核兵器の恐怖から人類を解放するために(下)――理想と現実のギャップを乗り越えていくために

中部大学教授
酒井吉廣

 8月6日の広島平和記念式典の後の記者会見で、菅首相は、核兵器禁止条約(以下、核禁条約)の署名・批准やオブザーバーとしての参加の意思がないことを表明すると共に、NPT(核不拡散条約)の下で核兵器の不拡散に努めると語った。前回も触れた通り、日米安全保障条約に基づく米国の核の傘の下にある日本の宰相として菅首相のコメントは当然の内容で、筆者はこの国際情勢の現況を睨んだ判断を多としたい。
 これに対して、野党の多くは日本国が核禁条約に書かれているオブザーバーとしての参加を主張し、日本共産党は核禁条約のすみやかな署名・批准を主張した。日本国が、核禁条約へのオブザーバー参加を考える事は難しいというのも前回触れたとおりである。オブザーバー参加して、米国の核の傘の下での防衛体制を敷きながら、それを否定する核禁条約加盟国と話し合いをするという二股外交などあってはならないからだ。
 一方、世界には核兵器が多く存在し、しかも国連安全保障理事国(米英仏中ロ)以外に核兵器を保有している国が存在することも現実である。日本の近隣国では、中国、ロシア、北朝鮮が核兵器を保有している。日本人は、核兵器と隣り合わせで生きているのだ。
 こうした中で、国家としての日本国はどのような対応をすればよいのだろうか、また個人としての日本人はどうなのか。どうすれば紛争が絶えない国際情勢の下で、核禁条約を有効に機能させられるのだろうか。最終回となる今回は、この点について考えてみたい。

核禁条約についての意見が異なるのは健全なこと

 第1回の原稿で触れた公明党の岡本三成衆議院議員は、核兵器の廃絶を願う国会議員の一人で、それに向けて様々な努力をしている。日本にとっての核禁条約に向けた課題及び取り組みは、日米同盟の下で理想と現実のギャップが大きいことを理解した上で、条約の署名・批准までのプロセスを考え、そのための行動をし続けることである。筆者が尊敬する日本の政治家に故・斎藤隆夫氏(第一次吉田内閣で行政調査部総裁)がいるが、彼は戦前・戦中ともに軍に屈せず平和を主張した。今の日本には彼のような気骨ある政治家が必要だろう。その意味で岡本議員にはその資質があり、今後の活躍が期待できる。
 今年、自公連立から22年目を迎える。両党は与党として是々非々で政策論議を行い、政策項目によっては意見が異なるということも認め合う立場で付き合ってきた。欧州諸国における連立政権は「日々是議論」で、常にお互いの信じる政策(≒公約)について競い合っている。政治家にとって重要なことは、有権者である国民へのアカンタビリティ(説明責任)だからである。
 日本の場合、「核兵器廃絶」の言葉に反論する国民はほぼいないだろう。ただ、憲法改正を党是とする自民党の中には、日本を守るためならば核兵器も必要だと考える議員がいるかも知れない。しかし、公明党は、故・後藤田正晴元官房長官が指摘したとおり平和の党であるから、核禁条約への著名・批准を党としての目標として掲げてもよい。両党とも、国民へのアカンタビリティとして正々堂々と与党内議論をすればよい筈だ。二十年余の関係を持ってすれば、両党がこの違いを乗り越えられないことはないだろう。
 そこで議論する上で大事になる考え方が、核兵器保有国に隣接する日本国民にとって、純粋に「平和」と「核兵器廃絶」を目指すための行動であるべきで、イデオロギーの影響を受けないようにすることである。なぜならば、核兵器廃絶の問題は、保有国が共産主義だから危険だとか、資本主義の米国こそ危険だとかいう話になると、結局はイデオロギー対立に陥って本末転倒のような議論になってしまうリスクがあるからだ。かつての、社会主義・共産主義の国だからという理由でソ連の核実験(1961年)を肯定した日本共産党のような議論にもなりかねない。
 核禁条約が形となった以上、これから重要なことは、漠然と核禁条約賛成と主張するのではなく、核兵器のある現在をまず受け入れて、それを無くすための努力をどのような方法で、またどんなステップで行動するかを考えることに他ならない。
 一方、国家の枠組みからのアプローチだけでなく、多方面で議論を活発にして、行動を起こす必要がある。
 8月6日の広島、9日の長崎での平和祈念式典では、両市長がそれぞれ「平和宣言」を行い、その中で日本国の核禁条約の署名・批准を求めた。世界で唯一の被爆地の首長としては当然の訴えである。今後は、日本国とは別行動で、両市が核禁条約にオブザーバー参加することが望まれる。
 国家が外交上の理由から動けない場合でも、国民が個人として、また市民団体として独自に動くことは十分あって構わないし、それは世界政治の歴史にも刻まれている事実だ。そのような観点で考えると、核兵器廃絶のための活動を草の根レベルで行う組織の活躍が期待される。それはまた、世界に原爆の悲惨さを訴えられる唯一の国としての日本の義務でもあるだろう。SGI(創価学会インタナショナル)は、個人・市民団体の行動をリードする役割を果たしてきた。今後も民衆のための平和運動を世界に広げてもらいたい。

核兵器廃絶に向けた日本国の役割

 核禁条約のもと核兵器廃絶のために日本国がすべきことについて、具体例で考えてみよう。
 近隣核兵器保有国のうち、北朝鮮は日本人を拉致しており敵性国家である。しかも、日本海に核弾頭の搭載可能なミサイルを撃ち続けている国でもある。日本人の安全を考えれば、北朝鮮に核兵器を放棄させると同時に、拉致という対日敵対行為を中止させる行動が必要となる。他方、国連がすでに同国への制裁を続けており、日本もこれに足並みを揃えている。したがって、日本国が考えるべきは、それ以外で独自に出来ることはないのか、ということとなる。
 こう書くと筆者のことを好戦的な人間と感じるかも知れない。しかし、数年前に秋田県等で避難命令が出たように、北朝鮮のミサイルはいつ日本に打ち込まれるかわからない重大なリスクである点は論を俟たない。
 核禁条約加盟国の行動としては、自国で核兵器を保有しないということだけでなく、核兵器保有国に核兵器を放棄させる行動を含んでいることは間違いない。このため、オブザーバーの役割も、この保有国に対する諸々の決議を見届け、実際の活動を見守るというものとなる筈だ。すなわち、「核禁条約に基づく行動をする」ということは大変なことで、語弊を恐れずに言えば、核兵器を使って威嚇をする国との「武器を使わない戦争」となることを覚悟する必要さえあるかも知れない。
 それが、核禁条約の意図するところであり、日本にとっては、まさに北朝鮮がその第一の相手国だと言える。これは、NPT(核不拡散条約)の下での不拡散への努力にも一致する。
 しかも、日本は、OECD(経済協力開発機構)のFATF(金融活動作業部会)からマネー・ローンダリングへの対策強化を求められているが、金融庁もこれに歩調を合わせて、本年2月に「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を改正し、本年5月にはこの実行を2年半後の2024年3月までとした。これは、国連の北朝鮮に対する経済制裁を強化する方向に働くもので、いよいよ日本国も独自に北朝鮮への対応を厳しくする大義名分となる筈だ。したがって、日本国は北朝鮮に核兵器を放棄させるための行動をしやすくなったと考えられる。

核兵器のない未来をつくるために

 このように、実際に核保有国に核兵器を放棄させるということは決して容易なことではない。しかも、国際社会と足並みを揃えて実現に向ける努力をし続けることが重要となる。核禁条約が、いかに詳細に核兵器及び核兵器の開発につながる部品や材料の保有を禁止しているかは前回触れたところであるが、現段階では、核兵器を保有していない国に新たな保有を禁止することよりも、現時点での核保有国に核兵器を放棄させることの方が難しいのである。
 しかも、一昨年のインドとパキスタンの争いのように、核保有国である両国は自国の勝利のために核兵器の使用を意識したという事例はすぐそばにある。指導者にとって、核兵器は通常兵器に近い存在になりつつあるのだ。したがって、核禁条約は、この現実に挑戦しなければならない。
 この時、日本は重要な役割を求められるだろう。それは唯一の被爆国であるのみならず、核兵器を保有可能な技術を持つ国だからだ。特に、地球温暖化対策の下で原子力発電が再び脚光を浴びている中で、日本の世界最先端の原発技術のさらなる開発を進め、世界各国が安易に軍事転用できるような核廃棄物を出さないエネルギー源を提供するよう努力すべきだろう。これが実現すれば、各国で核兵器をつくる理由が自然と減少していく。なぜなら、「原発があるから核兵器開発も視野に入れる」という考えがなくなるからだ。
 国際紛争に勝つための手段としての核兵器を無くすためには、その前段階である核兵器をつくる理由を減らすことである。日本にしかできない重要な役割だ。

「核兵器の恐怖から人類を解放するために」(全3回):
(上)世界で続く紛争で核兵器が使われたなら
(中)時宜を得た核禁条約発効に日本人はどう対応すべきか
(下)理想と現実のギャップを乗り越えていくために

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さかい・よしひろ●1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の不良債権問題を担当の後、信用機構室人事担当調査役。その後米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザーを経て日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI(アメリカン・エンタープライズ研究所)研究員、2002年よりCSIS(米国ワシントン戦略国際問題研究所)非常勤研究員、2012年より中国清華大学高級研究員を兼務。2017年より中部大学経営情報学部教授。東日本国際大学客員教授、東京大学総長室アドバイザー、北京大学新構造経済学院客員研究員。専門分野はゲーム理論、国際関係論。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。