沖縄伝統空手のいま 道場拝見 第3回 戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈上〉

ジャーナリスト
柳原滋雄

本土に広がった沖縄拳法の系統

 沖縄を含め現在、国内22都府県に組織をもつ沖縄拳法空手道「沖拳会」(おきけんかい)。本土で空手に関心のある人なら一度は耳にしたことがあるかもしれない。沖縄空手のこの組織が、21世紀に入ってから、一人の空手家によって短期間に作られたと聞けば意外に感じられるだろう。
 創設したのは山城美智(やましろ・よしとも 1976-)。沖縄豊見城市出身で、YouTubeなど公開映像への露出が高いことでも知られる。那覇西高校、琉球大学を卒業後、同大学院を修了。大阪で休日に沖縄空手に関心をもつ他流派の空手指導者たちに教えているうちに、その稽古が定着した。さらに生徒の中から東京に転勤する人が出て東京でも教えるようになった。

初期に出たDVD『泊手ナイハンチ教範』(2012年)

 東京と大阪で積極的にセミナーを開くようになると、知名度も徐々に上がっていった。海外にもアメリカ、カナダ、オーストラリア、フランスなどへ足を運ぶ。あるとき受講者の中に伝統派空手専門の出版社チャンプの編集者がまじっていた。それが縁で、同社発行の空手道マガジン『JKFan』で連載をもつようになる。全空連(全日本空手道連盟)をはじめとする伝統派空手の専門誌で沖縄空手とはあまり接点がないのだが、編集者が熱心に勧めてくれたからだという。さらにこの出版社からDVDの依頼を受けるまでになる。
 この縁がきっかけとなり、東京オリンピックの組手部門で唯一のメダリストとなった荒賀龍太郎(あらが・りゅうたろう 1990-)など、全空連のオリンピック出場予定選手らの指導を手がけるようにもなった。そして、総合格闘技の菊野克紀(きくの・かつのり 1981-)に空手指導したことでも知名度が上がった。
 沖拳会は本土で華々しく活躍しているように見えるため、中心者の山城はしばしば東京・大阪に在住しているものと勘違いされる。だが住んでいるのは沖縄で、日本国内をはじめ海外と沖縄を今も行ったり来たりしている。年間の飛行機搭乗回数は3ケタにのぼるという。

稽古は立ち方から始まった

 山城は生粋の沖縄人で、実際に会ってみれば、高ぶった様子はみじんもなく、沖縄人のメンタリティーを感じさせる。
 よくいわれることだが、本土の空手界は縦ラインの人間関係、沖縄は横に水平な関係と比較対象される。師匠と弟子の間柄が縦よりも横に近いのは、沖縄人の気質がなせるものともいわれてきた。
 その沖拳会の足元・沖縄稽古会を取材した。

独特の稽古体系

 沖拳会の主要拠点は関東と関西。関東では特に東京都内に高円寺、練馬、小岩、東村山、上石神井、道玄坂など多数の支部(稽古会)がある。この4月には関東初となる常設道場(120坪)が東京新宿区に開設予定だ。関西の活動も活発だ。京都支部は完全な常設道場で、全国で最も活気があるという。大阪支部も重要拠点だ。

背中を鍛錬する1番目の稽古方法

 そうした中にあって3年ほど前にスタートしたのが沖縄稽古会だ。千葉支部所属のフルコンタクト空手出身の上野昌史(うえの・まさふみ 1976-)が沖縄空手に魅せられて単身移住。沖縄で会社設立し、仕事と空手を両立する。その上野が稽古会の指導員をつとめて本格スタートした。現在20人ほどが在籍する。
 合同稽古は週2回。県立武道館と守礼堂ビル2階の貸スタジオをそれぞれ借りて水・土に行う。月1回ほどの頻度で山城美智師範が直接指導する。土曜日夕方の守礼堂スタジオでの稽古に取材でお邪魔した。
 この日集まったのは5人。これはいつもの人数で、平日の水曜とは参加者の顔ぶれが多少変わる。この日は黒帯3人、黄色1人、白帯1人。5人のうち沖縄出身者は1人だけ。あとは本土出身者だという。
 2時間の限られた時間の中で、「今日は沖縄拳法の基本的な練習、核になる練習をお見せしました」(山城師範)と後に告げられた。
「立ち方」に始まり、沖縄拳法特有の3種類の〝背中の鍛え〟(=突きの威力の養成法)、沖縄相撲を応用した投げ技、沖拳会として重視する型「ナイハンチ」と「セイサン」、最後に空手と同じ程度の比重で重視している棒とサイ――。
 最初に見たのは運足の稽古だ。ナイハンチ立ちから横に移動したほか、セイサン立ちで前後に移動する。さらにカキエーで押し合いながら、互いに前後にスキップしながら行った。
 突きの威力を増すための〝背中の鍛錬法〟の1つめは、肘より先の腕部分を目の前で手の甲を合わせる形で構える。相手はそれを左右に開けないように外側から力を加え、その腕を開きながら前方に拳を握って突き出す。
 2つめは中段受け(サンチン立ちふう)の構えの状態から、片腕に外側から力を加えてもらい、相手を崩す動作。3つめは両手で相手の両手をそれぞれ強く握り込み、左右の手を交互に上げ下げする。
 さらに小手鍛え(腕を相手にぶつける鍛錬法)を、上段(手刀受け)、中段(中段受け、腕受け、内受け)、下段(下段払い)で行った。この際の説明で、師範が槍で突きこまれそうになったときにそれをかわす術を実演した。

その場にいないことです。これはサイ、棒、刃物でも同じです。相手から必ず一回、目線を外します

サイの握りを再現するとすぐに外せた

 目線を外して転身することで、テレポーテーション(瞬間移動)のように相手の視界から一瞬消えることが可能となる。その結果、長さのある武器や刃物で攻め込まれても攻撃を避けることができるとの説明だった。
 次に行ったのが「捕り手」。武具のサイを握ったままの状態の手首を相手に捕らせ、それを外すのだが、サイを持たない状態でも、サイを握った状態の手の形をつくるとうまく外れる。不思議な現象だが、「全然違う」とみな口をそろえて驚いていた。
 力づくで外そうとすると相手と力がぶつかってうまくいかない。サイを握った形を意識的に再現すると、余計な力みが消えるのか、簡単に外れる。
 沖拳会の空手が、古武術と一体となった独特の武術であることを実感する。沖縄空手の特徴でもある巻き藁について尋ねると、次の答えが返ってきた。

昔は真剣に稽古しましたが、もう15年くらいやっていないです。あってもいいけど、なくてもいい。現代人の生活で、常に巻き藁がある環境で稽古できればいいのですが、そうでない人たちのほうがずっと多い。巻き藁がなくても強くなれる道があるのなら、それでもいいじゃないかという考え方です。(山城師範)

 ひとつの現実的な思考に違いない。(〈中〉につづく、文中敬称略)

※沖縄現地の空手道場を、武術的要素を加味して随時紹介していきます。

シリーズ【沖縄伝統空手のいま 道場拝見】:
①沖縄空手の名門道場 究道館(小林流)〈上〉 〈下〉
②戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈上〉 〈中〉 〈下〉

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。