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書評『アートの力』――「新しい実在論」からがアートの本質を考える

ライター
小林芳雄

 著者であるマルクス・ガブリエルは、ドイツの大学史上、最年少で哲学教授に就任したことで話題になった。「天才」や「哲学界のロックスター」としてマスメディアで取り上げられることも多く、インタビューをまとめた書籍やテレビ番組も放送され話題を呼んだ。
 本書『アートの力』は「アートとは何か?」という問題に哲学的に取り組んだものである。彫刻や映画、文学などさまざまな実例を挙げ、「新しい実在論」の立場からアートの本質を考える野心的な試みである。

私はここで、美的構築主義の暗黙の諸前提に代えて、ラディカルに異なる代案を提示したい。その代案とは、新しい実在論を芸術哲学に応用すること、つまり新らしい美的実在論を考えることだ。(本書48ページ)

現代の芸術哲学の主流=美的構築主義

 現代、美術哲学の主流となっている考え方の前提には根本的な誤りがある。それはアートの価値は観察者の目に宿るというものだ。これによれば、芸術作品を鑑賞し美しいと感じる経験は対象となる美術作品から生み出されるものではなく、私たちの心によって構築されたものになる。こうした考え方をガブリエルは美的構築主義と名づけている
 さらにこの立場を突き詰めていくと現代的ニヒリズム(虚無主義)に陥る。 続きを読む

書評『傷つきやすいアメリカの大学生たち』――アメリカ社会の教育問題とその原因を探る

ライター
小林芳雄

脆弱な存在を自認する学生たち

 大学における学問の自由・言論の自由にこれまで尽力してきた法律家と社会心理学を専門とする2人の著者が、アメリカ各地で起きている大学紛争の原因を分析し、解決の方途を探った一書である。
 ――授業で出された課題図書を読むことすら拒否する、政治的立場の異なる講演者に暴力をともなう激しい抗議を行う、教員の言葉尻をとらえて糾弾して激しいデモなどによって辞任にまで追い込む、学長や学部長を軟禁し罵詈雑言を浴びせ、自己批判と謝罪を迫る――。
 出来事を列挙すると、1960年代から70年代に起きた日本の学生運動や中国・文化大革命時代の紅衛兵を思い起こさせる。しかし、これらは全て近年のアメリカの大学で起きた事件である。しかも、紹介されている事例の大半は、世界最高の教育水準を誇るといわれた名門大学で起きたものだ。
 本書はこれらの現象の背後に、現在、アメリカの教育界を席巻している3つのエセ真理があることを指摘している。 続きを読む

書評『丸山眞男と加藤周一』――戦後を代表する知識人の自己形成の軌跡をたどる

ライター
小林芳雄

芸術への愛好と徹底した読書

 政治学者・丸山眞男(1914-1996)と文学者・加藤周一(1919-2008)は戦後日本を代表する知性であり、ともに著作も多く、実際に日本社会に多大な影響を与えた人物だ。
 本書は、2021年に東京女子大学の丸山眞男記念比較思想研究センターと立命館大学加藤周一現代思想研究センターが行った共同展示の内容を本にまとめたものである。数多くの著作だけでなく、膨大な未公刊の草稿や日記なども丹念に調査し、出生から1945年の太平洋戦争敗戦の年までの2人の成長の軌跡をたどっている。

 丸山と加藤は基本的には自由主義の立場に近く、社会主義に対しても多大なシンパシーをもっていたが、既成のイデオロギーの持ち主として捉えるのはミスリーディングであろう。二人は、出来合いの規準を内面化してそこから自己の判断や行動を割り出していくのではなく、自分なりの独立した判断規準を鍛え上げていくことを課題としていたのである。(本書20ページ~21ページ)

 旧制一高から東京帝国大学へ進学を果たし、エリートとしての経歴を歩んだ2人であったが、模範的な優等生ではなかったという。 続きを読む

書評『歴史を知る読書』――豊かな歴史観を身につけるために

ライター
小林芳雄

〈歴史を知る〉とは?

 著者・山内昌之氏は、国際関係史と中東・イスラーム地域研究の日本における第一人者として知られ、「国家安全保障局顧問会議」の議長を務めるなど、日本を代表する有識者である。
 本書は、歴史学の泰斗である著者があまた出版されている数多くの書籍から、一般の読者でも楽しく読み進められ歴史を知ることができる75冊の本を選び、含蓄に富んだ文章でコンパクトに解説したものだ。
 歴史に詳しい人というと、歴史マニアやクイズ番組で活躍する回答者のように歴史的事件や年号に詳しい人のことだと思われがちだ。しかしそれは歴史知ることの一面に過ぎない。
 歴史は年号や固有名詞を正確におぼえることは基本であるが、そのうえで、歴史学とは積み重ねられた事実から歴史をつらぬく真実を読み取るものである。
 さらには、すぐれた歴史学者はよく知られている歴史的事実に新しい観点から光をあて、一般的な価値観や常識を覆すような研究を行う。そうした研究に基づいた歴史書を読むことは、私たちの歴史に対する考え方や見方を格段に深め豊かにするものであるという。 続きを読む

書評『夜のイチジクの木の上で』――‶中途半端さ〟で生き残る動物の生態

ライター
小林芳雄

シベットとはいかなる生き物か

「新・動物記」シリーズは、動物の魅力にひかれた若手の研究者が、多くの努力を重ねながら、動物の生態や社会を明らかにするドキュメンタリーシリーズだ。本書はその第4巻にあたる。多くの写真やイラストが収録されており、さらにはQRコードをスマホで読み取ると、現地で収録した動物や鳥の映像や鳴き声などを見たり聞いたりができる。最新の学術成果を一般の読者で学べるさまざまな工夫が凝らされている。
 本書『夜のイチジクの木の上で』の著者は若手の女性の研究者である。「知的好奇心」と「たのしさ」を重視しているだけあって、研究の過程で出会った動物の生態やエピソードなどを小気味のよい、分かりやすい文体で、楽しく紹介している。動物や生態系に興味があれば、高校生や中学生でもじゅうぶんに読み通すことができる内容だろう。
 本書の主役となる動物はシベットである。この耳慣れない名前の動物の姿が思い浮かぶ人はほとんどいないだろう。古くはジャコウネコと呼ばれていたが、同じ食肉目でもネコとは全く違う動物である。読者の誤解を招かないために本書では一貫してシベットと表記されている。 続きを読む