安保関連3文書が決定(上)――その意義と方向性

ライター
松田 明

「国際協調」「専守防衛」に徹する

 2022年12月16日、政府は臨時閣議で安全保障3文書の改定を決定した。
 3文書とは、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」。このうち「国家安全保障戦略」は国家安全保障に関する最上位のもので、外交政策及び防衛政策に関する基本方針を定める文書である。
「国家防衛戦略」はこれまでの「防衛計画の大綱」に替わるもので、およそ10年先の日本の防衛目標を定め、それを達成するためのアプローチと手段を示す。「防衛力整備計画」は、そのために必要な政策や装備調達を定めたもの。「中期防衛力整備計画」から改称したもので、中期防では5年だった時間軸がおよそ10年に変更された。
 日本の安全保障の基軸は日米同盟であることから、米国と整合性をとるために「戦略」と「計画」に立て分け、3文書で100ページを超えるものとなっている。
 2021年末以来、18回に及ぶ国家安全保障会議4大臣会合を重ね、与党の実務者ワーキングチームで15回の議論を積み上げてきた。
 ただ、実際には2014年1月に創設された国家安全保障局を中心に、前回の策定(2013年12月)から約9年の歳月をかけて緻密に議論してきたものが土台になっている。日本の安全保障の戦略体系と防衛計画が、論理の一貫性をもって策定されたといえる。
 安全保障の専門家からは「溜まった宿題をほぼ一つ残らず丁寧に拾って、巧みなバランス感覚で見事に解き切った感がある。文書の策定にかかわった全ての関係者に素直に敬意を表したい」(森聡・慶応大学教授)、「これは素晴らしい出来。日本でここまでのものが出来るとは。正直驚きました」「策定チームに心からの敬意を表します」(高橋杉雄・防衛研究所防衛政策研究室長)といった高い評価が寄せられている。
「国家安全保障戦略」では、「我が国の安全保障に関する基本的な原則」として、

①国際協調を旨とする積極的平和主義を維持。
②世界的に最も成熟し安定した先進民主主義国の一つとして、普遍的価値・原則の維持・擁護を各国と協力する形で実現。
③平和国家として専守防衛に徹し、軍事大国とならず、非核三原則を堅持。
④日米同盟は我が国の安全保障の基軸。
⑤他国との共存共栄、同志国との連携、多国間の協力。

が明記されている。

「平和国家」であるための手立て

 メディアや各党はどう受け止めているか。
 日本経済新聞は社説で、インド太平洋地域でも一方的な現状変更のリスクが高まっていることに触れ、

この環境で国を守り、引き続き憲法9条に基づく「平和国家」として末永く繁栄を享受するために新たな手立てが必要だ。
政府が閣議決定した国家安全保障戦略など防衛3文書はその答えになり得る。(
『日本経済新聞』12月17日「社説」

と評価。読売と産経も、

脅威の高まりを受けて、安全保障政策を全面的に見直し、防衛力を強化するのは妥当だ。(『読売新聞』12月17日「社説」

平和を守る抑止力を格段に向上させる歴史的な決定を歓迎したい。(『産経新聞』12月17日「主張」

と肯定的に評価している。
 野党でも日本維新の会と国民民主党は、「反撃能力」も含め基本的に高く評価した。
 立憲民主党は最大野党であるにもかかわらず、あいかわらず党内の議論がまとまらない。同党のサイトによると、記者団の質問に答えた泉代表は「本当に岸田総理の暴走」「強く抗議したい」などと語ったものの、「立憲民主党としても、日本にふさわしい防衛力は身につけたいと思う」と返答。「党内でどんな議論を積み重ねて、国民に見せていきたいか」との問いには、「国民に見せる見せないではなく、真摯な議論を積み重ねていく」と、党内議論を表に出せない複雑な事情をにじませた(「立憲民主党HP」12月16日)。
 日本共産党や一部メディアは早速、「専守防衛を逸脱」「憲法違反」「先制攻撃を可能にして軍事衝突のリスクを上げる」といった批判を展開している。平和安全法制を「戦争法」と呼んで不安を煽りたてた2014年のときと同じだ。

脅威を顕在化させないことが主眼

 リンクを貼っておいたので、不安に思う人、関心のある人は、自分の目でそれぞれの文書をきちんと読むべきだと思う。
 まず「国家安全保障戦略」では冒頭に、「国際関係において対立と協力の様相が複雑に絡み合う時代」との時代認識を示している。
 周知のように、国際社会の平和と安全を維持すべき責任を負った安保理常任理事国のロシアが、武力による他国への侵略という戦後の国際秩序を覆す暴挙に出た。前回策定の2013年には想像もつかなかったことだ。
 北朝鮮は核開発を着々と進めながら異常な数のミサイル発射を繰り返している。12月11日放送の「NHKスペシャル」は、さまざまな専門家の証言をあわせて、同国のミサイル開発が既に「実験」から「配備」の段階に移行している現状を伝えた。
 中国もまた高い水準で国防費を増加させ不透明な状況で核・ミサイル戦略を含む軍事力を急速に増大している。また中国はロシアとの戦略的な連携を強めて国際秩序への挑戦を強めている。
 日本にとっては欧州で侵略戦争を継続しているロシアが隣国であり、核実験とミサイル発射を繰り返す北朝鮮が間近にあり、中国が尖閣周辺での領海・領空侵犯を含め東シナ海・南シナ海での力による一方的な現状変更の試みを繰り返している事実がある。
 地球全体から見ても、このロシア・北朝鮮・中国の3国と向き合っている日本の状況は特異なものだ。今回の3文書の主眼は、極度に不安定化する日本周辺の地域において、とりわけ2027年までの今後5年間に〝こうした脅威を顕在化させないこと〟にある。

中国との関係強化・協力

 一部の人々の脳内では、米国は戦争を欲しており、日本が米国の言いなりに軍拡路線を進んで「戦争のできる国」へと変貌しているという陰謀論的なストーリーができあがっているようだ。
 しかし、米国にとっても日本にとっても中国は最重要の貿易相手国だ。だからこそ、いかにして脅威の顕在化を防いで不安定要因を排除し、衝突を避け、価値観の異なる双方の国家のあいだに対話と協力の橋を架けるかが日米共通の目標となっている。
 国際社会から孤立していた昭和初期の時代と異なり、今の日本は米国やその同盟国と緊密に連携しながら国際秩序の形成と維持に関わっている。話を単純化して当時に重ね、防衛力の強化を「軍拡」と見なすべきではない。
「国家安全保障戦略」では、

 中国の急速な軍事力の強化及び軍事活動の拡大に関しては、透明性等を向上させるとともに、国際的な軍備管理・軍縮等の努力に建設的な協力を行うよう同盟国・同志国等と連携し、強く働きかける。そして、日中間の信頼の醸成のため、中国との安全保障面における意思疎通を強化する。加えて、中国との間における不測の事態の発生を回避・防止するための枠組みの構築を含む日中間の取組を進める。
 同時に、経済、人的交流等の分野において日中双方の利益となる形での協力は可能であり、我が国経済の発展と経済安全保障に資する形で、中国との適切な経済関係を構築しつつ、両国の人的交流を再活性化していく。また、同盟国・同志国や国際機関等と連携し、中国が、国際的なルール・基準を遵守し、自国の透明性と予見可能性を高め、地球規模課題等について協力すべきは協力しつつ、その国際的な影響力にふさわしい責任ある建設的な役割を果たすように促す。(太字強調は筆者)

と記し、中国との関係強化、協力をはっきりと志向している。

「外交」を最優先に明記

 さらに「国家安全保障戦略」では、「気候変動問題や感染症危機を始め、国境を越えて各国が協力して対応すべき諸課題も同時に生起」していることを指摘している。
 文書では「我が国が優先する戦略的アプローチ」として「外交力」を第1に掲げている。あくまでも「外交」を最優先とし、脅威の出現を未然に防ぐことをめざしているのだ。一部の人々が言うような「防衛より外交が大事」という批判はあたらない。
 民主党政権時代に〝国交正常化以来で最悪〟となった日中関係を、自公政権は忍耐強く回復し挽回させた。譲れないものは譲れないとしつつも、両国間では首脳会談をはじめ、さまざまなレベルとチャンネルで対話が継続している。
 米国もまた日本に対して中国との対話の深化を求めている。米国自身が中国との対話を継続しているからだ。かつての冷戦時代のような単純な対立の構図ではなく、毅然として対峙しながらも国際協調を深化させるという時代なのだ。

 日中両国は、地域と国際社会の平和と繁栄にとって、共に重要な責任を有する。我が国は、中国との間で、様々なレベルの意思疎通を通じて、主張すべきは主張し、責任ある行動を求めつつ、諸懸案も含め対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力をしていくとの「建設的かつ安定的な関係」を構築していく。このことは、インド太平洋地域を含む国際社会の平和と安定にとって不可欠である。(「国家安全保障戦略」

 日本が安全保障戦略として明確に、中国との「建設的かつ安定的な関係」の構築を掲げていることを見落としてはならない。
 文書では北朝鮮を「脅威」と記す一方で、ロシアはインド太平洋地域に関しては「安全保障上の強い懸念」という表現に限定。中国についても「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と記すにとどめた。
 今回の3文書が、中国の不透明な軍事拡大や一方的な現状変更の試みに強い懸念を示す一方で、敵対関係にならないよう慎重に配慮できた背景には、与党ワーキングチームの公明党の実務者がギリギリまで粘り強い協議をあきらめなかったことがあった。
 なお毎日新聞が12月17、18日に実施した世論調査では、防衛費を大幅に増やす政府の方針については、「賛成」が48%で、「反対」の41%を上回った。また、相手国のミサイル発射拠点などをたたく反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を決めたことについては、「賛成」が59%で、「反対」が27%だった。

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