連載エッセー「本の楽園」 第114回 子供たちの国

作家
村上政彦

 子供のころ、町から大人がいなくなって、子供たちだけが取り残され、たがいに支え合いながら生きていく、という物語を読んだことがある。作品のタイトルも、著者も、忘れてしまった。
 そうか。アマゾンに訊けばいいんだ! ちょっと待ってください――。
 ありました。さすがアマゾン。『子どもだけの町』、ヘンリー・ウィンターフェルト。2004年の出版だから、新装版が出版されたのだろう。でも、いまは古本しかない。それが5280円! 高い。もう、今月は〇〇円も本を買ってしまったので、買うのは、やめる。
 それに今回取り上げるのは、この本ではない。スペインの作家アンドレス・バルバの『きらめく共和国』である。

サンクリストバルで命を落とした三十二人の子どもたちのことをたずねられたとき、相手の年齢によって私の答えは変わる

 書き出しが見事だ。読み手の意欲を高めてくれる。サンクリストバルとは、どこか? なぜ、三十二人の子どもたちが命を落としたのか? どうして、相手によって、私の答えが変わるのか?
 これは小説の書き出しの、お手本のような書き出しだ。やるなあ、と思いながら、先を読み進める。すると「事件」が起きたのは、いまから22年前。「私」はエステビという町の社会福祉課に勤める公務員だったことが分かる。
 1993年4月、私はサンクリストバルに赴任する。あるときから町のなかに、得体の知れない子供たちが、ぽつりぽつりと現れる。彼らの年齢は9歳から13歳。路上で物乞いをする子供たちが、急に増えた。
 飲食店を営む男性が店の売り上げを子供たちに奪われた。中年の女性がバッグをひったくられた。カフェのウエイターが暴力的な子供たちに襲われた。彼らは神出鬼没で、意味不明の言葉を操る。いったい何者なのか? どこに潜んでいるのか?
 大人たちが頭を悩ませていたところ、一軒のスーパーマーケットが、子供たちに襲撃され、死傷者が出る事件となった――。
 スペイン語圏の作家と言えば、1980年代のラテン・アメリカ文学のブームを思い出す。ノーベル文学賞を受賞したガルシア=マルケス、バルガス・リョサをはじめとして、魔術的リアリズムと呼ばれる手法を駆使した作家たちの作品が、読書界を席捲した。
 その後、ロベルト・ボラーニョのような魔術的リアリズムとは違った作風を模索する作家が現れ、ラテン・アメリカ文学そのものの終わりが言われた。僕も、ボラーニョを読んだとき、詩的リアリズムともいうべき作品に、偉大な先達を持った後続の作家たちの苦心を思った。
 アンドレス・バルバ(1975-)の小説も、魔術的リアリズムの作品ではない。一見してリアリズムで書かれている。しかし意味不明の言葉を操る、神出鬼没の子供たちが主人公というのは、夢と現実を融合した、かつてのラテン・アメリカ文学の、微かな反響があるように思える。
 作品は、書き出しが見事なように、なかだるみもなく、最後まで読み手を惹きつけてやまない力がある。語り口がいい。
 この著者は、2010年の『グランタ』(イギリスの有力な文芸誌)で、「35歳以下の注目のスペイン語若手作家」22人の中に選ばれ、バルガス・リョサからは、

すでに自分の世界を完全に作り上げ、彼の年齢には似つかわしくない巧みさを持っている

と評価された。
 世界には、まだまだ読むべき作家がたくさんいて、読むべき文学がたくさんある。この小説を読んで、あらためて、そう思った。

お勧めの本:
『きらめく共和国』(アンドレス・バルバ著、宇野和美訳/東京創元社)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。