書評『公明党の決断』――佐藤優VS斉藤鉄夫

ライター
本房 歩

「連立離脱」を受けて佐藤氏が提案

 2025年10月10日、日本の政治史に刻まれる出来事が起きた。公明党が1999年10月以来、3年3カ月の民主党政権時代を除いて、自民党と組んできた「連立」関係に〝ひとつの区切り〟をつけたのだった。
 このタイミングで、作家の佐藤優氏から公明党の斉藤鉄夫代表に対談を呼びかけて生まれたのが本書『公明党の決断』である。

 本書は自公連立離脱に関する重要な歴史的証言であるとともに、創価学会の価値観を命懸けで現実の政治に活かそうとして闘っている斉藤鉄夫という誠実な人の魂の記録として特別な意味を持っている。(佐藤優氏による「まえがき」)

 本書の第1章は「連立離脱の真相と評価」。
 2023年秋ごろから自民党の旧安倍派を中心とした「政治とカネ」の問題が噴出していたことで、国民の政治不信はかつてなく高まった。
 2022年7月に安倍元首相が凶弾に倒れて急逝したあと、旧安倍派のなかでは、ノルマを上回ったパーティー券代の還流が再開され、それらが政治資金収支報告書に記載されない〝裏金〟となってきたことが明るみに出たのである。

 国民の大多数は、物価高騰、円安、トランプ関税などで厳しい暮らしを強いられている。ところが、政権を預かる自民党の国会議員たちが組織ぐるみで継続的に、政治資金規正法に定められた手続きもせず、使途の公表どころか税金さえ払わないかたちで、多額の金を事実上〝懐〟に入れていたわけだ。
 2024年10月の衆議院選挙、2025年7月の参議院選挙の結果、自民党と公明党は、衆参いずれでも過半数を割るという厳しい審判を受けた。

 公明党は、その前身である「公明政治連盟」当時から、政界にはびこっていた接待や賄賂が横行する〝宴会政治〟の打破を掲げてきた政党だ。「政治とカネ」に関しての厳しさは、同党の「一丁目一番地」である。
 むろん「政治とカネ」は、あくまで自民党の問題であったが、多くの国民の目には長年パートナーであった公明党も、そんな自民党を支える存在として一蓮托生に映ったのであろう。

 しかも、公明党はクリーンさを看板にしていただけに、当の自民党以上に大きなダメージを被った。衆院選では直前に就任したばかりの党代表まで落選したほか、優秀さで他党からも一目置かれる中堅の主要議員が、衆参2つの選挙で何人も落選の憂き目にあった。
 参院選後、全国の地方組織からの聞き取りを重ねた斉藤代表のもとには、「これ以上、公明党の議員や支持者が自民党の不祥事の弁明に回るのは疲れた」という悲痛な声が数多く寄せられていた。

当事者が語る連立離脱の真相

 衆参ともに与党が過半数を割るという前代未聞の事態は、もはや下野して一から出直すべきくらいの深刻さをはらんでいる。
 10月4日の総裁選で、高市早苗氏が女性初の自民党総裁になった際、斉藤代表ら公明党執行部は、10月4日当日、10月7日と2度にわたって「政治とカネ」に対するけじめを自民党新執行部に求めた。

 具体的には、十月四日に高市新総裁と直接お会いした際に、本来であれば総裁就任に対する祝意のみで済ませるべきところでしたが、高市さんのこれまでのご発言に対する懸念として、①靖国神社参拝と、②外国人政策について、そして、私どもの覚悟を示すために③「政治とカネ」を巡る問題に対する姿勢について、公明党としての懸念を率直にお伝えしました。
 その後、十月七日に行った政策協議においては、「これらの懸念の解消が図られなければ、連立政権をつくることはできない」とはっきりお伝えし、高市さんに具体的な対応を強く要請しました。(斉藤代表/以下、両氏の発言は本書)

 10月9日、緊急開催された全国県代表協議会で、このまま連立を維持すべきか解消すべきか、地方組織の声は二分されたという。ただ、「政治とカネ」については安易な妥協はすべきでないという声が大勢で、最終的に党代表に一任することとなった。

 自民党は十日の協議でも、企業・団体献金の規制強化については「これから検討する」という不十分な回答でした。不記載問題についても、参院選後に新たに明らかになった事案に対する説明責任など、全容解明に向けての具体的な行動が示されませんでした。(斉藤代表)

 斉藤代表は、「これでは首班指名で高市早苗と書くことはできない」と率直に伝え、自公連立に区切りをつけることを告げた。
 国民が物価高騰で苦しんでいるにもかかわらず、参院選後は自民党内の権力闘争で政治空白が続いたまま。これ以上、公明党が時間を費やして粘れば、国会の開会が遅れ、物価高騰対策などの補正予算の年内成立が危ぶまれる。
 斉藤代表は最後まで迷ったが、自分に一任されていることから離脱を決断したと語っている。

 公明党の連立離脱に至る経過については、報道ベースではさまざま出てはいる。しかし、党代表が書籍としての対談で一部始終を活字にしたことは、歴史の証言として重要なものになったのではないか。

重要なのは議席数よりも影響力

 本書の第2章は、「野党としての公明党」。
 公明党は野党として再出発するにあたり「中道改革勢力の軸」となることを標榜した。
 今回の参院選によって、日本は本格的な「多党化」の時代に入ったと言われている。外国人排斥や核武装を公言するような極右政党から、消費税廃止を訴える左派政党まで、急進的な主張やパフォーマンス偏重のポピュリズム政党が乱立している。

 政治の液状化が始まった時代において、たとえば日本経済新聞(2025年10月26日)は霞が関の官僚が公明党を注視していることを報じていた。
 公明党は一貫して中道を標榜し、特定の利害に縛られない幅広い国民各層からなる支持基盤に支えられてきた。しかも、四半世紀近い与党経験があり、自民党や野党との調整と合意形成、霞が関の官僚たちとの豊富な実務経験がある。
 このような政党は、公明党以外にない。

 自民党との連立関係を解消したことで、今後、公明党は選挙戦において苦しい状況が予想される。
 しかし、より重要なことは公明党の議席数ではなく、公明党の影響力だと佐藤氏は語る。自民党も含め、他党の議員でも公明党支持層の動向によって当落が決まる議員がこれまで以上にハッキリする。

 公明党がそうであったように、創価学会の価値観に近い、生命を尊重し人間主義の立場をとる国会議員が増えていくことが重要なのです。政党がどこであれ、価値観さえしっかり共有することができれば、これまでと違った行動を取ってくれるかもしれない。それが多党制の時代なのではないでしょうか。
 たとえば、わかりやすいのは核兵器禁止条約の署名・批准についてです。(佐藤氏)

公明党の「再与党化」は近い

 佐藤氏はまた、次のように公明党の新しい可能性について言及している。

 公明党は、麻生・高市体制後の自民党と再連立する可能性も、野党と組んで新たな連立与党となる可能性もあります。具体的なことを言えば、公明党は自民党のリベラルな人たちと立憲民主党の共産主義的な価値観を持っていない人たちとは、価値観が共有できるはずです。(佐藤氏)

 高市政権として最初の臨時国会が閉会し、補正予算案も自民・維新両党と国民民主党、公明党などの賛成多数で可決・成立した。
 高市内閣の支持率は依然として高い水準を保っている一方、自民党の支持率はそれほど伸びていない。初の女性総理の誕生ということで国民の期待やご祝儀感が続いているうちはいいが、支持率が高いということは、これ以上高くなる可能性より今後下がっていく可能性のほうが大きいということでもある。

 重要なのは、生命尊厳、人間主義の価値観を理解できるかどうかです。
私は、創価学会と公明党が共有している価値観は、うまく伝えることさえできれば日本における多数派の意見と重なると見ています。
(中略)
 その意味において、私は公明党の再与党化というのは、そんなに遠くない未来に起きると考えています。麻生・高市自民党執行部は、早ければ一年以内にガタガタになる。遅くとも三年以内には、公明党は再与党化することになりますよ。(佐藤氏)

 なお、この章では価値観が多様化した多党制時代にふさわしい選挙制度改革の必要性にも話が及ぶ。
 自民党と日本維新の会は、「企業・団体献金の規制」を後回しにし、なぜか「議員定数削減」をゴリ押ししようとしたが、野党の理解が得られず今国会での成立を見送った。

 国会議員は国民の声を代弁する者であり、その数を削るというのは、民意をないがしろにすることに等しい。
 しかも、その国会議員の定数という「立法府」の最重要案件を、自民党と日本維新の会という政権側(行政府)の2党だけで自動的に決めるという法案を提出するにいたっては、単なる暴挙に留まらず、もはや「三権分立を無視した越権行為」(公明党・岡本政調会長)である。

政治とは「明日枯れる花にも、水をやること」

 第3章「公明党の展望」では、公明党が提唱し各方面から注目を集めている「政府系ファンド」の創設や、同じく公明党のもうひとつの「一丁目一番地」である核兵器廃絶などについても語り合われている。
 折しも12月18日には、首相周辺の官邸の高官から個人の意見とはいえ「日本は核保有すべき」という驚くべき発言がメディアに向かって発せられた。

 これまで「ブレーキ役」だった公明党が政権から外れ、むしろ日本維新の会がアクセルを全開に踏み込むなかで、高市政権は「防衛装備移転」の五類型(救難、輸送、警戒、監視、掃海)限定を撤廃する動きを見せている。
 また、公明党が提唱し、半世紀以上も日本が国是としてきた「非核三原則」の見直しも取りざたされている。

 斉藤代表は、日本維新の会は公明党と違って競争主義的・新自由主義的な議員が多いと指摘。

 懸念しているのは、競争主義的・新自由主義的な考えが広がる一方で、個人の尊厳や社会的弱者を守るといった社会の「包容力」が失われてしまうのではないかという点です。かつて、大平正芳元首相は、政治とは「明日枯れる花にも、水をやることだ」と言われました。花はいずれ枯れるけれども、どんな花にも分け隔てなく水やりを続ける心が大事だという意味ではないでしょうか。費用対効果、経済合理性も大事ですが、それを超えたところに、政治の真髄がある。私はこのように思います。(斉藤代表)

 本書は141ページの薄さで、読みやすい構成になっている。

『公明党の決断 連立離脱と新たな挑戦』
斉藤鉄夫・佐藤優 著

定価:990円(税込)
2025年12月24日発売
第三文明社
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