安倍政権の7年8カ月――国際社会はどう見たのか

ライター
松田 明

各国の評価に共通するもの

 安倍晋三首相が持病の再発によって、辞任の意向を表明した。
 2012年12月26日の第2次安倍内閣発足以来、歴代最長となる7年8カ月におよぶ長期政権であった。
 辞任の一報が世界をかけめぐると、各国首脳から即座にメッセージやコメントが相次いで寄せられた。
 体調悪化が理由ということもあるにせよ、日本の首相の辞任表明に対し、これほど各国の首脳や政府から親密なメッセージが発せられたことは、おそらく過去になかっただろう。
 しかも、形式的な「お見舞い」にとどまらず、安倍政権の〝実績〟に対する具体的な言及がそれぞれにあったことに注目したい。いくつかのものを一部紹介すると、

安倍首相は常に多国間主義に向けて努力してきた。日独間の距離にもかかわらず、両国は基本的価値を共有していることを示した。(ドイツ メルケル首相/8月28日の会見)

彼のもとでイギリスと日本との関係は、貿易、防衛、文化交流の面で、ますます強化された。(イギリス ジョンソン首相/28日のツイート)

オーストラリアは真の友人である安倍氏に感謝する。安倍氏のリーダーシップ、見識、寛大さ、そしてビジョンは、地域や世界の平和、自由、繁栄を守ってきた。豪日間はかつてないほど親密になった。これは安倍氏が示した謙虚と誠実さによるところが大きい。(オーストラリア モリソン首相/28日のツイート)

あなたのビジョン、あなたのリーダーシップ、そしてあなたの友情は私たちの両国をより近づけてくれた。長年にわたり、より良い世界の構築に専念してくださり、ありがとうございました。(カナダ トルドー首相/29日のツイート)

あなたのリーダーシップと献身によって、インドと日本の連携はこれまでにないほど深く、強くなった。(インド モディ首相/28日のツイート)

日中関係の改善に尽力された安倍晋三総理に一同敬意を表します。一日も早い回復を心よりお祈り申し上げます。(中国 華春瑩・外交部報道官/29日のツイート)

首相は両国関係の発展に多大な貢献をした。交渉と2国間関係の発展を通じて最も困難なものを含むあらゆる問題の解決を目指す(安倍首相の)取り組みは、ロシア大統領と共有されている。プーチン大統領も首相との関係を高く評価している。(ロシア ペスコフ大統領報道官/28日インタファクス通信)

迷走しがちなトランプ大統領の外交を、現実に近いところにつなぎ留める重い金属の鎖のような存在だった。(アメリカ ボルトン前大統領補佐官/28日ワシントン・ポスト紙電子版への寄稿)

 各国首脳が異口同音に述べているのは、日本とそれぞれの国の関係がこれまでになく強固で親密になったこと。そして、日本が多国間主義による平和と安定に寄与したことだ。
 この長期政権が国際社会で果たした役割を、率直に物語っている。

予想と違った安倍政権の動き

 米国の経済学者ノア・スミス氏は8月29日、『ブルームバーグ』に安倍政権への論評(Bloomberg Opinion「Abe Defied Expectations to Build a Better Japan」)を寄せた。
 2012年末に安倍政権が誕生した当時、氏はその能力に懐疑的で、安倍首相は右翼であり、その政権への復帰を日本の保守化の前兆のように見ていたという。
 しかし、安倍政権はこうした予想に反して、過去の自民党政権とは異なる政策をとり、日本経済を回復させたと綴っている。
 氏はさらに、安倍政権の功績として、以下の点にも触れた。
 トランプ政権が誕生して米国が保護主義に陥り、TPPを抜けたあとも、日本はEUと協定を結びTPPを存続させたこと。
 働き方改革を実施して、日本の古い企業文化を改めさせ、労働者を苛酷な残業から解放したこと。
 男性の育休や保育所の充実に努め、女性の雇用を拡大したこと。
 男女平等と外国人労働者の受け入れ拡大が、セクシャルハラスメントの拒否や男性の育児参加など従来の日本社会を変えつつあること。
 当初は安倍首相の支持基盤と目されていた右派勢力からの反対にもかかわらず、人種差別主義者を批判し、日本初となる「ヘイトスピーチ解消法」を成立させたこと。その法律によって実際にヘイト集団のメンバーが起訴されたこと。
 そして、このように安倍首相を総括した。

At a time when many world leaders are retrenching into nationalism, protectionism, racism, and authoritarianism, Abe defied expectations and became a champion of the embattled notion of liberalism.
(各国首脳の多くがナショナリズム、保護貿易政策、人種差別、権威主義へと退いていく中で、安倍は予想に反して、窮地に陥っていたリベラリズムの旗手となった。)

公明党が果たした役割

 実際、2012年末に第2次安倍内閣が誕生した当時、民主党政権への失望から日本では極右勢力が勢いを増していた。
 12年12月16日の総選挙では、石原慎太郎氏が代表を務め憲法改正を主張する日本維新の会が、比例区で民主党を263万票あまり上回る1226万余票を獲得。民主党の57議席に迫る54議席を得ている。
 民主党政権が尖閣国有化を発表したことで、中国では各地で日系企業への焼き討ちなど暴動が相次ぎ、日中関係は最悪の状況に陥っていた。
 日米関係も米国側から「漂流」と酷評されるほど悪化していた。
 しかし、安倍総裁の自民党は、勢いを増す右派勢力ではなく公明党との連立を選び、日中関係の修復に乗り出す。
 安倍首相はナショナリスト的な振る舞いをすることで、極右政治家たちの支持基盤を奪い、結果的に彼らの政治生命を断ち、あるいはコントロール下に置いた。
 政権発足当時、飛ぶ鳥も落とす勢いであった石原慎太郎、平沼赳夫、橋下徹といった政治家は、すでに政界から去っている。
 2013年末に靖国参拝をしたことで、連立を組む公明党や国際社会から非難を浴びると、以後は参拝を中止。
 米中との関係修復を本格化させ、14年には北京で習主席と初会談を実現。15年4月には、日本の首相として54年ぶりに米国議会で演説をおこない上下両院の議員から万雷の拍手を得た。
 国際環境の変化のなか、米国の強い要求ではじめた平和安全法制の議論も、公明党がロジカルに主導的に議論を詰めたことで、むしろ自衛隊の運用に厳密な縛りがかけられる形に着地した。
 2014年から15年にかけて、当時の民主党や共産党などは「自衛隊が戦地に送られる」「戦争がはじまる」などと国民の不安を煽り立て、国会前ではSEALDsなどがデモを繰り返した。
 法案成立から5年。平和安全法制ができたことで、自衛隊は他国の戦争に巻き込まれずにこられた。もはや憲法9条を変える必然性がなくなり、安倍首相は最後まで憲法改正に手をつけることができなかった。
 国内的には、ノア・スミス氏が指摘したように、働き方改革、女性の社会進出促進、全世代型社会保障、教育無償化、改正出入国管理法(実質的な移民政策)、軽減税率など、きわめて社会民主主義的な政策を次々に実現してきた。
 公明党が連立与党にあったことで、この7年8カ月、安倍政権は右側から中道へ舵を切り、本来ならリベラルと称される政党が推進する政策を形にしてきたといえる。
 すでに共同通信の8月30日の世論調査では、安倍内閣の支持率は20・9ポイントも上昇して56・9%に跳ね上がっている。
 日本経済新聞の調査では、安倍政権7年8カ月の実績を「評価する」「どちらかと言えば評価する」と答えた人が74%に達した。
 この8月30日の朝、かつて政権交代を実現させた当時の民主党代表は、次のようにツイッターに投稿した。

野党の皆さん、安倍政権の間どこにおられたのですか。共産党だけは頑張ってましたが、長期政権に最も貢献したのはあなたがたでしたね。仲間同士でケンカしたり選挙が近くなったらくっついたりでは、国民の皆さんはうんざりだと思いますよ。まあ私にだけは言われたくないと思っているのでしょうけれど。(鳩山由紀夫氏の8月30日のツイート)

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