『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第97回 正修止観章 57

[3]「2. 広く解す」 55

(9)十乗観法を明かす㊹

 ⑨助道対治(対治助開)(4)

 今回は、十乗観法の第六、「助道対治」(対治助開)の段の説明の続きである。前回は、智慧(般若)波羅蜜の説明の段に示される四顚倒を破るなかで、浄の顚倒と楽の顚倒を破ることまで説明した。今回は常の顚倒と我の顚倒を破ることから説明を始める。
 常の顚倒を破ることについては、生命の無常性について次のように述べている。無常という殺人鬼は、豪傑や賢人を選ばず誰にでも襲いかかるものなので、安心して百歳の寿命を希望することはできないし、突然死ぬ場合、あらゆる財産や金銭はむなしく他人の所有となり、暗くただひとり死んでゆく。もし無常を悟るならば、暴水、猛風、電光よりも速く、どこにも逃げ避ける場所がないので、争って火宅を脱出し、早く火事から免れ救われることを求めるように戒めている。以上が常の顚倒を破ることである。 続きを読む

連載「広布の未来図」を考える――第11回 アニメ・マンガ文化

ライター
青山樹人

半導体産業や鉄鋼産業を上回る規模

――前回(第10回)は「活字文化」について取り上げましたが。今回は関連して「アニメ・マンガ文化」について触れていきたいと思います。

青山樹人 いいですね。ご存じのように、日本のアニメやマンガは、今や世界中で愛されています。
 2025年3月に内閣府知的財産戦略推進事務局が公表した資料(第1回コンテンツ戦略ワーキンググループ・参考資料/2025年3月13日)によると、既に2023年時点で日本のコンテンツ産業の市場規模は、13.3兆円と推定されています。ゲームが含まれるとはいえ、大きな規模です。
 また、同年の日本のコンテンツ産業の海外展開の市場規模も5.8兆円。これは、半導体産業(5.5兆円)、鉄鋼産業(4.8兆円)、石油化学産業(1.4兆円)をも上回る規模なんです。

 経済産業省が同じく2025年3月に発表した「エンタメ・クリエイティブ産業戦略中間とりまとめ案」では、2033年には20兆円規模をめざすとしています。 続きを読む

芥川賞を読む 第60回 『異類婚姻譚』本谷有希子

文筆家
水上修一

アイデンティティが希薄になる不気味さ

本谷有希子(もとや・ゆきこ)著/第154回芥川賞受賞作(2015年下半期)

象徴的な「蛇ボール」

 本谷有希子は、もともと舞台女優で、2000年には「劇団、本谷有希子」を設立し、自ら劇作・演出を手がけていた。その後、2006年には鶴屋南北戯曲賞を、2009年には岸田國士戯曲賞を受賞。さらに、2011年には野間文芸新人賞を、2013年には大江健三郎賞と三島由紀夫賞を受賞し、2015年に「異類婚姻譚」(いるいこんいんたん)で芥川賞を受賞した実力派である。
 異類婚姻譚は、言うまでもなく、人間と人間以外の存在、例えば、動物、神、妖怪、幽霊などとの結婚や恋愛を題材とした物語のことを指す。日本に限らず世界各地の民話や伝説、神話、文学作品に登場するわけだが、誰もが知っている日本の作品としては、鶴が人間の女性に姿を変えて男と結婚する「鶴の恩返し」や、男が亀を助けたことで竜宮城の乙姫(異界の存在)と過ごす「浦島太郎」などが有名だ。
 異類婚姻譚という説話類型名を作品名にしたことにより、読む前からこの作品がそうした物語であることを明言しているわけで、そのことによって、どこか奇妙な非現実的なストーリーを読み手がすんなりと受け入れる土壌を事前に作っている。 続きを読む

書評『推理式指導算術と創価教育』――戸田城聖の不朽のベストセラー

ライター
本房 歩

100万部超の人気を誇った学習参考書

 著者の鈴木将史氏は数学者であり、2022年から2025年まで創価大学の学長を務めた。現在は同大学顧問であり教授である。

 1930(昭和5)年6月に出版された『推理式指導算術』は、そこから11年間も版を重ね、累計100万部を超す異例のミリオンセラーとなった。
 最終版は1941(昭和16)年8月10日で、じつに「改版改訂126版」となっている。圧倒的な人気を博したことがわかる。
 この『推理式指導算術』は当時の中等学校(中学校・高等女学校・実業学校の総称)の受験をめざす小学生の自習のために書かれた書物だった。今でいう受験参考書である。
 21世紀の初めごろまでは、年配の学識者や財界人のなかにも、この本のおかげで数学が好きになってずいぶんと助けられたと語る人が珍しくなかったほどだ。 続きを読む

【9/15まで開催】山田淳子写真展「わたしの祖父母たち 北方領土・元島民の肖像」を紹介

ライター
小林芳雄

自らのルーツをたどる旅

 9月15日まで、東京・新宿で山田淳子写真展「わたしの祖父母たち 北方領土・元島民の肖像」が開催されている。この写真展は、北方領土で暮らした人びとの歴史を後世に遺そうと、元島民100人の姿を写真に収め写真集として発刊し、さらに写真展として開催したものだ。
 北方領土とは、北海道の東方に位置する歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の総称である。1945年、日本がポツダム宣言受諾以降、スターリン率いるソ連が一方的に編入した。当時、この地域には約17000人の日本人が居住していたが、1947年から1949年にかけてソ連により強制的に退去させられている。
 1991年4月、ソ連の民主化を進めたゴルバチョフの来日によって北方領土問題の存在が認められた。その後、ソ連の崩壊、民主化を経て、旅券やビザなしでの元島民の墓参事業や現島民との相互訪問などの交流が行われて来たが、新型コロナ感染症やロシアのウクライナ侵攻の影響もあって、現在、そうした交流事業は途絶えてしまっている。

 写真家・山田淳子さんは、祖父が北方領土歯舞群島の志発(しぼつ)島出身の元島民3世。2015年から写真家として活動し、本年9月に写真集『わたしの百人の祖父母たち』を上梓した。 続きを読む