どうなる? LGBT理解増進法案

ライター
米山哲郎

差別を助長する首相秘書官発言

 通常国会では、LGBT理解増進法案(「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律案」)の対応も論戦のテーマの一つだが、なかなか見通しが立たない。
 振り返ってみると事の始まりは、岸田文雄首相が2023年2月1日の衆院予算委員会で、同性婚について「家族観や価値観、そして社会が変わってしまう」と発言、制度化に否定的な見解を示したことだった。
 この首相発言の真意を記者団に聞かれた首相秘書官は2月3日、性的少数者や同性婚に対して「見るのも嫌だ。同性婚を認めたら日本を捨てる人も出てくる。秘書官室もみんな反対する。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」との差別発言をした。
 この発言を受け岸田首相は、翌日4日、「政府の方針とは全く相いれず、言語道断だ」と非難し秘書官を更迭。6日には政府与党連絡会議で「不快な方々におわびを申し上げる」と陳謝。自民党に対し、LGBT理解増進法案の国会提出を指示した。
 政権中枢にいる首相秘書官の発言が、政権が掲げる「多様性を尊重し包摂的な社会の実現」との方針と全く相いれない差別発言であったため、首相も同様の考えではないかとの疑念や怒りが国内外に一気に広がった。

海外メディアが報じた、多様性に後ろ向きな日本

 海外メディアの報じ方も厳しかった。英国BBCは「日本は伝統的な男女の役割や家族の価値観に大きく縛られている」と現状を論評し「G7で唯一、同性婚を認めていない」と報道。2月6日の米紙ワシントンポストでは「日本政府職員の同性愛嫌悪発言は、性的少数者の権利が停滞する現状を際立たせた」と批判的に報道した(「BBCニュースジャパン」2月5日)。日本が多様性を認め合う社会づくりへ向けた法整備に後ろ向きな姿勢であることが、全世界に発信されてしまった。
 LGBTQ+が社会で広く知られるようになってきたのは21世紀に入ってからだが、国により統計方法に違いがあるが、当事者は世界におよそ3.7億人いると推計されている。
 そして世界では、憲法による保護をされている国もあれば、広範な法的保護をしたり、雇用分野での保護をしたりと、いずれかの保護がある国はおよそ150を超えている。一方、中東やアフリカの一部の国では、同性間の関係を犯罪とみなす法律がある国もあり、死刑や禁固刑が適用される場合もある。
 G7先進各国も法整備が進んできている。2013年にフランス、14年に英国、15年にアメリカ、17年にドイツで同性間の婚姻が可能になった。もはやLGBTQ+の権利保護は世界的な流れともいえる。
 日本はどうか。2月7日、林芳正外務大臣は記者会見で日本の法整備状況について聞かれ、「日本以外G7諸国は、何らかの形の性的指向・性自認に基づく差別を禁止する法令および同性婚法またはパートナーシップ制度を有している」と述べた。つまりG7の中で日本だけが法的整備されていないことを認めたのだ。
 世界的の著名な活躍をしている人の中に、当事者が多くいる。同性愛を公表した米国初の閣僚であるピート・ブティジェッジさん、台湾のオードリー・タンさんもトランスジェンダーであることを公表している。日本社会が性に寛容でないことを理由に、世界の当事者らが日本の会社に勤務することを拒むケースがあるとも聞く。今後もそれでいいのだろうか。社会全体として受け入れることができたなら、能力の高い多くの人が活躍し、社会の活性化につなげていけるのではないだろうか。

LGBT理解増進法案、立法化への動き加速

山口代表が訪問した、性的少数者のための情報発信・交流施設「プライドハウス東京レガシー」(著者撮影)

 国政では与野党間で、2年前に超党派の議員連盟が策定したLGBT理解増進法案の成立を目指す動きがいま加速している。当事者に対して不快な思いをさせたこと、G7サミット開催国(今年5月、広島で開催)である日本が多様性ある社会作りに後ろ向きであることが発信されてしまったことへの後ろめたさもあるのだろう。それらを考慮し、何とか挽回したい思いもあるのだと思う。
 岸田首相は自民党幹部に対し、理解増進法案を巡り、国会提出へ向けた準備を進めるよう指示をした。公明党の山口那津男代表は2月8日、米政権でLGBTQ+の人権擁護外交を取り仕切る米国務省のジェシカ・スターン人権促進特使、エマニュエル大使と会談し「G7議長国として広島サミットに先立ち成立させることが望ましい。公明党も法案成立に最大限、汗をかく」と決意を語った。
 10日には、性的少数者の生の声を聴くために東京・新宿区内にある性的少数者のための情報発信・交流施設「プライドハウス東京レガシー」を訪問した。山口代表は、その日の夕刻には岸田首相に直接電話し、当事者の声を聴くよう要請。首相は17日、当事者らと官邸で面会し、更迭した元首相秘書官による差別発言について陳謝した。

当事者を追い込む「暴力」、いじめ

 日本ではLGBTQ+などの当事者については、日本での割合は統計データにバラつきがあり正確に把握できてないが、2019年に「LGBT総合研究所」行った調査結果(「LGBT意識行動調査2019」)によれば、LGBTQ+の割合はおよそ10%となった 。身の回りに多くの当事者がいるのに、その存在に気づいていないというのが正しい現状認識だろう。
 また、2013年の調査によれば、当事者らが受けている深刻な被害の実態も明らかになっている。約7割が小学校低学年から高校までの学齢期に、「身体的暴力」「言葉による暴力」「性的な暴力」「無視・仲間はずれ」のいずれかのいじめを経験していた(「LGBT学校生活実態調査」)。
 そして、いじめや暴力がきっかけになり「自殺を考えた」(32%)、「わざと自分の体を傷つけた(リストカットなど)」(22%)と続く。そして「今でも、その経験をときどき思い出す」(44%)、「今でもその経験を思い出すとつらくなる」(33%)と、その後の人生に心の傷になって残っていることも分かった。
 当事者はカミングアウトをできず、無理解に苦しみ、偏見や無視、言葉の暴力などで人知れず苦しみ、自分を嫌いになり、死んでしまいたいと自殺を考える心境にまで追い込まれる。
 この点を重くとらえた政府は、2022年10月14日に閣議決定した「自殺総合対策大綱」の中で「自殺念慮の割合等が高いことが指摘されている性的マイノリティについて、無理解や偏見等がその背景にある社会的要因の一つであると捉えて、理解促進の取組を推進する」と言及した。
 人の命にも及ぶほどの深刻な事態を転換させるためも、社会の中には多様な人がいることを気づき、違いを知り理解し合うことが、その第一歩になっていくのではないか。理解増進法は、その延長にある。

LGBT理解増進法案への間違った意見

 岸田首相は2月8日の衆院予算委員会で「岸田政権の性的少数者への考え方は?」と自民党議員に問われ、「持続可能で多様性を認め合う包摂的な社会を目指している。性的指向、性自認を理由とする不当な差別、偏見はあってはならない」と述べている。
 だが、理解増進法案に対し、「伝統的家族護持」を尊重する保守系の自民党議員から「差別しないことを定めると社会が分断される」などの反対意見が出ている。不当な差別はあってはならないのは当然だ。これが理解増進法の一番大事なところだ。むしろ理解を進めていくことで、人権を守り、分断しない社会を作るための第一歩になる。
 また、反対する人の中には、お風呂やトイレはどうなるのか? などの極端な例を挙げる閣僚経験のあるベテラン参議院議員もいる。この議員は「女性トイレに、女性を自認する男性が入ってきた。そこも考えておかないといけない。トイレの管理人が『出て行ってください』と言った場合、差別と言われかねない。裁判沙汰になる」などと述べた。
 しかし、これは法案とはまったく関係ない論点で、ためにする批判だ。トイレ問題を解決する手段としては「だれでもトイレ」や「個室トイレ」などの増設といった方法で乗り越えることができる。それには一切触れない批判で、偏見に満ちていると言わざるを得ない。
 公衆浴場に関しては、法案推進派のLGBT議連に所属する自民党の細野豪志衆議院議員は、「LGBT理解増進法ができても性自認が女性と主張する男性が公衆浴場に入ってくるということはない。トランス女性団体がそのようなことを訴えているわけではないし、これまで同様、管理者の判断(陰茎の有無)が最優先。理解増進法は理念法にすぎない。トランス女性と言い訳して犯罪に及べば刑事事件だ」(原文ママ)とTwitterで反論した。
 厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」では、入浴については、おおむね7歳以上の男女を混浴させないこと規定している。これにより、制限年齢の戸籍上の男性は女湯で入浴することはできない。性自認が戸籍上の性別に優先されるということにはならない。
 今、政治がすべきことは、当事者たちの悩みに寄り添い、理解を進め、現状を放置したままにしないことだ。

Z世代には身近な問題

 若い世代、Z世代にはLGBTQ+は身近な問題だ。数年前、当事者が学校の制服で悩み、不登校になったケースがあることから、ブレザータイプの制服が導入され、性別に関係なく、スカート、スラックス、キュロットの3種が選択可能になった地域も多い。また公的な書類の性別欄も、男、女の欄のほか「回答しない」との欄が加わることも多くなってきた。
 Netflixで2022年に配信され大ヒットした青春学園ドラマ「ハートストッパー」では、英国の学校に通う少年と1学年上の男性の先輩が親友となり恋人へと変わっていくストーリーで、実に細かい描写が描かれた。Z世代の若者は、すでに「社会が変わっている」ことを感じている。
 2月24~26日に行われた日本経済新聞社世論調査では、男性や女性同士で結婚する同性婚を法的に認めることへの賛否について、「賛成だ」が65%に上り、「反対だ」の24%を大幅に上回った。政党支持層別の賛否では、自民支持層でも「賛成だ」が58%と過半数を占め、立憲民主党支持層も6割強だ。日本維新の会支持層で7割となっていた。
 注目したいのは、日本維新の会の支持層で7割が賛成となっている点だ。どちらかというと保守的で、「伝統的家族護持」を求める人たちが支持している印象だが、同性婚などの社会制度の改革を志向している人が多いことに少し驚きを感じた。
 そのような民意をいち早くキャッチし、「性的指向と性自認に関するプロジェクトチーム」を早々に立ち上げて、性的少数者への理解増進に取り組んできたのが公明党であることは忘れてはならない。
 この問題は、有権者の関心も高く、国会議員の立法化への動きに有権者は鋭く目を向けている。政治家もそうした世論を読み違えると、その姿勢は選挙で厳しい判断がされるだろう。法案に反対する議員の背景には、イデオロギーの影が見え隠れする。しかし、今回の問題を通し、政権の人権意識や価値観が問われていることに気づくべきだ。誰もが自分らしく生き生きと活躍できる共生社会に向けて、若者から多様性の輪が広がってきている。日本が今、若者の理解の輪や世界の流れ、人権重視の潮流を踏まえて変われるかどうか、それとも相変わらず変えることができないままでいるのか、政治の決断次第だ。最終的には首相の判断が問われそうだ。

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