書評『仏教の歴史』――仏教の多様な歴史と文化を簡潔に伝える入門書

ライター
小林芳雄

言語を軸として仏教の歴史を描く

 フランスの仏教研究の泰斗が、一般読者に向けて書き下ろした仏教の入門書である。非常にコンパクトで平易な言葉で書かれているが、対象としている範囲は極めて広い。
 他の入門書が主にインド、チベット、中国、日本に絞って書かれていたのに対して、本書ではこれまであまり触れられたことがない中央アジア、韓国やモンゴル、さらにはタイやミャンマーの仏教史も解説されている。伝統教団を中心としながらも、現代の仏教に関する記述もあり、この一冊で約2500年にわたる仏教の歴史と思想が概観できる貴重な入門書である。

残念ながら、その意味の「フィロロギー」を翻訳するのに、満足できるような和語がない。ただの「文献学」ではなく、むしろ、文字通りの「言葉を愛する」という根本の意味を表す単語、例えば、「愛言学」あるいは「愛語学」というような表現があれば、と思う。いずれにせよ、私が仏教の思想とその伝播の勉強に乗り出したのは、ある愛言語学的な冒険を始める気構えからであった。(本書12ページ)

 本書の特色をさらにいえば、特定の時代や国や文化に重きを置かず、言語を軸に仏教史を俯瞰した点にある。ここには著者が仏教の研究を始めた動機が深く関係している。著者はその学問的立場を「フィロロギー」と名付ける。
「フィロロギー」というと、一般的には「文献学」と訳される。しかし著者はその語源に立ち返り「言葉を愛する学問」と位置付けている。仏教が伝播された広大で多様な地域で、その言語の語彙が豊かさを増しどのように洗練されていったのか、その移り変わりに注目し仏教の歴史を読み解いている。著者の語学能力は極めて高く、学生時代の恩師の一人、哲学者・森有正は彼を「語学の天才」と称したという。日本語版序文は著者自身の手によるものだが、言語に対する著者の関心や能力は本書でもいかんなく発揮されているといえるだろう。

異文化への並外れた適応能力

諸々の精神的伝統の中で、仏教は開祖がその教えをある特定の言語に限定してはならないと規定した最初であり、ブッダは各々の民族の言葉で教えを伝承することを推奨した。仏教の伝道者たちが、その教えをインドの内外に伝えた時、彼らの最初の仕事は受け継いだ教えをまずは口頭で、次いで文字で翻訳することであった。(本書25ページ~26ページ)

 言語を中心に仏教の歴史を振り返るとき、他の宗教にはない大きな特徴が浮かび上がってくるという。それは異なる文化に対する並外れた適応能力と多様で豊穣な発展の形態を持つ点にあるという。
 仏教がインドから中国に伝えられたことは誰でも知っている歴史である。しかし言語を軸にその歴史を考えてしてみると、それは度肝を抜かれるようなことである、と著者はいう。
 インドで使われていた言葉は現在の西欧で使われているアルファベットで表記される言葉に近く、中国の漢字を使う言葉とは文法の構造が大きく異なる。釈尊の教えが文化を超えて地域の習俗に適応し、独自の発展を遂げた点に他の宗教とは違う仏教の特色がある。
 その起源は仏教の開祖である釈尊の教えにさかのぼることができる。多くの伝承が伝えるところによると、釈尊は弟子たちに対して、知識人が使う文語ではなく一般的な民衆が理解できる口語で、自身の教えを伝えるように戒めたという。
 聖典が特定の言葉で伝えられた――本書のなかで「一神教三姉妹」と称されるユダヤ教、キリスト教、イスラム教には見ることのできないものである。ここから仏教は他の宗教とは異なる独自の発展の仕方をするようになった。

なぜ西欧で仏教は理解されにくいのか

 聖典すなわちお経の問題に関して多くの逆説的なことがある。西欧の宗教に関しては、聖典といえばユダヤ教ではトーラー、キリスト教では聖書、イスラム教ではコーラン〔クルアーン〕と明確である。全体的に見てかなり短いテクストであり、ポケットに入れて世界中どこにでも持ち歩くことができ、かなり以前に決定版が編纂され、改編されることがない。
 仏教聖典はどうだろうか。まずはその分量に関して言えば、数十巻、さらには数百巻と膨大である。(本書24ページ)

 仏教は一般的に世界宗教といわれる。だが、そのことが西欧の人々にとって仏教を分かりにくい宗教にしてしまったという。
 他の世界宗教は統一した聖典を持ち、異なる文化を持つ地域に広まったとしても共通する宗教的基盤を持っている。しかし仏教は聖典とされる経典(大蔵経)だけでも膨大な数があり、地域ごとに、それぞれの伝統に基づき、さまざま言語で編纂されている。広い地域に伝統教団は現存するが、教えの内容があまりに違うので共通した宗教的基盤は無いに等しい。著者は仏教全体を代表する立場や意見はあり得ない、と指摘している。
 他の世界宗教は現代世界に強い影響力を持っている。しかし伝統的な仏教教団は特定の地域で影響を持つことはあっても、世界的に大きな影響力を与えることはない。現代の世界では限定的で周縁的な立場に留まっている。また多くの現代人にとって経典は縁遠いものになっている。
 人間のための宗教を標榜した釈尊に教えの源を発した仏教であったが、類まれな異文化への適応能力があったがゆえに、かえって教理が乱立し教団が分裂する結果を招いてしまった。
 逆説的ではあるが、これまでの仏教の歴史を俯瞰することで、力ある世界宗教へ発展を遂げるためには、共通した聖典を定める正典化(キャノニゼーション)という過程が不可欠であることが良く理解できる。

『仏教の歴史 いかにして世界宗教となったか』
(ジャン=ノエル・ロベール著/今枝由郎訳/講談社メチエ/2023年11月7日)


こばやし・よしお●1975年生まれ、東京都出身。機関紙作成、ポータルサイト等での勤務を経て、現在はライター。趣味はスポーツ観戦。