではなく、まずは環境問題など「両方のプラス」になる共通課題への取り組みから信頼の醸成を図り、対話のチャンネルを強固に安定させていく。

 災害対策や気候変動問題などから議論を始めていくとする公明党の提案は、こうした党創立者の提言にも根差したものだろう。
 同時に、公明党の「平和創出ビジョン」は机上の論ではなく、結党以来60年超の同党の理念、平和外交の実績、政党外交による国際協調、広島・長崎・沖縄をはじめとする戦争体験の継承など、同党の長年の〝実績〟〝行動〟に裏打ちされたものになっている。
 残念ながら他党では、これに比肩できるビジョンを打ち出すことはできないのではないか。

豊かな「デジタルの森」を

 さて、ここからは公明党への提案である。
 今回の「平和創出ビジョン」については、既に(全文) (要旨) (概要英文)の3つのPDFが用意されている。
 ただし、このビジョンが向こう10年間を射程に入れたものであることを考えると、わかりやすさ(視認のしやすさ)とあわせて、このビジョンに示された17分野における今後の諸活動や成果を逐次、可視化していけるようにしてほしい。

 このビジョンに基づく(あるいは関連する)会議や会談の実施状況、関連条約や法規の発効、国内政策、国内外の有識者らの講演の記録、国内外の関連出版物の紹介、大学・学術機関との連携、NGOや若者団体、多様な宗教団体との協同など、これから展開するさまざまな動きを、その都度アップデートして、このビジョンがどのように生かされていくのかがわかるものが望ましいと思う。

 デジタル技術を使ったアーカイブとしては、たとえば戦後70年の2015年に朝日新聞社が制作した「ビジュアル年表 写真と映像で振り返る戦後70年」や、同じく沖縄戦終結70年の節目に首都大学東京・渡邉英徳研究室、沖縄タイムス社、GIS沖縄研究室が共同制作した沖縄戦を次世代に伝えるデジタル・アーカイブ「戦世からぬ伝言」などがある。

デジタルアーカイブ:
◯「ビジュアル年表 写真と映像で振り返る戦後70年」(朝日新聞デジタル)
◯「沖縄戦デジタルアーカイブ『戦世からぬ伝言』」(沖縄タイムスプラス)

 公明党の「平和創出ビジョン」も、とくに若い世代が東アジアの平和創出に関心を持ち、なおかつ実際の政治がどのように多元的な施策をリードし、多様な民意が政治を動かしていけるのかを実感できることが重要だと思われる。
 そのためにも、まずは見たくなるような質の高いデジタルで全体の視認性を高めてほしい。
 今は二次元の地図のようなビジョンに、やがてさまざまな動画や記事のアーカイブが紐づき、次世代の人々が希望と意欲を感じられるような〝豊かなデジタルの森〟になっていけばと願う次第である。

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まつだ・あきら●ライター。都内の編集プロダクションに勤務。2015年から、「WEB第三文明」で政治関係のコラムを不定期に執筆。著書に、『日本の政治、次への課題』(第三文明社)がある。