今こそ求められる「民間外交」の担い手――識者が読むSGI提言

中国清華大学高級研究員/中部大学教授
酒井𠮷廣

世界宗教が備える「doing」

 今回(第47回)の「SGIの日」記念提言を読んで、「doing(行動)」の書であるという印象が強く残りました。一般に、宗教は「聖典」(教典)を持ちますが、その共通点として「being(あり方)」を説いていることなどが挙げられます。具体的には、神仏の姿、教え、目指すべき社会、先人らの殉教の物語――といったものです。
 その上で提言は、日蓮の教え(being)を念頭に、眼前の地球上の諸課題を直視し、「このように解決していこう」との「doing」を国際社会・市民社会に呼びかけています。すなわち、教条主義に陥らず、刻々と変化する時代や社会状況に応じて、現実的かつ万人が共感し得る具体的方途を示している。そうした「画期性」が重要だと感じます。また、このような提言を40年も前から継続してきた熱意に感銘を受けました。
 さらに、もう一重思索を重ねると、創価学会ではすでに「being」が確立されているからこそ、明確な「doing」を展開できることが理解できます。これまで私は第三文明社の出版物はじめ、池田会長の著作を何冊も読んできました。中でも小説『人間革命』には、日蓮の教えを現代に継承する三代会長の平和行動と、草創期の学会員の物語が綴られています。この小説が「being」として受け継がれているから、学会員の皆さんもよりよい社会の実現に向かって「doing」できると考えられるのです。
 もう一つ、私が提言を読んで想起したのが、第266代ローマ教皇フランシスコの回勅(全世界の信徒に送られる書簡形式の指針)「ラウダート・シ」(2015年5月24日発表)との相似性です。
 歴代教皇初の南米出身者であるフランシスコは、前例にとらわれない柔軟な思考と大胆な行動力で知られる宗教指導者です。先の回勅でも、史上初めて地球環境に対するキリスト教徒の責務について言及し、地球環境にひもづく諸課題、政治や経済や貧困問題の克服について考察しています。つまり、従来のキリスト教が説く「神」との関わり方だけでなく、自分を取り巻く他者や社会、地球環境との共生を模索するよう呼び掛けているのです。
 この事実を踏まえ、もし、持続可能な地球環境の実現や人類の安寧・幸福の追求に責任を担おうとする宗教を「世界宗教」と呼ぶならば、すでに創価学会は世界宗教へと飛躍を遂げ、平和実現への確かな道のりを歩み続けていると考えます。

日中友好は国際社会を支える基盤

 今回の提言の中で池田会長は、今年が「地球民族主義」の提唱から70年、「日中国交正常化」50周年に当たることを紹介し、地球民族主義から出発する新たな日中友好の形を環境連携に見いだすことを提案。日中両国には生物・環境保護の分野で協力・連携を重ねてきた実績があり、その基盤をもとに気候変動問題克服への連帯につなげるべきだと綴っています。
 歴史をひもとけば、戸田城聖第二代会長の地球民族主義は、激化する東西冷戦下で提唱されました。人類は国家やイデオロギーの枠を超え、共に地球に生きる「一つの民族である」との意識を持つべきとの訴えです。
 その精神を継承した池田会長は、戸田会長の遺志を実現すべく、第三代会長に就任し、すぐさま世界平和実現への歩みを開始されます。以来、世界の指導者や学術者や民衆と語らい、同じ人間、民族、仲間として、別け隔てなく友情を育んでこられました。
 地球民族主義と聞くと、何か国籍や今いる場所を脱することが前提であるかのように受け止める人もいるかもしれません。しかし、創価学会に息づく地球民族主義とは、国や地域、家庭など自分の土台を大切にしつつ、開かれた心で世界の人々と触れ合う「姿勢」を示すものと私は理解しています。だからこそ、厳しいといわれる日中関係にあっても、池田会長は日中が手を携えることの大切さを説かれたのでしょう。
 現在、ロシアによるウクライナ侵攻が続いています。それに伴って日本でも「中国脅威論」が盛んに喧伝され、反中感情のさらなる高まりが懸念されます。こうした状況は、かつて池田会長が「日中国交正常化提言」(1968年)を発表した当時の国際情勢とも重なり合うものです。
 それでもなお、真に日本の繁栄や地球環境の保護を考えるならば、中国との友好交流は不可欠です。例えば近年、自動車産業では燃料電池や排ガス浄化装置の開発が盛んになっています。
 しかし、これらの開発にはレアメタル(希少金属)が必要で、そのレアメタル産出で最も力を持っているのが資源大国・中国なのです。何より、中国には優れた鉱石精錬能力があります。17種のレアアース(希土類)でいえば、世界市場の6割を中国が占めているのです。
 こうした現実に目を背け、疑心暗鬼に陥って中国を敵視するならば、その不幸は日中両国にとどまらず、アジア、そして世界へと波及していきます。グローバルな経済の発展、地球環境保護へ思いを致すならば、日中友好こそ国際社会を支える重要な基盤であることを、一人でも多くの方にご理解いただきたいと思います。
 また、押し広げて言えば、近年悪化の一途をたどる日韓関係も同様です。過去の歴史に照らすならば、隣国同士の争いは不毛な結果に終わるだけでなく、双方の民衆をも苦しめてきました。ゆえに、提言が説く日中における環境パートナーシップのように、韓国とも協力できる分野を模索すべきと考えます。

ウクライナ危機に思うこと

 現在のウクライナ危機を見るにつけ、あらためて池田会長の鮮やかな民間外交が思い出されます。1974年当時、旧ソ連と中国は緊張状態にあり、「戦争が起こるのではないか」と懸念されていました。
 こうした情勢を敏感に察知した池田会長は、同年9月にソ連を初訪問。アレクセイ・コスイギン首相と面会し、大胆にも、「ソ連は中国を攻めますか」と質問し、「中国を攻めるつもりも、孤立させるつもりもない」との発言を引き出しています。そして、わずか3カ月後にコスイギン首相の言葉を携えて中国を訪問し、両国の緊張緩和に寄与したのです。
 特に、今回の軍事侵攻(2月24日)を前に行ったテレビ演説でウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナが正教会ゆかりの地であったとの歴史に言及。自身の行動が、キリスト教徒を守る宗教的信条に基づくものであることを示唆しています。
 これらの事実を踏まえると、池田会長のような世界的宗教指導者が双方の仲介者に立ったのであれば、事態の早期収拾が図れたのではないか――そのように思わざるを得なかったのです。
 やはり、混乱する世界情勢にあって最大の不幸は、日本にも世界にも、「平和のための外交」を担える指導者がいないことです。「平和のための外交」とは、「あなたが悪い」と糾弾することでも、一方的な要求を突きつけることでもありません。相手の行動の背景や動機を理解し、その心を動かせるような言葉を紡ぐ。そうして、具体的な行動変容を促していくことが重要なのです。
 その意味で、「平和のための外交」はなかなか政治家には担えません。どうしても国益、つまり自国の立場に縛られるからです。ゆえに、危機のときこそ「民間外交」の出番であると私は考えます。
 池田会長は今も、『聖教新聞』に自ら撮影した写真や随筆を寄せていますが、卒寿を超えられた会長に、世界を飛び回る民間外交を求めるのは、行き過ぎた望みでしょう。だからこそ提言を学び、その平和思想を受け継ぐ青年部の皆さんに、民間外交を継承してほしいと願っています。今すぐ具体的な行動につなげられなくとも、まずは世界に民間外交の「種」をまいてほしいのです。
 それは何も特別なことではありません。海外に行ったり、SNSを通じたりして、出会いを重ねることです。そして会うたびに率直に語らい、同じ時を過ごす中で友情が深まり、何があっても揺るがない信頼関係が生まれていくはずです。
 そうした青年たちが日本で、各国でリーダーとなり、社会を支えていく。この目に見えない連帯こそが、世界の平和を実現する原動力になると信じています。

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さかい・よしひろ●1985年、日本銀行入行。金融市場調節、大手行の不良債権問題を担当の後、信用機構室人事担当調査役。その後米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザーを経て日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI( アメリカン・エンタープライズ研究所)研究員、2002年よりCSIS(米国ワシントン戦略国際問題研究所)非常勤研究員、2012年より中国清華大学高級研究員を兼務。2017年より中部大学経営情報学部教授。東日本国際大学客員教授。専門分野はゲーム理論、国際関係論。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。