深い信頼と友情を結ぶために――折伏から対話へ

宗教人類学者
山形孝夫

既成仏教と創価学会の戦い

――「折伏から対話へ」というテーマでお話をお聞かせください。

山形 私が東北大学の学生だったころの話です。私の恩師の日本宗教史講座担当であられた堀一郎先生は、当時世間を騒がせていた「折伏」について、

「それは新しい宗教が旧体制の宗教に論争を挑むための基本的話法です。それに勝利することなしに、新しい価値の創造はないですね。300年かかるか、500年かかるか、価値観の転換とはそのようなものです」

と話されていたことが、今も私の耳の底に残っています。
 そのころ、西欧では、ルドルフ・ブルトマンの提唱する聖書の「非神話化論争」がキリスト教界を揺り動かしていました。その論争の行く末に強い関心を抱いていた私には、第2次大戦後のヨーロッパのキリスト教界のこうした新しい動向と1つに重なって、日本の仏教界を揺り動かしつつあった創価学会の「折伏」について、堀先生にお尋ねしたときの会話であったと思います。

「300年、500年という想像を超える時間、宗教の歴史とは、そのようなものですよ」

と話された先生の声が、今も鮮明に残っています。
 当時日本では、創価学会が折伏によって激しく既成宗教と戦っていました。
 ご承知のように第2次世界大戦中、神道は天皇崇拝と一体化し、ナショナリズム鼓吹(こすい)の先兵として勢いを振るっていました。そうしたなかで仏教界はいったい何をしていたのでしょうか。これが問題です。一方、創価学会は当局から激しい弾圧を受けました。ひとにぎりの人々を除いて、仏教界もキリスト教会界も国家主義に抵抗するための戦略を持ち合わせてはいなかったのです。
 とりわけ、既成仏教は檀家制度のように、国家権力が日本社会を支配するための都合のよい道具として使われていたのです。もちろん、一部の仏教徒やキリスト教徒の激しい抵抗運動も記録に残されています。こうしたなかで、創価学会は指導者の投獄という、今に残る歴史の爪痕を記録にとどめているわけです。これが戦後日本における創価学会の画期的飛躍となった、と私は確信しています。このことは宗教史の証言です。

――日本の宗教史のなかでも大きな出来事だったのですね。

山形 そのとおりです。国家神道を中心とするファシズム、そしてファシズムに対抗できなかった既成宗教は、第2次世界大戦後、悔悟と反省を強いられました。キリスト教も例外ではありませんでした。
 こうした状況で、創価学会の活動が開始されました。それが「折伏」であったのでしょう。折伏とは、辞書を引くと、悪法を屈服させるための方便であり、日蓮による破邪の教化方法――とあります。つまり、相手を異端と見立ててそれを教化・屈服させる方法というか、「話法」なのですね。キリスト教の歴史にも通じることですが、異端論争がまさにそれにあたります。西欧におけるキリスト教誕生の歴史をひもとくと、それが300年ほど続いています。これは血なまぐさい悲惨な歴史です。

「和解と赦し」の平和共同体

山形 ヨーロッパ諸国では、中世から近世に入っても、長きにわたって正統と異端をめぐる衝突が続いてきました。その対立を解消し、キリスト教を1つにまとめることができずに、あちこちに紛争の爪痕を残しています。
 そのような結果として、政治と宗教が相互に介入しあうことを禁止する政教分離の方針が近代国家の指針となり、長い宗教戦争の歴史に幕を閉じることになるわけです。このような政策の結果誕生したのが、EU(欧州連合)です。
 EUが誕生してからというもの、EU加盟国の間には資源をめぐる闘争はなくなりました。EUは1つの経済共同体として、国際平和を目指す共同体に生まれ変わりました。
 このことは、西欧の歴史をとおして、実に画期的なことで、戦争という暴力のない状態が70年以上にわたって続いたことで、一昨年(2012年)ノーベル平和賞の授賞の対象となったことはご存じのとおりですね。こうした平和がいつまで続くのか、それはわかりません。しかし「宗教民族戦争」に一応の終止符が打たれた歴史的事実は極めて重要です。
 このことに関連して、南アフリカの反アパルトヘイト(人種差別撤廃運動)の闘士であったネルソン・マンデラの功績を思い起こしたい。とりわけ、マンデラが唱導した非暴力の原理としての「和解と赦し」の話法です。これによって、長く続いた人種差別の歴史に終止符が打たれたのです。EUと同じく南アフリカにおける白人と黒人の暴力による対立が終わりました。
 国家間においても民族間においても、「折伏」にかわって「対話」が平和と非暴力の原理として定着しつつある。

池田SGI会長とトインビーの対話

山形 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は、西欧における宗教戦争や民族間の暴力の危険性を深く学んでおられるのだと思います。SGIが世界展開する過程で、イスラム教徒やキリスト教徒に対して折伏によって屈伏させるようなやり方をしていません。
 宗教間の差異を無理やり取り払おうとするのではなく、「対話」に根ざした旅を続けてこられたように、私は見てきました。その根底に「対話」が「和解と赦し」として立てられているように思われるからです。そこに「友情」が生まれる。その友情こそを重視されている。
「あなたは××教から改宗しなさい」。そう迫るのではなく、「あなたはイスラム教のままでいいのです」「あなたはキリスト教のままでいいのです」と相手の宗教を認めたうえで、お互いに語り合う。
 異なる宗教の人々とも、友情によって1つに結ばれる。池田SGI会長は世界中を行脚し、キリスト教徒ともユダヤ教徒ともイスラム教徒とも友情を結んできました。こうした対話をダイナミックに展開してこられた。ほとんど奇跡に近い。
 たとえばトインビーとの対話がとりわけ印象的ですが、おニ人は対話をとおして「なるほど」と相互に納得していくわけです。対話を重ねながら、友情を生んでいく。多文化主義と口で言うのはたやすいですが、実践するのはなかなかできないものです。なぜなら、その根底に相互的な「和解と赦し」がなければならないからです。

いかに善悪2元論を超えるか

山形 池田SGI会長は常々「善悪2元論」の危険性を指摘されてますね。たとえば今年(2014年)1月に発表した「SGIの日記念提言」には次のように綴られています。

「テロの脅威や社会の不安への対処とともに、安全保障への配慮が必要だとしても、その底流に善悪2元論的な思想がある限り、かえって恐怖や不信の渦を強めて、社会の亀裂をさらに深めてしまう恐れがあると、言わざるを得ません」

「善悪2元論」とは「自分は正しい。相手は悪だ」といういわば折伏的見方です。たとえば、今もそうですがアメリカはかつて、イランやイラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んで敵視してきました。善悪2元論によって悪魔と決めつけられた以上、相手も戦うほかないわけです。
「対話とは善悪2元論を超える話法である」という考えが根底にある。SGI会長はこれをどこで学んでこられたのでしょうか。そうした対話によって、意見の異なる者同士が共に共通の高みを目指し、信義と信頼に着地できると私は思うのです。そして、それを可能にするのがマンデラのいう真実の「和解と赦し」です。
 信頼する相手であれば、心を開いて、他人には言えないようなことも相談できますし、厳しい意見だって言えます。対話とは、ただ単に一緒に食事をしたり、親しげに話すことを指すのではありません。厳しい折伏から始まって、「和解と赦し」の理解に至る道。そうした深い話法こそ信頼と友情を結ぶ非暴力の道のりである、と私は思います。

<月刊誌『第三文明』2014年7月号より転載>


やまがた・たかお●1932年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部 宗教学・宗教史学科卒業。同大学院博士課程修了。専攻は宗教人類学。東北大学講師、宮城学院女子大学教授、学長を歴任。宮城学院女子大学名誉教授。著書『聖書の起源』『レバノンの白い山 古代地中海の神々』『砂漠の修道院』(日本エッセイスト・クラブ賞を受賞)『死者と生者のラストサパー』『聖母マリア崇拝の謎』『黒い海の記憶 いま、死者の語りを聞くこと』『3.11以後 この絶望の国で』(共著)など多数。