「反戦出版」書評シリーズ④  『家族から見た「8・6」 語り継ぎたい10の証言』

ジャーナリスト
柳原滋雄

青年が聞き取りした10の証言

 2014年に上梓された『男たちのヒロシマ~ついに沈黙は破られた』につづくヒロシマ被爆証言集。2015年に発刊された本書は、青年世代が聞き取りを行ってまとめたという点に最大の特徴がある。また聞き取りの対象者も、4人の直接の被爆体験者と、6組の被爆2世となっており、重層的な構成となっている点も特徴のひとつだ。
 そのため被爆者のみならず、被爆2世の世代が今も定期検診を受けている現実なども明らかにされており、原爆が「子孫までも苛み続けている」実態が浮き彫りになる。
 本書で印象的なのは、なぜ被爆者はあまり被爆体験を語りたがらないのかという青年世代からの素朴な疑問への回答部分だろう。答えとして、「表現の仕様がないほど悲惨で、むごい光景だったから」「語り出したら涙が出るから」などが冒頭の「はじめに」で説明される。さらに証言の中でも具体的に多くが語られている。
 例えばある親子の体験では、原爆投下後、2階建ての木造家屋がぺしゃんこになってしまい、母と弟は生き埋めになったまま火の手があがる中で助けることができずに、父と娘だけが生き残った。「なぜあのとき助けられなかったのか」「自分が焼けても助ければよかった」との自責の念がいまも離れないため、その親子間では原爆の話はタブーとなったと、証言が語られることがなくなった理由を端的に説明している。
 似たような話はほかにもあり、倒壊家屋の下敷きになった他人から「助けてくれ」と救助を求められながら、現場を走り去ってしまった自分自身に70年たったいまも納得できず、心の葛藤を抱えたままであることを明らかにする男性。
 さらに「あの凄惨な光景をどう表現したらいいのか戸惑いを覚える」と率直に語る男性など。
 本書を手にとれば、胸の内に折り重なった多くの負の感情やトラウマなどが、被爆者たちの口をどれだけ重くしてきたかという実態が詳細に明かされている。

被爆体験が広く語られないできた理由

「凄惨な光景」という意味では、本書では写真などの直接的に視覚に訴える画像は掲載されていない。それでも証言者たちが自分なりの表現や言い回しで、その実態を伝えようと努力している。
 ある人は「まるで地獄の一丁目みたいじゃった」と表現し、ある人は「現実に地獄を見た」と述べ、また別の人は「生き地獄のようでした」と語っている。
 具体的には、「皮膚がずるずるにただれた人が、列をなして歩いとった」「軍馬も皮膚がずるずるだった」とか、視界が開けてくると「建物がすっかりなくなっていた」といった驚愕の気持ちを示した証言。多くの死体の山を乗り越えて歩いていると、死体を見ても何も感じなくなり、死体の手足を踏みつけても罪悪感を抱かなくなったという心情変化を語った証言もある。
 一方、本書では、原爆被害に遭ったことに対する怒りや悔しさはあったものの、「当時の感情は忘れてしもうたよ」と率直に結んだ男性の証言も記録されている。すべて悲惨だったという話に終始するより、むしろ現在の感情を率直に語っていることで、読むほうに複雑な読後感を与える。
 加えて本書では、当時はどの家の玄関先にも「防火用水」が設置されて水をためていた現実や、身の回りに爆弾が落ちた際はどのような姿勢で即座にうつ伏せになればよいかといった細かい日常訓練がほどこされていた様子も浮き彫りになる。
 その結果、瞬間的に目と耳を押さえて近くの溝に飛び込んで九死に一生を得た女性や、メガネを瞬時に外し、目と鼻と耳を押さえるような体勢でその場に伏せた男性の体験なども綴られている。
 あとのほうになると、在日韓国人の被爆体験が盛り込まれているのも、一連のシリーズと共通するものだ。
 国籍による差別と被爆体験という二重の苦しみを味わった経緯は、被爆の実相を読者に伝えるうえで不可欠な、編集部が判断している証左と思われる。 
 本書は創価学会青年部が行っている「SOKAグローバルアクション」の一環として企画立案された。
 地元の被爆者団体からは、
「小学校や中学校で話をする機会があっても、皆さんのような世代に語る機会はこれまでなかった」「ぜひ今後もお願いしたい」との要請を受けたことも、あとがき部分で紹介される。

 戦争が起こらなければ原爆も落とされなかった。

 戦争を美化してはならない。

 いずれも本書の被爆2世の言葉である。親世代から語り継いだ体験をもとにした真実の声にほかならない。
 本書でも英訳が併録されている。被爆体験を風化させないための努力は、今後もつづけられるはずだ。

「反戦出版」書評シリーズ:
シリーズ① 『男たちのヒロシマ――ついに沈黙は破られた』
シリーズ② 『語りつぐナガサキ――原爆投下から70年の夏』
シリーズ③ 『未来につなぐ平和のウムイ』
シリーズ④ 『家族から見た「8・6」 語り継ぎたい10の証言』

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。柳原滋雄 公式サイト