核廃絶を正式表明した岸田首相の採るべき道――核の傘の下で生きる日本は草の根戦術の展開を

中部大学教授
酒井吉廣

 岸田首相は、10月8日の所信表明演説で

被爆地広島出身の総理大臣として目指すのは「核兵器のない世界」です

と語った。

核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、唯一の戦争被爆国としての責務を果たします。これまで世界の偉大なリーダーたちが幾度となく挑戦してきた核廃絶という名の松明(たいまつ)を、私も、この手にしっかりと引き継ぎ、「核兵器のない世界」に向け、全力を尽くします

旨も付け加えた(「岸田総理所信表明演説」10月8日)。核兵器保有国、および核の傘で守られた国のリーダーが、公式の場でここまで踏み込んだ発言をしたのは初めてではないだろうか。
 一方、彼は核兵器禁止条約(以下「核禁条約」)への署名・批准については「現実を変えるためには核兵器国の協力が必要だが、1カ国も参加していない」として直言を避けている。この矛盾するような言動の背景には、核禁条約の活用の難しさと日本の立ち位置がある。このことを考えて具体的な対応をしなければ、折角の所信表明での意欲も無駄になってしまう。野党やメディアの中には、正式加盟は無理でも核禁条約に基づく締約国会合にオブザーバーとして参加を求める声もあるが、それも基本は同じ難しさがあるだろう。
 昨年6月、松井一実・広島市長は平和首長会議(Mayors for Peace)の会長として、米アイオワ州デモイン市のカウニー市長を訪ねた。そのカウニー市長が参加する全米市長会議は、本年8月の常設委員会(国際関係部門)において、10人のうち1人の棄権を除いた賛成多数で平和首長会議が求める核兵器のない世界への行動を支持している(同委員会の決議は22人で構成される執行委員会でも承認された)。米国でも少しずつ変化が生じているのである。
 こうした中で、核禁条約にオブザーバーとして参加すべきと提言してきた公明党に対して岸田首相は、「その気になれば目的に向けた進展を探ることできるはずだ」と述べている。
 そこで問題なのは、その具体策である。

核不拡散条約と核禁条約が併存する問題

 公明党や野党の一部が支持しているオブザーバー参加の意義は、「唯一の戦争被爆国」として、議決権などはないとしても被爆体験談などを基に核のない世界を求める声を、核禁条約締約国会議の場を通して全世界へ情報発信することが有効だとの考え方による。しかし、メッセージ性の強さそのものには価値があるとしても、核兵器保有国がそれに動かされない限りは結果につながらない。
 今の現実は、核不拡散条約(NPT)の運用検討会議(2010年にニューヨークで開催)において、

①「核兵器のない世界」の達成に向けた直接的な言及
②核軍縮に関する「明確な約束」の再認識
③具体的な核軍縮措置につき核兵器国(NPTの呼び名で米英ロ仏中のこと)が次の運用検討会議準備委員会に進捗を報告するよう核兵器国に要請

――などを宣言した段階で止まっている。その後の2015年会議では、その実質事項について話し合ったが合意には至っていない。
 このため、NPTが決めた核兵器国と1967年以降に核兵器を保有した国(インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮等)に対して、核禁条約がNPTの動きを飛び越えた行動を求めてもその実現は覚束ない。世界が国際連合の下で1970年に発効したNPTに基づく行動を半世紀かけて蓄積してきたところに、「核兵器禁止」を確実にすることを目的とした内容の厳しい核禁条約を、2021年になって新たに登場させたという挑戦は、最初から大きな壁にぶつかっているとも言える。

国際連合の性格と核禁条約の完全性との矛盾

 大日本帝国の対米攻撃により太平洋にも拡大して全世界的規模の戦争となった第2次世界大戦。それを受け、1942年に作られた連合国(United Nations)が作られ、その連合国の下、第2次世界大戦後の世界に再び戦争が起こらないようにするべく、平和のための維持・拡大、および経済・社会等の面での国際協力の達成などを目的とした活動が続いてきた。現在では組織が肥大化しているとの批判もあるが、核禁条約を発効させたことなどは、平和維持等の目的達成のために続けてきたことへの賜物であろう。なお、日本は現在では国際連合と呼ぶが、連合国と国際連合の英語での名称はともに「United Nations」であり、中国では今も「連合国」との呼び方を続けている。
 連合国の中核であった米英ロ仏中が、安全保障理事会の常任理事国となった。この5カ国は戦後の覇権を競い合う中で核兵器を保有するに至った。理屈の上では、「連合国(国際連合)加盟国等が戦争に訴えた場合、紛争解決の手段としての抑止力を持つ必要があった」というのが彼らの基本的解釈だろう。「核兵器があるから平和がある」という類の核兵器保有を正当化する主張である。
 このため、核兵器国に対して、核禁条約に参加せよというのは世界の誰も反対しない正論であるとしても、そこに至るまでのプロセスを5カ国で合意できる形になるよう提示する必要がある。それを、5カ国が同時に受け入れられる場合に、核禁条約が本格化すると考えるべきだ。しかも、他の核保有国にも参加を促すためには、核兵器国の強いリーダーシップが必要となるのは間違いない。
 したがって、日本が核兵器廃絶に向けてすべきことは、この核兵器国五カ国に対して核兵器の撤廃をダイレクトに求めることとなる。ところが、核禁条約は核兵器の材料となる物質の国内保有や核兵器自体が国内を通過すること(例えば、米国が核兵器を日本の領土・領海内を通過させること)等まで禁止するような徹底した内容なので、それを実現することは容易ではない。極端な議論をするならば、核の平和利用との棲み分けについても再度考える必要があるという見方さえある。
 それほど、核禁条約は核兵器の禁止条約としては完成度が高いものの、そのことが逆に、現時点で既にそれを保有しているような国にとっては簡単には参加できないものとしてしまっている。

核禁条約はその目的を達成するための修正を

 こうした状況下、岸田首相が取り組むべきは、まず、核禁条約を如何に修正すれば核兵器国にも参加の可能性が出てくるかを探ることである。バイデン大統領の持論は、米国の核兵器は他国の核兵器利用を抑止するためにあるという考え方なので、核兵器数自体を減らす考え方に反対する筈はない。また、コロナ対応として巨額な財政出動をしている米国だが、議会民主党は、その財源捻出のために軍事費の削減を主張しているため、今は新たな核兵器開発を止めるチャンスでもある。
 中国も、基本的には核兵器の先制使用はしないと宣言しており、米国が新たな核兵器開発を止める方向に動き出せば中国がこれに続く可能性がある。日本がこれらを誘導できるならば、現在の米中間の張りつめた緊張感を緩和させることにも一役買うだろう。英仏ロの3カ国は、必ずしも米中に同調するとは限らないものの、まずはこの2カ国を動かすことが真に核禁条約の目的を実現するための第一歩であろう。
 問題は、核禁条約の内容が今のままでは、核兵器国が核廃絶に向けた具体的なプロセスを進めていくようには必ずしもなっていない点だ。例えば、10年かけて核兵器を廃絶するという発想が核兵器国にとって合理的な選択となるならば(遠い将来のことにも思えるかも知れないが)、それを受け入れるような条約改正が必要なのである。あるいは、NPTとの連結をさせた2つの条約の合同運用という発想も必要かも知れない。
 要は、現在のNPTと核禁条約の間を埋めるルールの構築が必要なのだ。
 非常に難易度の高いものなのは間違いないが、決して実現できないものでもないだろう。また、核の平和利用の技術が一段と進歩すれば、原発の増加に応じて核兵器に転用可能な物質が生成されるということもなくなる筈だ。人類がそれに挑戦しない手はなく、日本がそのトップを走るということは日本人の願いでもあるだろう。

まずは草の根で核廃絶の訴えを加速

 もう一つ重要なことがある。こうした動きを実現するためには、「ツートラック(two track、2つのルートという意味)」での対応が必要な点だ。冒頭の岸田首相の発言は、実現に向けた具体策があるわけではなく、米国の傘に下にある日本政府や日本の政治家がその実現に向けて真剣に動くことは、今後も大幅な展開に関しては期待薄であろう。そこで、核兵器廃絶を実現するには政治レベルだけではなく、民間レベルの力が必要なのだ。ICANが長い年月をかけて連合国(国連)を動かし核禁条約発効を実現させたが、その行動を日本は学ぶべきである。
 日本は、まず、①首脳レベルでの合意とそれを支える官僚達による条約改正案(または付随文書案)の作成とともに、②広島市長がデモイン市長に会いに行ったように、核廃絶のための行動を積極的に進めていく――ことが重要である。冒頭の全米市長会議でも、「平和首長会議とは何か」との質問が出たのだが、その内容が説明された後は賛成多数で核廃絶を採択している。つまり、「しっかり」かつ「丁寧」に真実を伝えることが重要なのだ。
 民間レベルについては、日本で最も核禁条約の実現にむけてICANを支援してきたのは、広島市とSGI(創価学会インタナショナル)だ。SGIの代表は広島市長とともにICANのノーベル平和賞受賞式にも招かれている。この努力を続けて、世界に草の根の声を結集・浸透させれば、核兵器国という大きな岩を動かせるのではないだろうか。
 1987年6月12日、レーガン米大統領は、当時の西ベルリン・ブランデンブルグ門の前で冷戦終結を訴える演説を行った時、

西側(自由主義陣営)と東側(共産主義陣営)は、お互いに武装しているので(どちらかが戦争をしかけるとの)疑いを持っていない。(しかし)我々はお互いを疑っているので武装している

と語った。正に、この状況は現在に通じる。
 現時点で現状を変えるために米国や他の核兵器国にリーダーシップを期待するためには、各国で草の根によるボトムアップの核兵器廃絶への行動が求められている。

「核兵器の恐怖から人類を解放するために」(酒井吉廣 中部大学教授):
(上)世界で続く紛争で核兵器が使われたなら
(中)時宜を得た核禁条約発効に日本人はどう対応すべきか
(下)理想と現実のギャップを乗り越えていくために

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さかい・よしひろ●1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の不良債権問題を担当の後、信用機構室人事担当調査役。その後米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザーを経て日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI(アメリカン・エンタープライズ研究所)研究員、2002年よりCSIS(米国ワシントン戦略国際問題研究所)非常勤研究員、2012年より中国清華大学高級研究員を兼務。2017年より中部大学経営情報学部教授。東日本国際大学客員教授、東京大学総長室アドバイザー、北京大学新構造経済学院客員研究員。専門分野はゲーム理論、国際関係論。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。