裾野市の保育園問題から考える政治の責任

ライター
米山哲郎

《1》裾野市の保育園で起きた事件

 静岡県東部の富士山のふもとに位置し、四季ごとに山の変化を楽しめる裾野市。昨今はトヨタ自動車が自動運転を可能にする近未来型都市の造成を進めている注目の街だ。
 その裾野市で、「まさかこんなことが‥‥‥」と思わず絶句してしまう衝撃的な事件が起きていた。それは市内の保育園でのこと。1歳児のクラスを受け持つ保育士3人が複数の園児に16もの不適切な虐待行為をしていたという事件で、昨年12月4日に当時保育士だった3人が逮捕された。
 明らかになっている園児への不適切な虐待行為とは、暴言を吐く、カッターナイフを見せ脅す、脚をつかんで宙刷りにする、頭をバインダーでたたいて泣かすなどで、およそ口に出すのも憚られるものばかりだ。6月以降、逮捕された3人の虐待行為が目撃されるなどし、職員間で話題になっていたという。
 子どもの安全が保障されなければならない場所である保育園で、これらの信じられない行為が行われていた。大変にショックな事件であり、小さな子どもの心への影響も心配だ。すでに、県や市においては当該保育園に対して特別指導監査を行っており、厳正に対処してもらいたい。

《2》保育園と行政の不可解な対応

 裾野市の保育園での暴行事件から見えてきたものは何か。園と行政側の不可解な対応だ。報道によれば、園長が、市に通報しようとした保育士に土下座して通報しないよう口止めを行っていたことや、全職員に誓約書を書かせて事件を隠そうとした実態が明らかになっている。
 一方、市側も8月には内部事情を知る人物から情報提供され、園関係者から報告を受け虐待行為を把握したにもかかわらず、その後、3カ月以上にわたり問題を放置したままだった。この間、虐待が続いていた可能性もあり、抜き打ちで立ち入り調査ができていれば、その時点で虐待を食い止められた可能性もある。市は猛省をしなければいけない。
 市は問題の公表についても、11月30日まで見送り続けた。市長への報告が、マスコミで事件が報道される前日の11月28日であったことも明らかになっている。なぜ市長への報告が遅れたのか。放置したのはなぜだったのか。市の対応は不十分であったことは明白であり、経緯を検証し、原因を明らかにするとともに再発防止策を徹底してもらいたい。
 事件を受け、厚生労働省と内閣府は不適切な保育の実態について全国調査実施を表明した。その後、全国的には、富山市や唐津市、熊本市などで保育士施設での虐待事案が相次ぎ発覚した。

《3》保育士のおかれた厳しい状況と配置基準

 暴行事件から浮かびあがったもう一つの問題は、保育士は仕事がきついのに給料も少なく精神的にも追い詰められている状況があることだ。逮捕された元保育士の1人は「業務に忙殺され、突発的にやった」と供述していた。自身の苛立ちの矛先を無抵抗の園児に向けること自体到底許されるものではないが、保育士は業務負担が重く、厳しい状況におかれていることは、随分前から指摘されている問題でもある。
 事件の背景には保育士の人数の問題――保育士1人がどれだけの子どもを受け持つかを定めた配置基準があり、そこに問題があると言わざるを得ない。
 保育士の仕事の負担を軽くするには、複数の人で仕事の分担をしたり、休憩時間を確保できるよう人員を増やすことが必要なのだが、その壁になっているのが配置基準である。国が定めている配置基準は次のとおり。

▼0歳児は3人
▼1~2歳児は6人
▼3歳児は20人
▼4~5歳児では30人

 想像をしてみよう。4~5歳児といえば、やんちゃな子もいれば、手のかかる子、動き回る子もいるだろう。その子どもたち30人をたった1人の保育士で面倒をみる。その保育士の負担がいかばかりか、想像に難くない。
 そして、日本の配置基準は世界の主要先進国の基準と比べても、最低の配置人数になっている。たとえば、アメリカ・ニューヨークでの配置基準は4歳児の場合は8人、5歳児は9人、イギリスも4~5歳児は13人だ。
 では、日本で現在の保育士の配置基準がいつできたのか、調べてみた。すると、

▼0歳児は、25年前の平成10年(1998年)
▼1~2歳児は、56年前の昭和42年(1967年)
▼3歳児は、54年前の昭和44年(1969年)
▼4~5歳児は、なんと今から75年前の昭和23年(1948年)

と、驚くことに、どれも長らく見直されていないのである。
 生まれる子どもが少なくなっている令和の今、保育士の配置基準(4~5歳児)は、最も多く子どもが生まれた昭和20年代のままなのだ。
 戦後は少数派だった「保育を十分に受けることができない」子どもたちのために保育所が設置されたが、当時、親からすれば子どもを預かってもらうことが第一で、保育の質などはおそらく二の次だったのだろう。そういう時代の子育てと、今は全く異なっている。
 発達が気になる子、配慮が必要な子への丁寧な対応を求められることを考えれば、現状の基準がいかに時代錯誤なものかがわかる。この基準は即刻変えるべきではあるが、保育の質の向上を実現させていくためにも、給料面を改善したり働く環境改善も合わせて行う必要がある。
 しかし政治の側も基準を変える意識がなかったわけではない。
 実際、国も4~5歳児の場合、現行の「30人の1人」の保育士という基準を「25人に1人」に緩和にした場合、590億かかるという試算を出している。この規模の財源であれば、短期的には歳出削減や使われないコロナ関係の予備費の一部を振り向ければ捻出できるのではないか。もちろん、長期的な財源の確保が必要になってくるのは言うまでもない。
 事件を受け、公明党の全世代型社会保障推進本部(本部長=高木陽介政務調査会長)は12月14日、岸田首相に対し「保育施設での虐待等不適切な保育への対応のあり方や保育士の配置基準の見直し等、働く環境改善について検討し、必要な対策を講ずること」などを盛り込んだ社会保障制度構築への提言を提出した。今後、各省の権益の壁や予算の確保などの折衝で困難も伴うだろうが、国会論戦などを通じて政府の決断を促しやり遂げてもらいたい。

《4》どんな国を目指すかという国の目標

 資源が少ない国である日本が世界で勝ち抜いていくためには、多くの人材の輩出が欠かせない。若い人たちの能力を引き出し、世界中で活躍をしていく若者を増やすためにも、国として教育と子育て等の予算を倍増させるなど、国の決意を示すべきだろう。
 ただ現在、予算の面をみると残念ながら実態は心もとない。日本の保育を含めた子ども・子育てに関する予算は国際的にみても低水準である。一般会計と特別会計を合わせた国家予算は約300兆、このうち子育て政策予算は4兆6871億円(令和4年度予算額)である。この割合を日本の平均世帯収入の中央値である437万円の家庭に置き換えてみた場合、子育てにかける家庭の予算額は月額たったの5700円で、きわめて少額だ。いかに国が子育て政策にお金を使っていないかがわかるだろう(「日テレニュース」2022年12月24日)。
 OECD諸国における対GDPに占める子ども・子育て支援に対する公的支出(2017年)を比較しても、1位のフランスが3.60%、2位はデンマークとスウェーデンで3.40%、その次はノルウェーで3.35%、イギリス3.23%…と欧州各国が軒並み上位にランキングしているのに対し、日本はわずか1.79%とフランスの約半分と低水準なのだ(OECD Family Database)。
 そのような状況下、岸田文雄首相は、子ども政策の予算を倍増すると踏み込んだ方針を示している。そしてその時期については、2022年秋の臨時国会の衆院予算委員会で、公明党の高木政調会長の質問に対し、岸田首相は「来年度の骨太の方針には将来的に倍増を目指していくうえでの当面の方針、すなわち(子ども政策)倍増への道筋を示していきたい」と明言した。きわめて重要な発言であり、岸田首相のリーダーシップを期待したい。

《5》親の意識の変化と政治の決断

 子どもを保育園に預ける親の意識も変化している。一昔前、保育園に預けられる子どもは、両親が仕事で子どもの世話をすることができない「可哀そうな状況の子ども」と思われていたが、今は、そう思う親はほとんどいないだろう。時代は変わり、「男は仕事、女は家庭」という伝統的と思われてきた価値観は崩れ、女性の社会進出とともに両親の共働きは普通になっている。
 また、保育園のあり方も変化が求められている。週に1回とか、短時間(たとえば3時間、4時間)でもいいから保育園に子どもを預けたい(料金の高い一時保育ではない預け方)、専業主婦の母親でも子どもを預かってもらいたいと思う人も増えている。こうした多様なニーズを踏まえた保育園のあり方を見直す時期に来ている。
 そして、子どもの側にとっても、保育所で集団生活をすることが、言語発達を促進させる効果があるなど子どもの発達に寄与しているとの識者の分析もある。また親の側にとって、保育所の利用によってストレスも減少、気持ちもリフレッシュすることができるため、前向きに子育てや仕事に取り組めるようになるなどの利点もある。
 実際に、神奈川県横浜市内の保育園に2021年から3歳児を預けているというある父親に子どもの様子を尋ねたところ、「保育園で覚えたことを家で真似している。その姿に成長を感じる。これからがますます楽しみだ」と語っていた。このように、保育園での子どもの成長を受け止め、保育園の役割を積極評価している親は多いと思う。
 保育園と保育士の役割を積極的に評価し、保育園には福祉的な面のみならず、子どもの可能性を開く幼児教育の場との位置付けも加えていくのが良いのではないか。
「教育への投資」は「人への投資」であり、日本の未来の基盤作りなのである。そのためにも予算の増加、保育士の配置基準の見直しや待遇面の改善、保育所の役割とあり方の見直しなど、希望ある未来への道筋をつけることが大事だ。
 昨年末、政府は全世代型社会保障構築本部の会議で今後の社会保障改革の方向性について報告書を取りまとめた。その中には、子育て支援の具体的な項目として、出産一時金の引き上げ、児童手当の拡充、未就園児の預かりなどが盛り込まれた。大きな前進である。
 社会全体としても、また各種団体としても、そして男性にも大幅な意識変革が迫られている。政治もこの変化をポジティブに捉え、改革を断行すべきであろう。

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