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長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第8回 那覇市議時代

ジャーナリスト
柳原滋雄

3足の草鞋

 1952年、長嶺が20年にわたる警察人生に区切りをつけたとき、これから空手に専念するとの思いとともに、仕事では実業家の道を考えていたと思われる。
 実際、翌年の元旦号の琉球新報には、沖縄第一倉庫が出した新年号広告に「専務」として長嶺の名が記載されている。当初は空手指導者と実業家の2つの活動で生計を立てるつもりだったと思われるが、人生のハプニングはすでに翌年生まれた。
 警察を辞めて1年後、多くの自治体で定数増に伴う臨時の議会選挙が行われることになったのだ。那覇市も定数を大幅に増やし、増加分の市議会議員を新たに選ぶ選挙が3月に行われ、長嶺も立候補し、当選した。 続きを読む

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第7回 戦後の再出発

ジャーナリスト
柳原滋雄

最後の署内柔道大会

 焼け野原となった那覇に戻ってきてからの長嶺の仕事は、みなと村の管理だった。当時、那覇港から陸揚げされる物資の荷揚げ作業を国場組が一手に仕切っており、警察内部で長嶺に担当させようという声が出たという。殺しや盗みといった犯罪を扱う純粋な刑事警察より、経済警察のほうが長嶺の得意分野だった。
 みなと村を統括する警備派出所の責任者として仕事をした。敗戦国民である日本人の力は弱く、警察官であることがわかると身の危険があったため、警察官は制服を着用しないで勤務する時代だったという。
 このころ焼け野原となっていた那覇市で米軍による規格住宅づくりが推進された。長嶺家にも割り当てが回ってきた。住所は「牧志町2丁目」で、この住宅を少し改造して仮道場となし、そこで初めて「松林流」の看板を掲げた。長嶺の流派の始まりである。時に1947年7月のことだった。 続きを読む

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第6回 沖縄戦を生き延びる

ジャーナリスト
柳原滋雄

洞窟内の那覇警察署

 長嶺将真は1944年10月、首里出身の女性、喜瀬ヨネと入籍した。長嶺が37歳、ヨネは27歳だった。
 それからわずか数日後、那覇市内がほぼ壊滅することになる「10・10空襲」が発生した。日本軍はほとんどなすすべもなく、街は破壊され尽くした。
 初めての本格的な空襲を受けた住民は、当初は友軍である日本軍の演習と勘違いした人もいたようだったが、米軍機とわかると、かねて想定していた防空壕に避難した。沖縄には自然にできた壕がたくさんある。さらに独特の亀甲墓の中はそれなりの空間があって、逃げるにはちょうどよい場所だった。
 那覇警察署に勤務していた長嶺によれば、この空襲で那覇署員の殉職者は発生しなかった。それでも那覇の家屋のほとんどが灰と化し、住民には突然の北部への避難命令が出て、ごった返した。この中には長嶺の両親も含まれていたと考えられる。 続きを読む

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡~ 第5回 警察勤務時代(下)

ジャーナリスト
柳原滋雄

本部と船越の確執

 ここで沖縄の空手家から見た船越(富名腰)義珍という存在について見ておきたい。長嶺将真は警視庁での研修に派遣された1936年、本部朝基の「大道館」だけでなく、早くから東京で普及にあたっていた船越の道場も訪ねている。当時の「松濤館」は雑司ヶ谷ではなく、まだ本郷にあった時代だった。
 長嶺の人生にとって最初に唐手に接する機会となったのは小学生時代の船越との縁によるものだが、長嶺はその著作において、空手の師匠は新垣安吉、喜屋武朝徳、本部朝基の3人で、船越を師匠と位置づけたことは一度もない。

1937年ごろ、東京の船越宅で撮影されたとみられる貴重な写真。左から4人目が船越義珍、5人目が本部朝基

 船越は安里安恒や糸洲安恒の直弟子であり、首里手の使い手であったが、なぜ長嶺は尊敬しなかったのか。一つはすでに生じていた本部と船越の確執にも原因があったと思われる。 続きを読む

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡~ 第4回 警察勤務時代(上)

ジャーナリスト
柳原滋雄

初任地の嘉手納で喜屋武朝徳に師事

 長嶺将真が沖縄警察の巡査試験に合格したのは1931年秋のことだった。20人ほどの枠に100人近くが応募し、18人が合格した。長嶺もその中に入ることができた。中国から復員して2年が過ぎていた。本人はこう記している。

 無事に満期除隊して帰郷したとき、私は将来の職業について考えてみた。自分の趣味である空手を研究しつつ、それを職業によって生かせるところ、それは警察以外にはない、と考えて、昭和6年9月、沖縄県巡査を拝命したのである。(中略)早く出世したいという考えよりも、空手道そのものに没頭できることが何よりもうれしくて、まるで国から俸給をもらって武道専門学校に通わせてもらっているようなものだと内心思っていた。(『沖縄の空手道』)

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