シリーズ:東日本大震災10年~「防災・減災社会」構築への視点 第6回 「日本版ディザスター・シティ」構想~一級の危機管理要員育成へ(中)

フリーライター
峠 淳次

世界最高峰の人づくり施設~TEEX防災キャンパス~

 米テキサス州にある世界最高峰の防災・危機管理訓練施設「ディザスター・シティ」(広さ約21万平方メートル)が作られたのは1997年。168人の命を奪った95年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件を受けて、大規模災害への包括的な対応訓練を行う施設として整備された。
 管理・運営しているのは、州立テキサスA&M大学の関連団体である「TEEX」(ティークス=Texas A&M Engineering Extension Service テキサスA&M大学技術学外事業)。ディザスター・シティに隣接する、これまた世界最大の火災訓練施設「ブレイトン火災訓練場」(48万5000平方メートル)や対策本部訓練センター(延べ3000平方メートル)も運営しており、これら3施設が建つ空間は「TEEX防災キャンパス」と呼ばれている。

再現された鉄道事故現場では救助活動のほか爆発物に対する訓練なども行われる

 3施設で研修を受ける人は年間10数万人。消防士や救急救命士、自治体職員、さらには大学や企業、病院など民間組織の防災担当者らが全米50州からはもちろん、海外からも参加している。また、災害ロボットのテストフィールドとしても活用されており、日本からも東京工業大学のチームが福島第1原発事故後、放射性物質を持ち込んでロボット実験を行うなど利用している。
 年間予算はTEEX全体で約8000万ドル(約80億円)。ただし、8割を教育訓練の受託によってまかなっており、州政府など行政からの支出は1割にも満たない。限りなく国家的事業に近いプロジェクトを、ほとんど自分たちが捻出する資金で展開しているわけで、この点こそがTEEXの最大の特徴と言えるかもしれない。

「被災都市」再現~実戦的訓練を可能に~

ハリケーンによる流木がれきと木造建築物の崩壊を再現している「がれきの山3号」

 では、ディザスター・シティでの訓練は具体的にはどのように行われているのか。2013年9月、現地でフィールドワークを行った静岡県立大学グローバル地域センターの小川和久特任教授と西恭之特任助教がまとめた調査報告書「米国における危機管理要員の教育訓練に関する調査」を参考に見ていこう。
 まず施設の概要だが、ディザスター・シティを構成する建物は「捜索救助訓練」「危険物処理訓練」「救急医療訓練」の3施設に大別される。
 このうち21万平方メートルの敷地の大半を占めているのが捜索救助訓練施設で、エリア内には全半壊したコンクリートビルやショッピング・モール、がれきの山、脱線した旅客列車など、さまざまな災害レベルに応じた「被災現場」を配置、文字通りの「ディザスター・シティ(被災都市)」を再現している。
 注目したいのは、これら再現された被災構造物が徹底的にリアルである点だ。例えば、再現された「被災政府ビル」は、1985年のメキシコシティ地震など世界の大災害や、2001年9月11日の同時多発テロで攻撃されたペンタゴン(米国防総省本庁舎)などを参考に設計されており、天井にはオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件で巨大コンクリート版が宙づりになった教訓を生かして、重量6.3トン、面積9平方メートルのコンクリート版も吊り下げられている。参加者はここで、ドリルとケーブルを駆使して固定・補修・開口の仕方を実戦的に学べるというわけだ。
 3カ所あるがれきの山も、高層ビル崩壊を前提としたコンクリート片からなるものや、ハリケーン災害を前提に流木や木造建築物のがれきで再現したものなど、それぞれに特徴を持たせる一方、どの「山」も、がれき内に犠牲者役を入れ、センサーや災害救助犬を用いて捜索する本格的な実技訓練が可能となっている。
 教室での座学も含め、こうした実技訓練は利用者のニーズに合わせて行われるが、大きくは基礎訓練と応用訓練・演習の2つに分かれる。基礎訓練はコンクリート板の持ち上げ方や半壊の建物の補強の仕方など、全米防火協会(NEPA)と米国連邦緊急事態管理庁(FEMA)の基準に準拠した基礎的技術を習得させるのが目的。応用訓練・演習は、時間制限を課した実戦的・個別的な演習で、より高度な技術とスキルの獲得をめざす。
 一方、危険物の処理訓練施設では、タンクローリーや貨物列車などによる危険物流出事故の現場を再現し、流れ出た危険な液体の識別から封じ込め、被害軽減までのノウハウを訓練。応急処置室や救急救命室、病室、救急車などを完備した救急医療訓練施設では、救急救命士らを対象に臨床研修や現場での医療行為の実習が行われる。

化学工場火災を再現し、訓練生に的確な消火技術を教える

 ディザスター・シティよりも古い歴史を持つブレイトン火災訓練場の訓練内容も見ておこう。先述した通り、同訓練場の面積は48万5000平方メートル。この広大な敷地に、燃焼する飛行機や化学工場、化学プラント、製油所、LPGタンクローリー、石油タンカー、さらに一般的な住宅やビル、乗用車など大小さまざまな火災現場のモックアップ(実物大模型)を再現し、〝本番〟さながらの消火訓練を実施している。放水銃やホースがいいのか、泡消火剤や粉末消火器がいいのか、化学消防車を呼ぶべきか――。訓練生はさまざまな消火機器の適切な使い方などを実戦的に学び、火の攻め方や人の救助方法、消火の手順などを身でもって知っていく。
 ディザスター・シティとブレイトン火災訓練場の間にある対策本部訓練センターは、災害が発生すれば設置される現場指揮所や危機管理センターで危機管理業務に当たる人材を育成・訓練するための施設。訓練生用の大教室や教官が入る演習統制室などのほか、危機管理に欠かせない広報担当者を訓練するための仮想「記者会見室」も設けられている。ちなみに、ここで行われる危機管理業務の演習はネット上でも利用でき、遠隔地からもオンライン参加できる仕組みになっている。

多彩なプログラム~国の積極関与の下で~

 小川、西両氏の調査報告書によれば、ディザスター・シティおよび米国内外の出張先(出前講座)で行われるTEEXの捜索救助訓練は、全米の専門家が大規模な災害やテロ、事故の経験から開発した教育訓練プログラムに基づいて展開されている。内訳は、①「構造物崩壊における救助活動」「救助技術者が知るべき医学」など救助課程7科目②「災害救助犬ワークショップ」「広域捜索」など捜索課程5科目③「流水救助という課題の認識」など流水・洪水救助課程5科目④「合同任務チーム・リーダー」「災害ロジスティック(後方支援)専門家」など指揮専属スタッフ課程7科目――など計31科目。
 また、対策本部訓練センターと米国内の出張先(出前講座)で行われる危機管理業務のマネジメントや計画に関する教育も、①自治体幹部などのための3科目②緊急事態の管理と調整に関する8科目③公衆衛生・医療機関による緊急事態準備に関する2科目――など計24科目のプログラムが組まれている。
 注目されるのは、危機管理業務に関わる教育のプログラムを州・自治体職員が受ける場合、国土安全保障省が受講料を全額助成していることだ。中央政府もしっかり関与しているわけで、小川氏は「TEEXの防災・危機管理訓練部門が『国立危機対応・救助訓練センター』と呼ばれるゆえんがここにある」と指摘している。

過去の大災害を参考に設計して再現された「被災政府ビル」の内部を視察する小川和久氏

 そのTEEXからインストラクターを招き、やはり世界屈指ともされる危機管理要員の教育訓練施設を国家主導で立ち上げた国がある。1999年9月に最大震度7(推定)の巨大地震に襲われ、2400人以上の死者・行方不明者を出した台湾だ。翌2000年には早くも「重大災害において捜索救助などの対策を適切に行うための訓練センターの設置」を明記した災害防救法を公布し、2007年5月に着工、10年1月に〝台湾版ディザスター・シティ〟ともいうべき「内政部消防署訓練センター」をオープンさせた。
 2014年と15年、2度にわたり同センターを視察した小川氏は、「日本は周回レベルで遅れていることを痛感した」と振り返る一方、公明党福島県本部が原子力災害も想定した「日本版ディザスター・シティ」構想を提言したことを高く評価。「福島再生という視点からも、国主導で福島の地に本格的な危機管理要員訓練機関を」と期待を寄せている。

シリーズ「東日本大震災10年~『防災・減災社会』構築への視点」:
第1回 「3・11伝承ロード」構想(上)
第2回 「3・11伝承ロード」構想(下)
第3回 つながる語り部たち(上)~東北から阪神、熊本、全国へ~
第4回 つながる語り部たち(下)~コロナ禍を超えて~
第5回 「日本版ディザスター・シティ」構想~一級の危機管理要員育成へ(上)
第6回 「日本版ディザスター・シティ」構想~一級の危機管理要員育成へ(中)
 
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「忘れない」の誓い、今こそ――東日本大震災から9年 被災地の今を歩く(上)
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とうげ じゅんじ●1954年大阪府生まれ。創価大学文学部卒。1979年公明新聞入社。 東日本大震災取材班キャップ、 編集委員などを経て2019年からフリーに。編著書に『命みつめて~あの日から今、そして未来へ』(鳳書院)など。