沖縄伝統空手のいま 道場拝見 第4回 戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈中〉

ジャーナリスト
柳原滋雄

組んで投げる理論

 稽古が始まって1時間がすぎたころ、休憩を入れて後半は投げ技の練習に移る。ここで見たのはいわゆる〝空手の投げ〟というより、沖縄相撲の投げに近かった。組み合った状態からの投げだったからだ。山城美智が説明しながら実演すると、きれいに投げがかかる。

相手を自分(の腰)に乗せる。これを〝橋を架ける〟といいます。要は相手が自分に乗ってくれる状態をつくる。接点を作って、橋をかけて、投げる。腰で投げます。手(の力)は使いません。組む手に力は要らない。相手を崩せるのは、(相手の体重が)かかとかつま先に乗ったとき。そのときに片足に体重が乗った状態は強いですが、両足に体重がかかっている状態は弱いです

相手を投げようと(意識)するとダメ。自分が回転する。橋を架けた状態から、橋げたを自分で崩す。そうするとスムーズに投げられます

沖縄相撲からの投げ

 山城の説明は論理的で、わかりやすい。沖拳会の稽古を見学して〝目線を外して攻撃を避ける〟という説明と、投げにおけるこの独特の説明が私にとって特に印象に残った。
 山城は説明している段階から、2本のサイを昔の武士が脇差しをするように空手の帯の内側に無造作に刺したまま指導する。武器が日常稽古に溶け込んでいた。

 さらに空手の型を2つ稽古した。一つはナイハンチ。沖縄拳法では、首里泊手の型であるナイハンチ、パッサイ(泊ナイハンチ、泊パッサイと称する)を行い、那覇手系のセイサン、ニーセーシーを行うのが通例という。沖拳会では特にナイハンチとセイサンを重視する。

セイサンの最初の動作

 沖拳会のナイハンチは鍵突きの根っこを体に密着させるため、鍵突きした腕が体と平行ではなく、斜めに突き出されるのが特徴だ。さらに足払いのとき、自分の逆の足に当てるところにも特色がある。沖拳会のナイハンチはあくまで腰は振らない方式である。
 最も重視するセイサンは独特だ。
 一般に沖縄空手のセイサンは、上地流セイサン、剛柔流セイサン、喜屋武朝徳(きゃん・ちょうとく 1870-1945)から伝わる首里手系セイサンの3種類があるが、そのどれとも異なる。泊セイサンと称する。
 山城が語る。

誘いから始まって、受け、攻撃、崩しという流れがすべて必ず決まっている。型が大切なのは戦い方を教えてくれるから。完全な防御というものは存在しません。それらをすべて教えてくれるのが型です

 最後に武器の指導に移った。
 6尺棒(180センチ)とサイという異なる武器同士の稽古を実演した。異なる武器の間合いの違いをどのように乗り越えるか。サイの場合は相手に投げつける攻撃も想定される。

いかに相手を誘い込むか。どんな武器でも一長一短がある。完璧な防御というものは存在しません。勝つときには必ず勝つ理由があります

 2時間の稽古が終了した。

一子相伝で受け取った空手

 山城の指導が「論理的」で、常に「わかりやすい」ことの背景には、意外な経歴が隠されている。
 琉球大学卒業後、大学院(修士)に進んだ。専門分野は、遺伝子工学、一般にバイオテクノロジーと呼ばれる理系分野という。そのため山城には〝科学者〟として生きてきた自負がある。

今でも英語の医学論文を読むのはさほど苦ではありません

 説明が理詰めに向かうのはそうした背景もあるようだ。だれよりも研究熱心。加えて多くの武術を体験してきた格闘技オタクの要素がある。
 山城美智は、沖縄拳法の使い手であった父親(山城辰夫)のもと、5歳から空手の練習を始め、中学時代から社会人まで12年間柔道に親しんだ。さらにボクシングを4年、1年間のアマチュアレスリングの経験もある。高校時代は空手、柔道、ボクシング、レスリングの〝4足の草鞋〟をはいていたというから驚く。
 身長は165センチと小柄だが、大学院時代の最盛期は体重120キロ、ベンチプレス180キロをあげていた。まさに〝フィジカル・モンスター〟だった。そんな25歳のとき、父親に連れて行かれた先が沖縄拳法の創設者・中村茂(なかむら・しげる 1891-1969)の直弟子・宮里寛(みやざと・ひろし 1936―)の住む名護だった。

サイ対棒の間合い

 このときの宮里と山城の師弟対決は本人の著作に詳しく紹介されているのでここでは省きたい。以来、10年以上、豊見城市から師匠の自宅がある名護市まで車で片道2時間の道のりを毎週1~2回通う生活が始まった。
 宮里に弟子入りしたのは大学院を修了したころで、会社の仕事が終わるとすぐに名護に向かい、宮里の自宅で4~5時間の稽古を終えた。家に戻ると時計の針は夜中の2時を指していることもざら。そんな生活が10年以上続いた。山城が師範免状を授与されたのが2015年のときだ。
 山城のこうした生まれながらの格闘技体験が、現在の指導に生きている。異なる格闘技選手を指導する際、競技の特質を徹底的に研究するのは理系ならではの研究熱心さといえる。

総合格闘技選手をはじめ今はプロボクサーも何人も教えていますが、ボクシングの技術だけを教えているわけでもないですし、(空手の)型を教えているわけでもない。ちゃんと〝戦いができる原理〟を教えているという感じです

 伝統空手のオリンピック選手をはじめ、総合格闘技、ボクシング、キックボクシング(K―1含む)、相撲、ラグビー選手などありとあらゆるジャンルの選手たちが指導を求めに来る。

毎日LINEで(選手たちから)スパーリングの動画が届きます

 目の前でさまざまな動画が送られてくるとスマホを開いて見せてくれた。それらの指導はすべて〝無報酬〟で行っているというからさらに驚く。本人にとっては武術性の探究を続けている感覚に近いようにも見える。

沖縄拳法は、昔は防具付き空手で戦った時代がありましたし、代々、前線で戦ってきたという自負があります。その意味で、新しいものを取り入れながら、あらゆる武術に〝応用できる〟ことを証明しようとしてきた過程と実感しています

 山城にとって、挑戦を続けることが沖縄拳法の〝伝統〟そのものとの自覚があることは間違いない。(〈下〉につづく、文中敬称略)

※沖縄現地の空手道場を、武術的要素を加味して随時紹介していきます。

シリーズ【沖縄伝統空手のいま 道場拝見】:
①沖縄空手の名門道場 究道館(小林流)〈上〉 〈下〉
②戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈上〉 〈中〉  〈下〉
③沖縄空手の名門道場 明武舘(剛柔流)〈上〉 〈下〉

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。