ハワイで行った平和講演
1995年7月、笹川良一が96歳で死去。長嶺が「空手の琉球処分」(第11回、第12回参照)に巻き込まれる原因をつくった人物の死は、沖縄空手にとって一つの時代を象徴する出来事だった。
8月には、2年後に沖縄で初めて行なわれる空手の世界大会「沖縄空手・古武道世界大会」の「プレ大会」が開催された。組手の試合で南アフリカの選手が不幸にも死亡する事故が発生した。長嶺は9月15日付の琉球新報に「沖縄空手・古武道プレ大会事故に思う」と題する文章を掲載している。
翌96年、沖縄県空手道連合会はアトランタオリンピックの公式行事として渡米し、仲里周五郎(なかざと・しゅうごろう 1920-2016)を中心に演武を行っている。さらにこの年の10月には最後の開催となった第8回「武芸祭」が開催された。
また12月には、長嶺はハワイの超禅寺から招かれて、「沖縄の空手と世界平和」と題する講演を行っている。
超禅寺はオアフ島の山あいに位置する臨済宗(妙心寺派)の寺院で、剣術家でもあった大森曹玄(おおもり・そうげん 1904-1994)が開いた、剣術、弓道など武術の道場も併設する寺院だった。
12月12日、長嶺は講演を行った際に超禅寺から印可(※1)を受けた。
長嶺一行は13日に、地元の日本語の新聞社「ハワイ報知本社」を訪問。翌日付の『ハワイ報知』には、「空手を通し、禅道の世界へ」「沖縄松林流空手道の長嶺宗家」というタイトルの記事が写真付きで掲載された。記事には、15日にハワイ支部の門下生らが空手の演武会を開催することも告知されていた。
その時の講演内容は、2カ月後の1997年2月11日から15日にかけて、『琉球新報』に5回にわたり掲載された。
そこでは、世界のさまざまな場所で格闘術は発達したが、沖縄で形成された空手には、「空手に先手なし」の思想が育まれた旨を述べ、日本の武士道精神との違いに論及している。
さらに「空手に先手なし」の理念の実践こそ、「真の平和の『いしじ(※2)』であると確信する」と述べ、攻撃の心すなわち先手の心を克服したときに初めて、世界の真の平和がよみがえると主張している。
確かに、先手を出す側がなければ、永久に争いは起きない。
この講演は空手家が行った珍しい内容の講演といえる。中でも沖縄の空手家が沖縄で育まれた思想性を紹介したという点で歴史に残るものだった。さらには長嶺の余生が残り一年を切った最晩年に行われたことも特筆すべきである。
※1「印可」…極意を得た弟子に対して、師から与えられる許可。お墨付き。
※2「いしじ」…「礎(いしずえ)」の沖縄の方言。
90歳で死去
沖縄県立武道館のアリーナが落成した1997年、「沖縄空手・古武道世界大会」が8月に開催され、長嶺は模範演武を行った。このときの王冠(ワンカン、空手の型)が生涯最後の演武となった。
大会前の8月上旬には、沖縄空手界で初の無形文化財保持者が3人選ばれ、長嶺と八木明徳(やぎ・めいとく 1912-2003)の2人がその中に入っていた。
世界大会は沖縄空手界の〝統一〟という一つの形を示す大会となった。この大きな仕事をやり遂げた安堵感からか、その直後の10月上旬、長嶺は首里にあった山里外科病院に入院する。亡くなる直前まで、鉄パイプのベッドに括りつけたタオルを引っ張ることを繰り返すなど、退院後の体力づくりに余念がなかったという。
11月2日、急性腎不全で逝去。90歳。長嶺は、父親の将保(しょうほう 1873-1963)と同じ年齢で他界した。
翌日付の地元2紙は「空手の長嶺将真氏が死去」と同じ見出しで報じた。さらに『沖縄タイムス』に弔辞の文章を掲載したのは小林流の石川精徳だった。石川は長嶺と同じく、島袋太郎に長年師事し、長嶺とは年の離れた弟弟子のような立場だった。『琉球新報』には長嶺と同じ泊地域の後輩で作家の嘉陽安男が弔意文を掲載した。子どものころの長嶺道場の思い出や、沖縄戦におけるエピソードを紹介している。
その後の沖縄空手界の動きを追っておこう。
長嶺逝去の翌年の1998年、沖縄県空手道連合会の第2代会長であった稲嶺惠一が知事選に出馬し、大田昌秀を破り、初当選を果たした。
2005年、稲嶺が知事の時代に、沖縄県議会で「空手の日」が制定される。以後、「空手の日」となった10月25日前後には、国際通りを使って大がかりな演武が行われるようになった。
2008年、沖縄空手界にある4つの団体がゆるやかな統一組織として「沖縄伝統空手道振興会」を設立し、会長に仲井真弘多知事を擁した。現在、玉城デニー知事が3代目の会長を務めている。
2016年、翁長雄志知事の英断で、沖縄県庁に空手振興課が創設された。
2017年、沖縄空手会館が豊見城市に完成した。
2019年、首里城が突然、火の粉に包まれ焼失する。
現在、長嶺は父親の将保が建てた高台にある長嶺家の墓の中に眠る。近くから見下ろすと、泊港が視野に入る場所にある。
泊の地に生まれ、泊に眠る長嶺将真。激動の〝20世紀の沖縄〟を懸命に生きた武人の一人である。(了) ※番外編に続く
【WEB連載終了】長嶺将真物語~沖縄空手の興亡~
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