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連載エッセー「本の楽園」 第57回 越境する文学

作家
村上政彦

最近、このコラムで越川芳明のチカーノ詩についての著作を取り上げた。とてもおもしろかったので、同じ著者のボーダー文学(芸術)についての著作を取り寄せた。『トウガラシのちいさな旅 ボーダー文化論』。こちらも、実におもしろい。
著者は、北米とメキシコの国境を旅して画家のフリーダ・カーロを論じ、革命家チェ・ゲバラに思いを馳せ、タンジールに飛んでポール・ボウルズにインタビューを試み、沖縄でシマ言葉を小説の文体に活かそうとする作家と語り合う。ちいさな旅どころではない。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第56回 先送りしない法

作家
村上政彦

僕は、あまり自己啓発本の類を読まない。若いころに少しは手にしたことがあったのだが、それで懲りた。まず、説教くさい。それにしごく当然のことが書いてあるだけで、発見がない。
わざわざ読書をして、説教されるのはかなわないし、お金を払って、知識を広げたり物の見方を深めたりすることができないのは、損である。だから、本屋に行っても、自己啓発本のコーナーは、ちらっと見るだけで、手は伸びない。
ところが。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第55回 老年の力

作家
村上政彦

このところお年寄りが元気だ。文学・芸術の領域では、80歳になっても現役で働いている人が少なくない。もちろんそれは、医学の発達や人々の健康への意識が向上していることと無関係ではない。ただ、クリエイティブな仕事が長命と関係しているのではないか、と横尾忠則は考えた。
そこで80歳を超えたその道の大家らにインタビューを申し込み、3年がかりで対談集としてまとめたのが本書だ。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第54回 生きるための芸術

作家
村上政彦

自分でもどういう具合かよく分からないのだが、読んでいないのに気になる本がある。表題に惹かれているのはもちろんなのだけれど、それだけではない。何か、自分にとって大切なことが書かれているようにおもえるのだ。
匂いといってもいいのかも知れない。頭の片隅にあって、ときどきふと思い出して、そうだ、読まなければ、とおもう。あるときは数カ月、ときには何年も、そういう状態の続くことがある。
だったら、早く読めばいいのだが、貧乏暇なしで、ほかに読まなければいけない本もあり、書かなければいけない原稿もあり、会わなければいけない人もいて、なかなか手に取ることができない。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第53回 ジュネ――生きるために書いた作家

作家
村上政彦

ジャン・ジュネの作品を手に取ったのは、おそらく中学生のころだった。実家の近くにある、町の小さな本屋の、狭く薄暗いフロアに置かれた本棚に並んでいたのだ。『泥棒日記』だったとおもう。ジュネの代表作である。
『泥棒日記』は、ひとりの作家が泥棒のことを書いた作品ではない。泥棒が、泥棒のことを書いた作品だ。中学生にきちんと読めたかというと、いま考えれば心許ない。ただ、ジュネがどういう作家であるかは感じ取ることができた。彼は、僕がそれまで読んできた作家とは、まったく違う作家だった。 続きを読む