新型コロナウイルスに賢明な対応を――感染研が抗議したデマの出所

ライター
松田 明

ウイルスよりデマが危険

 新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的な感染拡大を見せている。
 WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は3月2日、「未知の領域に突入した」と強い警戒を呼び掛けると同時に、各国政府が正しい措置を取れば封じ込むことができると述べた。

 ゲブレイエスス事務局長は、「ウイルスを押し返すことができる」と強調した一方で、COVID-19そのものよりも感染に対する差別や偏見の方が危険だと指摘した。(「BBC日本語版」3月3日

 WHOが警告するように、なによりも危険なのは「感染症に対する差別や偏見」、つまり誤った情報が拡散されることだ。
 すでに日本国内では「お湯を飲めば予防できる」等の荒唐無稽なデマがSNSを通じて拡散されたほか、「紙製衛生製品がなくなる」といったデマがやはりSNSで流れ、製紙メーカーなどがどれほど「デマだ」と否定しても、各地で人々が買い占めに走っている。
 本来なら、デマであることを人々に伝えるべき報道機関も、スーパーの棚が空になった映像などを繰り返し放送し、人々の不安に拍車をかけている。
 過去の大きな災害時にも見られたことだが、とりわけテレビは「安心」を伝えるより「不安」を煽るほうが視聴率につながる。

PCR検査をめぐる悪質報道

 そうした中で、3月1日、国立感染症研究所は脇田隆字・所長名で、異例ともいえる声明を発表した。「新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査に関する報道の事実誤認について」と題するものだ。
 声明は、感染拡大が広がっている北海道において、厚労省から派遣された同研究所等の職員が、PCR検査をさせないようにしているといった事実無根の報道がなされていることを否定し、強く抗議したものだ。

 医療機関を受診する患者さんへのPCR検査の実施可否について、積極的疫学調査を担っている本所の職員には、一切、権限はございません。(同声明)

 最近の各種報道では、上記の件以外でも、本所が「検査件数を抑えることで感染者数を少なく見せかけようとしている」、「実態を見えなくするために、検査拡大を拒んでいる」といった趣旨の、事実と異なる内容の記事が散見されます。
 こうした報道は、緊急事態において、昼夜を問わず粉骨砕身で対応にあたっている本所の職員や関係者を不当に取り扱うのみならず、本所の役割について国民に誤解を与え、迅速な対応が求められる新型コロナウイルス感染症対策への悪影響を及ぼしています。(同)

 この声明文はメディア名こそ特定しなかったが、直接の引き金になったのは直前の2月28日に「日刊ゲンダイDIGITAL」が報じた「厚労省が政権に忖度か 感染者急増の北海道で“検査妨害”」という記事である。
 政府が感染者数を少なく見せるために、わざとPCR検査を受けさせないようにしているのではないかと報じた「事実と異なる内容の記事」だった。
 そして、じつはこの記事の骨子になっているのが、その前日27日の衆議院予算委員会での、立憲民主党・川内博史議員の国会質問なのだ。

デマ記事の元は立憲民主党

 予算委員会で川内議員は、時折やや薄ら笑いを浮かべながら次のように述べた。

 北海道に人を3人、厚労省から送ってらっしゃるじゃないですか。すると、北海道は今ちゃーんと検査しているから、いろんなことが分かりつつあるわけですよね。分かってきているわけです。
 ところが、厚労省から行ってる3人が、基本方針のここばーっかり強調するんですって。「入院を要する肺炎患者の確定診断のためのPCR検査をする」。ここばーっかり強調するんです。
 そしたらほかの北海道の保健所の職員や道庁の職員は、「検査あんまりしちゃいけないのか」というふうに、みんな思ってしまっていると。(YouTube「衆議院2020年2月27日予算委員会」)

 くだんの「日刊ゲンダイDIGITAL」は、川内議員にこの情報を提供したのが立憲民主党の武田浩光・北海道議だと明かしたうえで、

 北海道の対策本部に東京から3人が派遣されて以降、『感染疑い』の方がなかなか検査してもらえなくなってしまいました。(「日刊ゲンダイDIGITAL」2月28日)

といった、この武田道議の声を掲載。

 安倍政権が専門家3人を北海道に送り込んだのは、検査件数を抑え、感染者数を増やさないようにするためだった疑いが強い。(同)

と、悪質な憶測記事を書いたのだった。
 全所員が不眠不休で新型コロナウイルス対策に奔走している国立感染症研究所が、わざわざ労力を割いて前述のような強い抗議声明を発表せざるを得なくなったのは、野党第一党の国会議員の発言に端を発する悪質なデマが流れたからだった。
 国がPCR検査を重篤な肺炎患者に限定しているのは、まずこの検査の精度が完璧でないことがある。実際、陰性と判断された後に陽性になっている人が複数いる。不用意に「安心」をさせることで感染を拡大させては元も子もない。
 なにより、検査態勢にはマンパワーの限界がある。希望者全員に一気に検査を広げると、医療体制が破綻し、結果的にさまざまな疾患等で重篤な患者の生命を危機にさらすからだ。
 武漢では多くの市民が病院に殺到したことで、そこでも感染が拡大し、医療が崩壊した。今回の新型コロナウイルスでは、すでに感染経路の不明な感染者が各地で発見されている以上、できるだけ感染拡大のカーブを緩やかにすることで対処するしかないのだ。

存在感を示す公明党

 2月25日、産経新聞は「公明、矢継ぎ早の新型肺炎対策…政府は困惑?」と題する記事を報じた。

 公明党が肺炎を引き起こす新型コロナウイルス対策で存在感を見せている。自民党の倍のペースで対策本部の会合を開き、矢継ぎ早に発信する提言は政府の政策にも反映された。(「産経新聞WEB版」2月25日)

 記事では、

 自民党が対策本部を週1回開催しているのに対し、公明党は週2回のペースが続く。6日に政府への緊急提言をまとめたが、「必要に応じてタイムリーに要請する」(党幹部)として、党の対策本部の場で申し入れを繰り返している。
事実、公明党の主張が受け入れられることも少なくない。政府の専門家会議の新設は公明党が対策本部で提言(同)

と、公明党が凄まじいスピードで次々に具体策を出し、政府を動かしてきたことを紹介。その勢いは省庁側が困惑するほどだと報じたものだった。
 安倍首相は2月29日、緊急の記者会見を開き、感染拡大を防ぐために全国の小中高等学校と特別支援学校に休校を要請した。
 これは、自民党・公明党との「政府与党連絡会議」にも諮らずに、首相が自分の周辺のわずかな側近との話し合いで決めたものだった。
 唐突な発表に、戸惑いや困惑の声が多く出て、立憲民主党など野党も国会で首相を強く非難した。
 さすがに内閣支持率が大きく下がるのではという観測も出たが、「選挙ドットコム」とJX通信社が共同で、2月29日と3月1日の週末に全国の18歳以上を対象として行った緊急電話意識調査では、内閣支持率は横ばいのまま推移。野党の支持率は上がらず。
 むしろ、「休校措置」については「強く支持する」「どちらかといえば支持する」が過半数に達した。
 予断を許さない〝国難〟ともいえる状況下、できることを次々に手を打っていく政党と、この機に乗じて政権を倒そうと不安を煽る政党。
 デマに踊らされることなく、賢明に対処していきたい。

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