「反戦出版」書評シリーズ③ 『未来につなぐ平和のウムイ』

ジャーナリスト
柳原滋雄

犠牲者20万人の「沖縄戦」の実態

 県民の4分の1が犠牲になったとされる「沖縄戦」――。その凄まじい局地戦において犠牲になったのは、多くが民間人の女性や子どもたちだった。本書は2016年に発刊された、当時、成人に満たなかった女性を中心とする14人による戦争体験集。
 沖縄がこの戦争の本格的な舞台となったのは1945年3月。米軍が本島への大規模攻撃を開始し、6月23日に牛島司令官が自決するまで、苛烈な戦闘が続いた(現在、6月23日は「沖縄慰霊の日」となっている)。
 以来70年余りが経過。当時10代だった少女もすでに90歳近い。直接聞き取りができるのは、物理的にもぎりぎりの年代となっている。
 創価学会沖縄青年部では1974年から、戦争体験集『打ち砕かれしうるま島』を皮切りに、わずか5年間で5冊の体験集を刊行。本書は、新たな青年世代による、新たな反戦出版というべきもので、その意味でも貴重な試みといえよう。
 本書によると、沖縄戦の現実は、意外なことに、海外では今もほとんど知られていないという。そのため本書も、ヒロシマ・ナガサキの体験集と同じく、英訳が併記され、世界中で広く読まれるように工夫した構成となっている。
 もう一つの特徴として、多面的な側面をもつ「沖縄戦」の現状を読者によく理解してもらう意図から、体験を選ぶにあたっても、多面的な内容を収録するように心がけた点だろう。
 ひところ社会的に話題となった「集団自決」(本書では「強制集団死」と表記)に関する体験が2本収録されているほか、女子学生が看護師として動員され半数近くが犠牲になった「ひめゆり学徒隊」の生存者の体験、九州の長崎に集団疎開するため那覇市内の児童800人を乗せて出港したものの途中で撃沈された「対馬丸」関係者の証言、さらに沖縄に存在したという慰安所施設に関する証言など、その内容はなるほど多岐にわたっている。
 繰り返しになるが、本書で証言しているのは全員、戦争被害を直接・間接に受けた女性たちだ。いずれも九死に一生を得て生き残った女性であり、それらはほんのわずかな偶然がもたらした結果だった。

「集団自決」のすさまじさ

 冒頭には、沖縄戦で左腕を失った女性の体験がおかれる。生きるために野戦病院で左腕の付け根から切り取られた女性は、両親と二人の姉、姉の子どもたちなど多くの家族を失った。
 ほかにも、破壊された家の中に取り残されていたところを母親によって懸命に引っ張り出され、舞い上がる火の粉から危うく逃れることができた女性、戦死した父親の代わりに15歳の兄が懸命に食糧を探し続けてくれた奮闘によって命を長らえることができたと回想する女性、低空飛行する米軍機に危うく撃たれそうになった生々しい体験など、家族の支えとわずかな偶然という幸運がなければ、この証言を語る機会すら生まれなかったと思われる内容ばかりだ。
 中でも集団自決問題を扱った体験談は、その現実はかくも無残なものだったのかと驚かざるをえない。
 米軍が慶良間(けらま)諸島に上陸を始めたのは昭和20年3月26日。慶留間島、座間味(ざまみ)島、翌日には渡嘉敷(とかしき)島に上陸し、住民は難を逃れるために山の中に入り、家族同士で自発的に殺し合い、集団自決を遂げようとした。
 本書では自身の祖父に殺されかけた体験談が収められている。女性、子どもが先に殺され、残った父親と息子が生物的になかなか絶命できず、結局、男だけが生き残った家がいくつもあったという。しかも戦後、島で生き残った者たちが、だれがだれを殺したのかお互いにわかっているような状況の中で、戦後を生き延びた話などは、やるせないものを感じさせる。

 終戦直後は、重苦しくやり切れない空気が島中を漂っていた。

と書いている意味は、そうした事実を背景にようやく胸に落ちてくるものだ。
 また「ひめゆり学徒隊」として負傷兵を看護した体験では、米軍の攻撃から逃げる際、歩けない患者には自決用の青酸カリや手榴弾が配られた事実などが記されている。本人ももう一歩のところで青酸カリを飲むはずだった。その女性は最後に自決しようとピンを抜いた手榴弾の上に覆いかぶさったものの、二発とも不発弾でたまたま死ぬことがかなわなかったと書いている。
 さらに朝鮮人慰安婦7人のために炊事係を担当していた女性の体験も。慰安婦のひとりが

 軍需工場に働きに来たのが、こんな風になっちゃって

と、騙されて日本に連れてこられたと語っていたことを紹介する。
 まさに、この世の地獄を生きながらえた体験ばかりだが、救いの種は、こうした赤裸々な体験を、新たな青年世代が現実に聞き取ったという事実であろう。

「反戦出版」書評シリーズ:
シリーズ① 『男たちのヒロシマ――ついに沈黙は破られた』
シリーズ② 『語りつぐナガサキ――原爆投下から70年の夏』
シリーズ③ 『未来につなぐ平和のウムイ』
シリーズ④  『家族から見た「8・6」 語り継ぎたい10の証言』

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。柳原滋雄 公式サイト