言語道断の秘書官発言――世界は既に変わっている

ライター
松田 明

総理秘書官更迭の考えを示す岸田総理(2月4日)

世界で加速する新しい流れ

 2023年1月時点で、世界の33の国と地域で同性婚もしくはそれに準ずる制度が合法化されている。
 米国では2015年6月に連邦最高裁が「同性婚は合衆国憲法の下の権利であり、州は同性婚を認めなくてはならない」との判断を示し、合憲とされた。2022年12月、バイデン大統領は結婚尊重法案に署名。これによって今後、政権が変わっても全米すべての州で同性婚や異人種間の結婚を合法とすることが法律で義務付けられることとなった。
 こうした動きはカトリックが強い中南米でも進み、近年ではアジア各国でも変化が起きつつある。既に台湾が2019年に合法化したほか、タイでも婚姻平等法案が下院を通過した(2022年6月)。
 男性の同性愛行為を違法としてきたシンガポールも22年11月に当該刑法を廃止。さらにインドの最高裁も2018年には同性愛を違法とする法律を無効とする判決を下した。
 こうした急速な変化の背景には、人権意識の高まりはもちろん、経済のグローバル化のなかで人材の獲得競争が各国間で激化していることもある。すべての人に平等な権利を認めない社会では、もはや優秀な人材を得られないのだ。
 一方で、主要先進国(G7)のなかでは日本だけが、いまだに同性婚も認めておらず、性的マイノリティに対する差別禁止法も存在していない。

 日本は同性婚やそれに準じる法的権利を認めていない。主要先進国の中で遅れが際立つ。ただ、東京地裁は22年11月、同性婚を認める法制度がないことを「違憲状態」と指摘。性的少数者など多様性を尊重する意識の高まりを重視した。世界の潮流に乗り遅れれば、社会の閉塞感が強まり、人材が他国に流出する恐れもある。(『日本経済新聞』1月30日

10年前のNZ国会での名演説

 2013年4月にニュージーランド国会で同性婚法案が採決された際、モーリス・ウィリアムソン議員(当時)のウイットに富んだ賛成演説が日本でも話題になった。

 反対の多くは穏健派からのものでした。この法案が社会にどのような影響をもたらすのか心配している人たちでした。その気持ちは分かりますし、尊重もします。彼らは自分たちの家族に「何か」が起こることを心配していました。そこで、繰り返しになりますが申し上げます。今、私たちがやろうとしていることは、「愛し合う2人の人が結婚できるようにしよう」ただそれだけです。外国に核戦争をしかけるわけでも、農作物を一掃するウイルスをばら撒こうとしているわけでもありません。
 今ここで、この法案に反対する人たちに約束いたします。明日も太陽は昇ります。あなたの10代の娘は変わらず反抗してくるでしょう。明日、住宅ローンが増えることはありません。皮膚病になったり、湿疹ができたり、布団からカエルが出てきたりもしません。明日も世界はいつものように回り続けます。だから大騒ぎするのはやめましょう。この法案は当事者にとっては素晴らしいものですが、そうでない人には今までどおりの生活が続くだけです。(モーリス・ウィリアムソン議員の賛成演説

 同氏は演説の最後に旧約聖書「申命記」の一節「恐れることなかれ」を引いた。
 それから10年が経った2023年2月1日、衆議院予算委員会で同性婚の法制化について問われた岸田文雄首相は、「きわめて慎重に判断すべき課題」とし「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だからこそ、社会全体の雰囲気にしっかり思いをめぐらせたうえで判断することが大事だ」と答弁した。

「撤回して済む話ではない」

 2月3日夜、事件が起きた。この首相の「社会が変わってしまう」発言についてオフレコの囲み会見で意見を求められた荒井勝喜総理大臣秘書官が、「僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」「社会に与える影響が大きい。マイナスだ。秘書官室もみんな反対する」「人権や価値観は尊重するが、同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」などと発言したことが報じられたのだ。
 荒井秘書官は直後に再び会見を開いて謝罪と撤回をおこなったが、釈明は要を得ないものだった。
 公明党の谷合正明参議院幹事長は、日付が変わった4日午前1時過ぎに自身のSNSを更新し、

政府は「性的指向や性自認に対する不当な差別や偏見はあってはならない」と国会答弁を繰り返してきた。
首相秘書官は発言を撤回したが、当初、自分の周りには当事者がいない旨の発言をしたと聞く。
首相含め官邸は、LGBT当事者の声を謙虚に聞くことから始めるべきだ。
撤回して済む話ではない。(谷合議員のツイッター/2月4日

と厳しく非難した。
 事態の深刻さに気付いた岸田首相も4日朝、「岸田政権は持続可能で多様性を認め合う包摂的な社会を目指すと言ってきており、政権の方針とは、全く相いれない発言で言語道断だ。厳しく対応せざるを得ない」と発言。同日のうちに荒井秘書官を更迭した。
 この一件は欧米各国やオーストラリアの通信社、中東のアルジャジーラなどで世界にも報じられた。

エルマウ・サミットの首脳宣言

 LGBT法連合会は2月4日に声明を発表し、

今年は日本がG7サミットの議長国となる年であり、各国から性的マイノリティ当事者である要人や、関係スタッフも多く来日する。当事者を「見るのも嫌だ」との認識を首相の秘書官、秘書官室全員が持っているとすれば、G7各国からどのように見られるかは明白である。仮にそのように各国のサミット参加者を眼差しているとすれば、G7から放逐されても文句の言えない大きな国際問題であり、首相はもとより、他の秘書官室メンバーの認識を、改めて確認する必要があるのではないだろうか。(岸田首相秘書官の差別発言報道に関する声明

と、ことの重大さを指摘。
「今回の発言のような認識を日本の政策意思決定層が持ってしまうのは、ひとえに社会における法規範の遅れに大きく起因している」とし、「G7サミットに向けて、岸田首相は、2022エルマウ・サミットの首脳コミュニケで国際的に確約したことを実現するため、差別禁止法をこの国会で制定すべきである」とした。
 昨年のエルマウ・サミット(ドイツ)でのG7首脳コミュニケでは、

 誰もが同じ機会を得て、差別や暴力からの保護を確保することへのコミットメントを再確認。長年にわたる構造的障壁を克服し、有害なジェンダー規範、固定観念、役割及び慣行に対処するための努力を倍加させることにコミット。(「ジェンダー関連部分の概要」

等が採択されている。

若者の8割以上が「同性婚賛成」

 公明党の山口那津男代表は5日、横浜市内で記者会見し、荒井秘書官の暴言について「多様性を認め合いながら包摂的な社会を作ろうとの流れに真っ向から反する。言語道断だ」と述べた。
 公明党は2021年の衆議院選公約に、同性婚に必要な法整備を掲げている。東京都議会をはじめ、各地の地方議会では国に先んじてパートナーシップ制度の導入や公営住宅の入居可能化など、人権を守る制度実現を大きく推進してきた。
 一方で、一部野党がこうした問題を政局化しようとする動きに対し、超党派での合意形成を図ろうとするのが公明党のスタンスだ。この超党派でという点はLGBT法連合会も最重視しており、公明党への信頼は厚い。
 ただ、2021年時点の朝日新聞の調査でも「同性婚を認めるべきだ」は65%に達し、「認めるべきでない」の22%を大きく上回った。18~29歳では86%、30代でも80%が「認めるべき」と回答している。
 世界の変化が可視化され国民の意識が急速に変わっていくなかで、「(同性婚に)前向きではあるけれども国民の理解が進まなければいけない」(2月3日の石井幹事長定例会見)という公明党の主張は、まったくの正論ではあるが必ずしも国民の目線から見て分かりやすいものとはいえない。国民の理解はもはや十分に進んでいるのではないか。
 2月3日の石井幹事長の定例会見で、同性婚をめぐる岸田首相の「社会が変わってしまう」発言に関する見解を述べた際、朝日新聞が〈同性婚法制化「良い変化か、悪いかは立場による」 公明・石井幹事長〉という見出しをつけてミスリードを誘うような報道をしたように、あたかも後ろ向きであるかのような印象すら与えてしまう。

 地方で公明党がキーになって動いたことで、パートナーシップ制度や指針ができたという声は本当に多く耳にします。(LGBT法連合会の神谷悠一事務局長/『第三文明』2020年2月号)

 性的マイノリティの問題を改善するにあたり、公明党はこれまでも重要な役割を果たしてきました。(同/『第三文明』2021年12月号)

 大事な実績が国民に伝わらないどころか逆の印象を与えるようでは困る。小さな声、若者の声を政策に反映させてきたのが公明党だ。
 古い常識を転換し、社会を変える世論を可視化していくためにも、公明党は同性婚の実現に対して積極的に重要な役割を果たしていることを、もっと明快に国民に伝えてほしい。

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シリーズ:「わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス」(山形大学准教授 池田弘乃)
第1回 相方と仲間:パートナーとコミュニティ
第2回 好きな女性と暮らすこと:ウーマン・リブ、ウーマン・ラブ
第3回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(前編)
第4回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(後編)
第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ