投稿者「web-daisanbunmei」のアーカイブ

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第15回 感大果・裂大網・帰大処

感大果

 五略の第三の感大果には、

 第三に菩薩の清浄なる大果報を明かさんが為めの故に、是の止観を説くとは、若し行は中道に違せば、即ち二辺の果報有り。若し行は中道に順ぜば、即ち勝妙の果報有り。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅰ)224頁)

と述べられてる。これは、十広の第八の果報に対応する段であるが、果報は実際には説かれない。ここでは、修行が中道に背くならば、空と仮の二つの極端な果報があり、もし修行が中道に従うならば、すぐれた果報があることを示している。
 さらに、『次第禅門』に明らかにされる修証(修行と証得)とこの果報との相違についての質問がある。「修」という原因と、それによって得られる「証」という結果は、習因・習果(因果関係において、因が善ならば果も善、因が悪ならば果も悪、因が無記ならば果も無記である場合、因を習因[新訳では同類因]、果を習果[新訳では等流果]という)という関係であること、またこのような修と証は今生で得られるものであるが、果報は今世と隔てられた来世にあると説かれる。新田雅章氏は、来世の果報とは、天台の国土観である四土(凡聖同居土・方便有餘土・実報無障礙土・常寂光土)に生まれることを指すのではないかと解釈している(※1)続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第160回 生涯の一冊と出会うには

作家
村上政彦

 僕は本が好きだ。小説や詩、評伝やノンフィクション――どのジャンルの本も、本であるなら手にとる。なかでも、最近になって気がついたのだけれど、本について書かれた本が好きらしい。
 僕の蔵書は(厳密に数えたことはないが)、ざっと3000~4000冊ぐらいだろう。これでもかなり整理してきた。そのなかに、本について書かれた本が眼につく。書評集、お勧め本のエッセイ集、読書についての本などなど。
 いちばん近くは、若松英輔の『読書の力』を読んだ。

 すべて良書を読むことは、著者である過去の世紀の一流の人々と親しく語り合うようなもので、しかもその会話は、かれらの思想の最上のものだけを見せてくれる、入念な準備のなされたものだ。(デカルト『方法序説』谷川多佳子訳、岩波文庫)

 僕は大学で小説の書き方を教えているのだが、そのとき学生に言うのは、書くためには、まず、読まねばならない、そして、読書は著者(他者)との対話であるということだ。僕らは読書によって、デカルトの言うように「一流の人々」と対話ができる。それが書くための準備になる。 続きを読む

民主主義を壊すのは誰か――コア支持層めあての愚行と蛮行

ライター
松田 明

改正入管法が可決成立

 先週6月8日、「改正出入国管理・難民認定法案」が参議院法務委員会で自民、公明のほか、維新、国民を含めた賛成多数で可決。9日の参議院本会議で可決成立した。
 反対した政党や一部メディアは〝強行採決〟などと非難したが、与野党を含めた文字どおりの多数が賛成した採決であり、強行でも何でもない。自分たちの意に沿わない採決はすべて〝強行採決〟だと言い募るほうが、よほど民主主義を蔑ろにするものだろう。
 改正法は外国人の長期収容問題を改善するのが目的で、親族や支援者ら「監理人」の監督を条件に入管施設外で生活しながら、退去強制手続きを進める「監理措置」制度を導入する。入管施設に収容した場合でも3カ月ごとに収容の要否を検討する。
 またウクライナ避難民のような難民条約上の難民に該当しない紛争避難民などを「補完的保護対象者」(準難民)として保護する制度も新設した。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第159回 集中!

作家
村上政彦

 僕の朝の日課は、まず、家族と朝食をとることから始まる。それから犬の散歩。家のすぐ近くを流れる大きな川の土手を歩くので、朝日を浴びることができて気持ちがいい。9時半から昼までは小説の執筆と決めている。ところが――
 ところがである。この日課がたびたび乱れる。多くはパソコンやスマホのメールのチェック、デジタルで購読している新聞2紙の閲覧。メールのチェックは、手っ取り早くすませることができるが、ときとして熟考を要するものもある。
 新聞はざっと見出しだけ見るつもりが、気になる記事があると印刷してスクラップブックに入れるので、けっこう時間がかかる。はっと気がつくと、昼近くになっていることが少なくない。
 これではいけない。僕は小説家なのだから、小説を書く時間をおろそかにしてはいけない、と思いつつ、つい、やらかしてしまう。そんなとき眼についたのが、『24 TWENTY FOUR 今日1日に集中する力』である。
 タイトル買いしてしまった。集中したいから。なかなか集中できないから。ページを開くと、冒頭に、「24時間をもっとも有効に使う方法は世界中の叡智により、すでに明らかになっています」とある。なに、なに? 教えて! 続きを読む

芥川賞を読む 第29回『中陰の花』玄侑宗久

文筆家
水上修一

文学に昇華された、僧侶が描くこの世とあの世のはざまの世界

玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)著/第125回芥川賞受賞作(2001年上半期)

ほぼ満場一致での受賞

 第125回芥川賞は、選考委員の石原慎太郎が「今回は全体に候補作の水準が高く、選考委員の間にさしたる異論もなしに受賞作が決まった」と言うように、スムーズに決まったようだ。かなり珍しい。選考委員の河野多惠子が選考会の様子を選評の中でかなり詳しく記していて、それによると3回の投票を通して玄侑宗久の「中陰の花」と長嶋有の「サイドカーに犬」の2作に絞り込まれ、最終的には「中陰の花」が満票で受賞を決めたようだ。
「中陰の花」の受賞に対して異論がほとんど出なかったのは、安定した文章と欠陥の少ない構成と読み物として素直におもしろいということが挙げられるだろう。 続きを読む