売れる本ばかり追う不況の出版界
「嫌中嫌韓」あるいは「嫌中憎韓」といったフレーズが、出版界でもしばしば耳にされるようになってきている。
いわゆる「嫌中嫌韓本」は、日本の隣国である韓国や中国を非難する内容の書籍のことで、こうした書籍が同時に多くベストセラーに入るようになったことで注目されるようになった。この種の出版物では、両国を揶揄するような見出しも特徴的である。
私の手元にも『呆韓論』『韓国人による恥韓論』といった本が何冊かある。「嫌中嫌韓」ブームは、この1年間で顕著になったとされる現象で、その嚆矢は2005年夏に発刊されシリーズで累計100万部を売った『マンガ嫌韓流』とされている。
隣国を嘲笑し、憎悪することを助長するかのような言論傾向は書籍に限らず、今や夕刊紙から週刊誌まで、幅広い媒体で同様に見ることができる。例えばある夕刊紙で今年3月までの半年間にメインの見出しに「嫌韓」または「嫌中」が登場した割合は、集計すると80%にものぼるという。
突きつめると、売れるから出す、出すから売れるといった1つの循環に、出版界全体が浸かっていることは明らかだ。
あるときは歴史的事実を歪曲してまで韓国や中国を罵り、差別や対立、憎悪感情を煽るかのような出版物であっても、それが実際に売れるとなると、不況の出版界にあっては大きな光明に映るのだろう。
「嫌中嫌韓」ブームの根底にあるのは、
「だれかを攻撃したい。共助の道を模索するより楽だから」「なんとなくスッキリするから」(毎日新聞 2014年7月14日付)
といった安易さに加え、
「(嫌中嫌韓本は)わかりやすいストーリーを組み立て、刺激的に書かれている。そのわかりやすさに読者は安心する」(同)
などといった解説もなされている。
共通するのは、過去の戦争における日本軍の戦争責任をねじまげ、責任を回避することを試みようとする傾向だ。
例えば日本軍による南京虐殺が全く存在しなかったかのような主張や、従軍慰安婦問題の責任を故意に矮小化しようとする試みなど、日本の戦争責任を否定しようとする側面が強い。
これらは一般には「歴史修正主義」といわれるもので、事実関係を意図的にすり替えた主張などが、戦争被害の当事者である韓国・中国の両国民を刺激していることは明白だ。
こうした風潮が強まったのは、安倍晋三首相が「嫌中嫌韓」ブームと類似する歴史観をもち、安倍内閣の性質と親和性が高いことがあげられる。
もともと中韓との近年の外交悪化は、韓国大統領の突然の竹島訪問や、中国船の尖閣諸島周辺における度重なる領海侵犯などが原因となっているものだ。
一方で安倍首相も、過去の戦争と密接な関係をもつ靖国神社を訪問するなど、中韓を刺激する行動をとったことも大きく影響している。
「なだれ現象」を起こしやすい日本人
「嫌中嫌韓」を出版界より先に街頭デモという形で世間にピーアールし始めたのは、在日特権を許さない市民の会(在特会)だった。この会の存在もすでに有名である。
彼らが2009年に京都でおこなったヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)が名誉毀損に問われ、このほど一審に続き、大阪高裁でも多額の賠償を命令する判決が言い渡された(2014年7月8日)。
日本ではヘイトスピーチそのものを禁止する法律がなく、やりたい放題の状態が続いてきたが、この問題に関しては、司法は市民感覚に近い判決を下したといえよう。
日本で言論の自由が認められているからといって、事実的根拠もなく近隣諸国を非難中傷したり、憎悪を煽るような言説が推奨されてよいわけはない。たとえ売れるからといって、そのような風潮を放置すれば、こんどは日本社会が大きなしっぺ返しを受けることになることは過去の歴史が証明している。
明治期の日本において、日露戦争を契機に、戦争賛成と戦争反対で半々に分かれていた新聞各社の社論がすべて戦争協力の紙面に転じたことは有名な史実だ。
戦争に熱狂する市民意識を背景に、戦争反対派の新聞は部数がガタ落ちとなり、結局、正しい主張は何も書けなくなったからだ。当時もいまも、主張の中身よりも売れ行きという経済的側面が凌駕していることを示しているが、歴史家の半藤一利氏は次のように警鐘を鳴らす。
「近代以降の歴史を見ると、どうもこの民族は他の民族よりも強くなだれ現象を起こしている」(『そして、メディアは日本を戦争に導いた』東洋経済新報社)
「私たち日本民族には付和雷同しやすいという弱点がある」(同)
「言いかえれば、集団催眠にかかりやすい」(同)
「私たちはなだれ現象を起こしやすいんだから、なおのこと、何かにつけ自覚的に一度立ち止まって冷静に考え直すという姿勢を持つべきなんです」(同)
過去に戦争を翼賛した新聞メディアと同様に、いま「嫌中嫌韓」を煽るメディアは、売れればいいという単純な理由の前にひれ伏し、メディアの役割を見失っているように思えてならない。我々は「なだれ現象を起こしやすい民族」(半藤氏)だからこそ、こうした風潮を厳に戒めるべきだと思う。
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