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連載エッセー「本の楽園」 第52回 突破するデザイン

作家
村上政彦

デザインというと、色やかたちに関わるものとおもっていたが、どうもそれだけではないらしいと分かってきたのが、社会の仕組みをデザインする、ソーシャルデザインを知った、ここ4、5年のことだった。
その方面の本をいろいろ読んでいたら本書『突破するデザイン』にたどりついた。これはデザインについての最新の動向を知るためには、いい入門書となるだろう。著者のロベルト・ベルガンティは、イタリア・ミラノ大学の教授で、マネジメントとデザインを講じつつ、経営者にデザインとイノベーションのマネジメント教育を行っているという。
ベルガンティが新しいのは、ものを売るために必要なのは「意味のイノベーション」だと主張するところだ。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第51回 チカーノ詩礼賛

作家
村上政彦

チカーノという言葉を聞く機会が増えた。チカーノ・ラップ、チカーノ・ムービーなど。それではチカーノの文学は、どうなっているのか? 気になって探してみたら本書が見つかった。
『ギターを抱いた渡り鳥 チカーノ詩礼賛』。著者によれば、

 本書は、チカーノ詩の代表的なものを網羅的に読解し、わが国におけるチカーノ詩研究の基礎づくりをもくろむ

といっても、学術書ではない。チカーノ文学を読み解くには、その書き手が帰属するカトリック・スペイン語文化の知識が必要だという配慮から、紀行とロードノヴェルのかたちで、北米とメキシコの国境地帯の歴史や文化を紹介し、そのあいだにチカーノ詩が挟まれる。読み物としてもおもしろい。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第50回 フェラ・クティ自伝

作家
村上政彦

ボブ・マーレイのあと、音楽業界がスターダムへ担ぎ上げようとしていたのが、フェラ・クティだったらしい。彼は、アフロ・ビートという音楽のジャンルをつくった人物だ。『フェラ・クティ自伝』は、彼の半生を本人が語ったものだが、これがとてもおもしろい。
フェラ・クティはナイジェリアに生まれた。父は牧師で、学校を運営する知識人。経済的にも裕福だった。フェラ・クティはきびしく育てられる。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第49回 アジア主義は再生するか

村上政彦

現在は、どのような時代か? ポスト・モダンといわれた時代は、とうに過ぎた。ある高名な批評家に質問したら、ポスト・ポスト・モダンと笑った。呼び名は誰かに任せよう。僕は、モダンを「文明の篩(ふるい)」にかけて、使えるものと使えないものを仕分けし、新しいモダニティーをつくる時代がきているとおもう。
そこで「文明の篩」に残るものを考えてみたい。リストの上位にくるのは、「アジア主義」である。アジア主義とは何か? 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第48回 仙人と呼ばれた画家

作家
村上政彦

浮世離れした人のことを「仙人のようだ」という。そこには揶揄と羨望が混じり合っているようにおもえる。画家であり、書家でもあった熊谷守一(くまがい・もりかず)は、ずっとそう呼ばれたらしい。彼の生涯を辿った本書を読んでいると、確かにと頷いてしまう。
熊谷は、1880年(明治13年)に岐阜県で生まれた。父の孫六郎は、いくつも事業を興して初代の岐阜市長となり、のちに上京して衆議院議員になった。生家は、とても裕福だった。
ところが、東京美術学校(現・東京藝大)に入学したあと、父が急死し、莫大な負債が残った。それは周りの人々の奔走で解決したようだが、経済的な支えを失った熊谷は貧困に陥った。 続きを読む