集団的自衛権と公明党を問う(1) 「閣議決定」での勝者は誰か?

ライター
青山樹人

公明党は寝返ったのか?

 さる7月1日、政府は臨時閣議を開き「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する閣議決定をおこなった。
 朝日新聞は翌2日の紙面で、「政府、集団的自衛権行使へ閣議決定 憲法解釈を変更」と題し、

安倍内閣は1日夕の臨時閣議で、他国への攻撃に自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を認めるために、憲法解釈を変える閣議決定をした。(中略)直接攻撃されていなくても他国の戦争に加わることができる国に大きく転換した日となった。(『朝日新聞』7月2日付)

という記事を掲載した。同日の社説は「集団的自衛権の容認 この暴挙を越えて」と題するものだ。
 一方、かねてから集団的自衛権行使容認の論陣を張ってきた産経新聞は、2日の「主張」で、

政府が集団的自衛権の行使を容認するための憲法解釈変更を閣議決定した。日米同盟の絆を強め、抑止力が十分働くようにする。そのことにより、日本の平和と安全を確保する決意を示したものでもある。(『産経新聞』7月2日付)

と、諸手を挙げて賛同する論を載せた。全国紙、地方紙の反応は、産経と読売と日経が閣議決定を評価した以外は、ほぼ揃って〝集団的自衛権行使容認への重大な変更〟だとして非難や疑念を伝えている。
 また、集団的自衛権行使容認に強く反対する学識者らで設立した「立憲デモクラシーの会」や、伊藤真、小林節、阪田雅裕、大森政輔、孫崎享、伊勢崎賢治の各氏らが結成した「国民安保法制懇」なども、閣議決定を厳しく非難する声明を出した。
 それら閣議決定を非難するメディア・識者の論調の多くは、性急にこれを通した安倍首相や自民党だけでなく、むしろ最終的にこの閣議決定を了とした公明党に対し、より一層の失望の念と非難を語ったように思われる。
 公明党はあれほど集団的自衛権行使に慎重な姿勢を見せながら、最後は見事に寝返ったではないか――と。

「むしろ縛られたのは安倍首相の側」という指摘

 ところがわずかに時間が経過し、より冷静な議論が進むうちに、今回の閣議決定はそもそも本当に、反対派や賛成派が共に口を揃えるような〝集団的自衛権の行使容認〟なのかという根本的な問いが生じつつある。
 慎重に閣議決定の文言を読めば、じつは内容は「集団的自衛権の行使は認められない」とする従来の政府見解と何も変わっていないではないかと。そこに、公明党と法制局の水面下の密かな苦心が見えるのではないかと。
 一番早くにそのことを主張したのは元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏だ。佐藤氏は閣議決定直後の時点で複数のメディアに対し、今回の閣議決定はむしろ集団的自衛権の行使がこれまで以上に難しくなった内容であり、その点で公明党の圧勝だとまで述べている。

結果は「公明党の圧勝」と言ってよい。それは閣議決定の全文を虚心坦懐に読めば分かることだ。(中略)個別的自衛権の枠を超えることが一切ないという枠組みを、安倍首相の「集団的自衛権という言葉を入れたい」というメンツを維持しながら実現したわけで、公明党としては、獲得すべきものは全部獲得したと、私は考えている。(『公明新聞』7月6日付

 首都大学東京都市教養学部准教授の木村草太氏も、同様の指摘をしている。7月19日にビデオニュース・ドットコムに出演した木村氏は、閣議決定で「集団的自衛権」と称されているものの内実が、実際は個別的自衛権と集団的自衛権の重複する領域の事象であり、従来の政府見解を一歩も踏み越えていないことを明快に解き明かした。(ビデオニュース・ドットコム「木村草太氏:国会質問で見えてきた集団的自衛権論争の核心部分」
 詳しくは是非、その模様を視聴してもらいたい。「集団的自衛権容認へ閣議決定がなされた」という前提でいた番組のホストであるジャーナリストの神保哲夫氏や社会学者の宮台真司氏が、途中から〝目から鱗〟状態になって呆然としながらも興奮している様子がわかる。
 木村氏は、この閣議決定の精巧な文案が公明党と内閣法制局によって入念に作られたものであり、むしろこれまで曖昧に解釈されてきた自衛隊の海外派遣にも明確な縛りを与えるものになったことを指摘。国会での法制局長官の答弁には、従来と何ら変わるものではないというシグナルが埋め込まれていることも明かしている。
 多勢に無勢の公明党が〝自民党に押し切られた〟という多くのメディアの見方は誤りで、実際には少なくとも〝1-1〟くらいに持ち込んだのであり、国民はむしろこの「安倍内閣の閣議決定」を錦の御旗にして、今後、安倍首相が勝手な解釈ができないように戦術を変えるべきだと述べている。

「何も変わっていない」と気づき始めた反対派

 先述した「立憲デモクラシーの会」「国民安保法制懇」の双方に名を連ね、閣議決定後には厳しい調子で公明党を非難をしていた慶應大学名誉教授の小林節氏も、途中からそのことに気づいたのか、7月15日付の連載コラムでは次のように率直な心情を綴っている。

これは、一見すると集団的自衛権が解禁されたように見える。しかし、実際問題として、例えば米国が攻撃された場合に、わが国の存立とわが国民の人権が全面的に否定される明白な危険がある…事例など想定し難い。(中略)そういう意味で、私は、あの7月1日の閣議決定によっても「憲法9条は守られた」と言えるので、公明党の主張は正しいのではないか…と思えてきた。(大阪日日新聞「一刀両断」7月15日)

 小林氏と同じく「国民安保法制懇」のメンバーで元内閣法制局長官の阪田雅裕氏も、月刊誌『第三文明』9月号(8月1日発売)のインタビューで、

今回の閣議決定は従来の政府見解と基本的考えは同じ

解釈改憲であるとの報道は当たらない

と説明している。
 また、閣議決定直後には公明党への失望をブログに綴っていた政治評論家の森田実氏も、7月21日付のブログでは次のように述べている。

今回の安倍内閣の集団的自衛権行使容認の閣議決定に至る経過を再調査してみました。閣議決定の内容も改めて検討してみました。その結果、私が出した結論は、山口那津男公明党代表を信じ、山口那津男公明党代表を、自分勝手に支持する、ということです。(「森田実の言わねばならぬ」2014.7.21 <その1>

 小林氏も阪田氏も森田氏も、非常に誠実な勇気ある態度であると思う。
 木村草太氏は先の番組で、なぜ新聞などのマスメディアがこのことに触れないのかという問いに対し、「反対」を唱えてきたメディアは今さらその勢いを撤回できず、「賛成」のメディアは公明党と内閣法制局に〝名を捨てて実を取られた〟と認めるわけにいかないのだろうと述べている。
 いずれにしても、法案審議が始まるのは1年先だ。他国の戦争に加担する集団的自衛権の行使など、断じて容認してはならない。
「閣議決定で集団的自衛権が容認されてしまった」「日本の針路が変わってしまった」とナーバスに高唱し非難することが、むしろ既にルビコンを渡り終えたかのようなぼんやりした既成事実を作る力学としてはたらくようなことがあってはならない。

「集団的自衛権と公明党を問う(2014年)」(全3回):
集団的自衛権と公明党を問う(1) 「閣議決定」での勝者は誰か?
集団的自衛権と公明党を問う(2) 反対派は賢明な戦略に立て
集団的自衛権と公明党を問う(3) 自公連立の意味


あおやま・しげと●東京都在住。雑誌や新聞紙への寄稿を中心に、ライターとして活動中。著書に『宗教は誰のものか』(鳳書院)など。